短編小説/君のおっぱいが見たい・推し活編⑤
国崎は翌日から仕事の後に自転車でのデリバリーのバイトを始めた。
夜の7時から深夜0時まで。とにかく借金を返さなければならないからだ。
ヘトヘトになりながらペダルを漕ぐ。暗い道に響く自転車の空気入れみた
いな小刻みな荒い呼吸。何度も車にぶつかりそうになり、何度もトラック
ドライバーに邪魔だと怒鳴られた。配達が数分遅れただけでネチネチ文句
を言われたり、頼んだメニューと違うから返金しろをなどと無茶な要求を
されたりもしたが毎日続けた。
金を振り込んでから二週間が過ぎていたが先方から何の連絡もなかった。
応募シールも送られてこない。こちらから掛けてもいつも留守電。
一切応答がなかった。
『DVD キャンペーンは終了致しました。
たくさんのご応募ありがとうございました』
締め切り翌日にポストされたっきり。
もう抽選が行われたのかも、これからなのかもアナウンスされない。
ハルコの配信も止まったまま。外野だけがどうなったのかと騒いでいた。
『結局やったの?やってないの?』
『お騒がせアイドルの売名』
『ホスト狂いの詐欺商法』
目に入る誹謗中傷。以来国崎はXを見るのを止めた。
ハルコはたまにずるいけど嘘はつかない。
まだ抽選中なんだ。結果が出ていないだけ。
オタ仲間からの落胆のメッセージも遮断した。
おれはなんとも思ってない。待ってるだけ。
ひたすら信じながら国崎は日々を過ごした。
キャンペーンからちょうどひと月が経過した昼間だった。
国崎のスマホに一件の着信が届いた。
『国崎護様
この度は蝶人ハルコのDVDキャンペーンにご応募下さり
誠にありがとうございました。
厳選なる抽選の結果ご当選致しました。
つきましてはキャンペーンの当選品のお渡しをさせていただくべく
下記の日時に指定の場所にお越し下さい。
2024年11月29日 午後3時 渋谷区○○ビル4階
くれぐれもお一人で来られるようお願いします。
なお会場内での撮影は固く禁じております』
職場のトイレで読んだ。
手が分かりやすく左右に震えた。
やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!
それみろハルコは嘘なんかつかないんだ。
ちゃあんとやるんだよ!
国崎はひとりで何度もガッツポーズを取っては個室内でぐるぐる回り
信じていてよかったと喜びを噛み締めた。
同時にもう鼓動の早鳴りが止まらなかった。
まさか人生で最初に拝めるおっぱいがハルコだとは。
こんなことがあっていいのか。
正気でいられるか?おれ。
鼻血止まらなくなったらどうしよう。
しかし歓喜の直後に複雑な思いが過った。
おれがハルコを脱がしちゃうんだ。
いいのかな。それで。
大好きだけど。
そりゃあ大好きだけど
ステージにいるハルコでよかったんだよ。
本当は。
でももうライブも全然やらないし。
こうするしかハルコに会う方法がないから仕方がなかったんだ。
だからこそちゃんと目に焼き付けよう。
おれはもう何も持ってないけど 何もできないわけではない。
ハルコの覚悟を絶対に無駄にしたくはないから。
指定された日時は着信から三日後だった。平日の金曜日の午後2時。
社内でアイドルオタを伏せている国崎は
にわかに騒がせたキャンペーンに参加してることは当然黙っていた。
昨夜身内に病人が出たと嘘をついて昼で早退した。
一応前日に仕事を進めておいたのですんなり許可され
珍しくジャケットなんか着てても何も言われなかった。
マップを頼りに見つけたビルは貸しスタジオだった。
ビルトイン式の駐車場には二台の車が停めてある。
いずれも高級車で一台は見覚えあるセダン。
運営会社の社長の愛車だった。
ホントに来てる。
熱いもものと冷たいものが同時に足元から競り上がった。
太ももの内側がピクピク震える。
吸った呼吸を吐く時にヴヴヴ…と変な声が出た。
曇り空。突然寒くなったせいで空気がひんやりしていた。
国崎はスタジオの白いエントランスを上がっていった。
足がふらつく。目の前がぼやける。
緊張して朝から何も食べてないのに腹がきゅるると痛くなってきた。
自動ドアを抜けると右側に守衛を兼ねた受付がいた。
「あのう…」と恐る恐る声を掛けると「国崎さんですか?」と
相手側から聞かれた。
20代にも30代にも見える無愛想な男でドギマギした。
「ああ…はい」
「今お呼びしますのでここでお待ちください」
男が内線電話を掛けて1分も待たずして「どうもお待ちしてました」と
ライブ会場で何度も顔を会わせてきた運営代表がやって来た。
歓迎してる顔ではなかった。
半笑いどころか完全に蔑む目付き。
別にいい。
こういうのには慣れてる。
伊達にオタク道生きてねえ。
とっくに鍛えられてる
けどその集大成がきっと今日なんだ。
今日のためのこれまでだったんだ。
互いに上っ面だけの挨拶をしてから男に着いて二階に上がった。
『Bー02』
黒いドアの前に部屋ナンバーが貼られていた。
ああいよいよか。この先にハルコがいるんだ。
呼吸が浅くなる。
拳を開いたり握ったりを繰り返した。
「ではこちらにスマホを預からせて頂きますので
こちらの箱に入れてください。
あとボディチェックさせてもらいますね。
ポケットの中のものも全部出して下さい」
小型カメラががないか疑われていた。
国崎はまるで空港で別室に呼ばれた密輸犯のように
服の隅々から眼鏡や靴まで調べられた。
ないのが分かると今度は「ここにサインお願いします」と
一枚の紙を渡された。
誓約書だった。
ここで見たもの聞いたことの一切を他言しない。
SNS に書き込みしない。
守秘義務を怠れば名誉毀損での起訴も辞さない。
そんな内容が書かれていた。要は見たことを絶対漏らすなの念書だ。
ハルコのおっぱいがどんな形だったかを人に教える気なんてない。
そりゃみんな協力してくれたけどやり遂げたのはおれなんだから。
ハルコからの果たし状に受けてたったのはおれだけなんだから。
国崎は差し出されたボールペンでサイン欄に署名した。
https://note.com/joyous_panda989/n/n168596633440
(第1話)↑
https://note.com/joyous_panda989/n/nb5679f4813c8
(第2話)↑
https://note.com/joyous_panda989/n/n3ce3395ce64c
(第3話)↑
https://note.com/joyous_panda989/n/n40888255aa56
(第4話)↑
次はいよいよ最終回。
誰も待ってないけど近いうち書きます。
自分では好きな話なんだけどね。