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短編小説/ぼっこ日和
「ごめんねムー。でもここなら大丈夫だから。きっと優しくしてもらえるよ」
目を真っ赤にした真美はおれの体を撫でながら何度も何度も謝って、涙を拭っていた。
待ってよ。おれこれからどうやって生きてゆけばいいの?ねえ真美。行かないでよ。神社の階段を降りて行く背中に鳴き続けた。夕暮れの空が広がってゆく。横に伸びる長い雲。茜色の光。天を貫く真っ直ぐの杉の木。染まり出す群青を赤い鳥居の間で眺めていた。
「よお、新入りか」
気配なく背後で声がした。振り向くと境内まで続く石畳の真ん中に灰色のキジ猫が座っていた。滴のような形の目でおれを見ていた。
「ムダムダ。どんだけ待っても帰ってこない。お前の飼い主はお前をここに捨てにきたんだから。今まで一匹だって元の家に戻った奴なんていないよ」
キジ猫は口を斜めにすると、くるりと向きを変え、境内の雨樋の袂にある手水鉢のかめに背を伸ばし、中に溜まっている水を飲んだ。
「水はここ。ご飯は朝と晩二回。ご主人がくれるよ。ちゃんと年功序列があるからな。ボスはあそこの廊下の左側にいる白いフサフサ。最初食うのはあいつから。ここに11年住んでる最古参だからよ、絶対先にがっつくなよ。
パンチ食らうからな。お堂の周りにいるのが三期生まで。あっちの社務所の
近くにいるのが四から六。ちなみにおれは七期生。ここのルールとしきたりを新人に教える教育係だ。それぞれ勝手な場所にいるように見えるけど、ちゃんと縄張りあるからよ。うかつに入ってえらい目に遭わされないよう気を付けろよ。新人が寝るのは大体あの祠辺りだな。最初の夜はなかなか寝付けないだろうけど、三日もすれば草も自分の形になるから平気だ」
キジ猫の注意事項を黙って聞いていた。見回すと、境内の廊下や縁の下、
社務所の周辺や木陰に、大きさや模様、種類も様々な猫が二十匹ほどいた。みんな同じ目でおれを見ていた。哀れむような、迎えるようなまなざし。同じ理由で居着いた連中のようで、ここはそういう猫の最後の場所らしい。
「ごめんね。私ひとりじゃここの家賃払えないのよ」
真美は部屋を片付けながら言った。恋人の圭悟とのケンカが続いた頃から
どちらが出て行くか言い争いしてて、結局荷物をまとめたのは圭悟だった。
けど3ヶ月後には真美もあの部屋を引き払った。
コームでのブラッシングや、寝床にしていたソファーの柔らかい感触を思い出すと胸がきゅーんとした。
「新入り、そろそろ飯だぜ。ご主人か女将さんが出てくるから挨拶しとけ」
キジ猫が言った。そういえばお腹が減った。他の猫たちものっそり立ち上がり、境内の近くにわらわらと集まってきた。するとグレーの作務衣姿の男性が「お待たせなあ」と、両手に大きいボウルを持って出てきた。ひとつを
境内の階段の下に置き、もうひとつを社務所の前へと持ってきた時「おや」
とおれを見て目を細めた。一瞬身構えたが、そうかそうかと言うように無言で頷きながら、カリカリがたんまり入ったボウルを置いて去っていった。
キジ猫の言う通り、本当にフサフサから食べ始め、他の猫たちは待機していた。みんなちゃんとルール守ってんだ。欲しい時いつももらえたおれには
ちょっと驚きの光景だった。
みんなが食べ終えたあとのボウルは、底が見えるぐらいのカリカリしか残ってなかった。でもおれは顔を突っ込んで夢中で食った。銀色の器にびょーんと歪んだおれの顔が映ってる。おかしくって泣き笑いしながら噛み砕いた。
日が暮れてからめいめいの寝床についた。慣れない土の上は冷たかった。夜空が天井。寝付けずに何度も寝返りしていると、キジ猫がやってきておれの横に寝そべった。
「いいか。お前は今日から本当の猫になったんだ。本来猫ってのは飼い主じゃなく場所に居着くもんで、もうここがお前の家なんだよ。カラスは来るけど静かで安全さ。柔らかいベッドがないだけで、居心地は悪くないよ」
一緒に眠ると温かくて安心した。悲しみが簡単なら強くなるのも簡単。
猫は猫。生き方は変わらない。真美の顔が星空に溶けていった。
それから神社での暮らしが始まった。たまに喧嘩もあるけど、ご飯もあるし快適だった。「猫神社」として有名で、昼間は結構参拝者がやってくる。
写真をパシャパシャ撮られるが、おやつをくれるし、乱暴な事はされない。
おれはおとなしいからわりと人気者。「可愛い~」だってさ。まいるね。
しばらくすると後輩ができた。めそめそしてる白黒猫を励まし、今度はおれがルールを仕込んだ。最初の晩は一緒に寝てやってさ。
「いいか、今日からお前は本当の猫になったんだ」
…って先輩の受け売りだけどね。名文句だからさ。にゃはは。
葉っぱの色が赤と黄色に染まり出した頃だった。日向ぼっこをしてると
「ムー?ムーだよな?」
背の高い男がおれを覗き込んでいた。
「やっぱりそうだ。インスタで見たんだよ。真美、こんなとこにお前を捨てたんだ」
懐かしそうな目をする男に見覚えはあるが、誰だか判らない。
だって毎日いっぱい会うからさ。
あーいいお天気だ。ゴロゴロ寛ぐには最高の日だよ。
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我が家にも猫が二匹おります。
冬は日照時間が短いので日差しは貴重です。
二匹がめいめいの場所で日向ぼっこしてる姿はめちゃ可愛いです。
2月22日は猫の日。
家で暮らす猫も外で暮らす猫も幸せでありますように。
お読み下さりありがとうございました🤗🐧
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