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0047.玉こんにゃく

大方おおかたの若者と同じく、『竜馬がゆく』で司馬遼太郎が好きになった。しかし、『竜馬がゆく』と『燃えよ剣』以外はあまり夢中になれなかった。その後、『仕掛人 藤枝梅安』で池波正太郎に興味を持った。その舞台せかいのダークな部分が好きで『仕掛け人シリーズ』を読んでいった。『鬼平犯科帳』も『剣客商売』もおもしろいが、『真田太平記』がいちばん良かった。

30代になってから、藤沢周平に出会った。最初に読んだのは『用心棒日月抄』だった。最高におもしろかった。『用心棒日月抄シリーズ』は全部読んだ。当時俺は都内でタクシードライバーをしていた。その仕事中に、藤沢周平の物語で描かれた江戸の名残を求めて東京のあちこちを巡ったりした。原尞の『沢崎シリーズ』のせいでハードボイルドが好きだったので、「江戸を舞台にしたハードボイルド」と書評にある『彫師伊之助捕物覚えシリーズ』を、期待して読んだがそんなに刺さらなかった。藤沢周平は、司馬遼太郎や池波正太郎に比べて下級武士や市井の人を主人公にした物語が多く、後年、年齢を重ねてから余計に好きなった。

『用心棒日月抄シリーズ』第二作『孤剣』の新潮文庫の184ページで、脱藩して江戸にいる主人公の国もとのなつかしい食べ物として玉こんにゃくが登場する。これは藤沢周平が山形県鶴岡市出身であり、玉こんにゃくが山形県の郷土料理だからである。藤沢周平は、自分の故郷鶴岡に海坂うなさか藩という架空の藩を設定しており、その海坂藩を舞台にした物語を多く書いている。『用心棒日月抄』の主人公はもと海坂藩の武士で、江戸では身過ぎのために用心棒をなりわいとしているというのが物語の骨格なのである。

その玉こんにゃくの描写がとてもおいしそうだった。俺はこんにゃくが嫌いなのに、食べてみたいと思った。ある日、人混みが嫌いなのに、なぜか幕張メッセ国際展示場で行われている全国の物産展を訪れた。すると、山形県のブースがあり、なんと、玉こんにゃくを串刺しにして煮て売っていた。すぐ買ってその場で食べた。うまかった。初めて食べた。衝撃的だった。なんでこんにゃくごときがこんなにうまいんだろう。

当時、港区虎ノ門に山形県のアンテナショップがあり、玉こんにゃくが売っていた。なので仕事中に買って、家で調理して食べた。よく見たら、玉こんにゃくは地元のスーパーでも売っていたので買って食べた。タクシードライバーを辞め、トレーラードライバーになった。群馬への鉄製品の配達の帰りに、関越道上りのサービスエリアに寄った。建物の外で串刺し玉こんにゃくを煮て売っていたので、買って食べた。うまい。寄るたびに買って食べた。むろん場所柄、山形県産ではなく、群馬県産だろうけど、うまかった。しかし、芥子がとんでもなく効くので、付けるのは少量でいいことを学んだ。

藤沢周平『用心棒日月抄』は、本屋さんで新潮文庫の最初の 6ページを読んで、即、買った。俺がお薦めするまでもないのだろうけれど、おもしろい。体裁としては、10編の短編集となっている。横の物語として赤穂浪士の物語が描かれる。主人公が浪士たちを評する言葉に涙が出る。未読の方は、是非、読んでみて欲しい。

柳 秀三



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