シロクマ文芸部/本日も積もるなり
紅葉から怒りを抱くのはおそらく私だけだろう。
私は秋が嫌いだ。いや。嫌いではなくうんざりするが正しい。
あの暑すぎる夏が過ぎ去って涼しくなるのはもちろん嬉しいしほっとする。
だが紅葉が進むに伴って私の憤懣はふつふつと積み上がる。
そう。ちょうど今足元を覆い尽くす落ち葉のように。
この汚ならしくとっ散らかった枯れ葉を前に怒りが溜まってくるのだ。
家の駐車場は秋になると落ち葉の巣窟になる。
三台分のスペースのある駐車場なので広い分余計に集まってくる。
ゴロゴロしてばかりのアホの子供のようで苛々極まりない。
ムカつくのはこの落ち葉が我が家の樹木から離れたものはでないことだ。
駐車場だけでなく道路の端にこんもりと敷き詰められしてる落ち葉の
ほとんどは四軒先の小池さん宅の植木の葉っぱなのだ。
ここいらでもひときわ大きな邸宅に住む小池さんの家は
泥棒対策なのか敷地を取り囲むように樹木が植えられている。
もうお婆さんの小池さんはいつからここに暮らしてるのか分からないが
育ちきった木々が永い年月を物語っていた。
それは本当に立派で秋になると一面が赤く染まり町の名物となる。
通行人たちは足を止めて感嘆の声を漏らしながら見上げる。
彼らの褒め言葉を聞き付けると小池さんは偶然のように外に出てきて
美しく色付いた庭木を自慢しながらたっぷり称賛をいただく。
にも係わらずだ。その木から道路側に大量に舞い降りる葉を
小池さんは一切掃除しないのである。
その理由は本人曰く「病気だから」とのこと。
おそらく70歳半ば頃と思われる小池さんは
旦那さんが最近老人ホームに入居したので現在独り暮らし。
たまに娘さんが訪ねてくるが本人は自力で歩けるしボケてもいない。
そして病気という割には地域のお祭りがあれば一切役員はやらないくせに
いの一番にやって来て出来立ての温かい焼きそばや焼き鳥を我先にと買って婦人会が作ったけんちん汁を飲み干して帰って行く。
小池さんのわがままは有名でみんなも迷惑していた。
「関わると頭に来るからいないと思った方がいい」
が近所の共通事項で私も越してきて最初にお隣さんに教えられた。
お年寄りが多少偏屈なのは仕方ないことなのにと思ったが
暮らし続ければなるほど都合のいい病人だと納得させられた。
とはいえ長く住む町内の主のような住人なので邪険にもできない。
挨拶程度の付き合いに止めているが独り暮らしで日中は暇らしく
お天気がいい日は用もないのにその辺をうろうろしている。
声が大きいから外で誰かと喋ってるとすぐに分かる。そのぐらい大きい。
どう見ても元気なのだが「お元気そうで」と言うと小池さんはすごく怒る。
自分は病気なのだと言い張ってどれだけ辛いかすごい剣幕で捲し立てる。
自治会の班長も勝手に放棄するし故に枯れ葉の掃除もできないと言うのだ。
なので近所の人達が散らばった葉を掃く羽目になるのだが
区画の構造上風の溜まり場になりやすいうちへの侵入具合が半端ないのだ。誰か今から焚き火するの?とぎょっとするぐらいの枯れ葉の山になってる。
物価高に便乗して一袋88円だったごみ袋も11円値上げしたっていうのに
他人の家の葉の掃除だけでワンシーズン六枚使うなど腹が立って仕方ない。
しかもその分時間も労力も消費する。
近所の目もあるから汚いままにしておくと怠け主婦の烙印を押されるし
犯罪者に狙われやすくなるというのでやらないわけにいかない。
それにしたって人の家の庭にある柿の実を取れば泥棒になるのに
落ちた葉はなぜ家人のもののままでないのかとほんと納得いかない。
この季節になると朝夕二度掃き掃除を強いられる。
どちらも寒い時間でもう手袋しながらやる。
北風が強かった日の翌日なんかはもう泣きたくなる。
ある朝私はちょっと寝坊して掃き掃除ができなかった。
もうしょうがないと諦めて取りあえずの家事を済ましてからでいいやと
お昼近くになって厚手のカーディガンを着込んで外に出た。
やはり駐車場は枯れた落ち葉のプールになっていた。
ああやれやれ。
持参してきたごみ袋をばさばさと広げてから箒で集めだした。
うう腰が痛い。折り曲げる体勢は四十女にはもうかなり辛い。
塵取りにすくった葉をごみ袋に押し込めていると
通りの向こうにある小池さん宅の門が開いて本人が出てきた。
真珠のイヤリングに髪もバッチリ。薄紫のコート姿でお洒落していた。
そして小ぶりのバックから出した手鏡でお化粧を確かめてるのだった。
その鏡に彼女を凝視していた私が映ったらしい。
小池さんはふと振り向いて急に身を縮めてゆったりお辞儀をすると
わざとよたよたとしたような足取りで駅の方に歩いていった。
呆れたもんだ。私は大きい息を吐いた。
こっちはこんな雪だるまみたいな格好であんたん家の葉っぱを掃いてるのに
なんで持ち主はお洒落してお出掛けなのよ。
全くお元気でようござんしたね。
曲がり角で姿勢を直すだろう小池さんの首に巻かれた紅葉色のショールが
こちらに飛んできそうに風にたなびいた。
それも掃いてやろうかと私は肩の高さまで箒を振り上げた。
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こちらの企画に参加させて頂きました。
これもご近所トラブル?というものを書いてみました。