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小説|腐った祝祭 第ニ章 27

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 何から話していいのか判らないわ。
 とにかく昨日はいろんな事があったの。
 悪いことと楽しいこと。
 あなたが一番びっくりすると思うことを初めに書くわね。
 私、王子様とダンスをしっちゃった!


「閣下。リックがお話ししたいことがあると言っておりますが」
「ああ。いいよ」
「それでは呼んで参ります」


 私にとって一番びっくりする出来事はそれじゃないの。
 ねえ、ミカ。
 信じてくれるかな、こんなこと書いて。
 私ね、サトルさんを好きになりそうなの。
 そうよ。
 その大使のサトルさんよ。
 本当に、自分でも信じられない気分。
 とても素敵な人よ。
 でもね、いい人なんだけど、ちょっと強引で、引いちゃうところもあるのよね。


「閣下」
「うん。やあ、リック。どうしたの?今日は休みじゃなかったっけ」
「昨日は、申し訳ありませんでした」
「ああ。気にしないでいいよ。だって、私を助けるためだったんだろう。君のお陰で、私はこうやって今ここにいる。ありがとう」


 あっという間に一週間が過ぎちゃった。
 こっちはね、もう、大変なことになってるわ。
 サトルさんはとても優しい人よ。
 いつも大袈裟に私を褒めて、時々笑っちゃうけど、楽しい人。
 でも怖いわ。
 私、ここに居てもいいのかしら?
 お父さんたちの手紙には書いてないけど、ミカには言っておくわね。
 私、サトルさんにプロポーズされたの。


「あんな事になるとは、私も……」
「いいから、もう。話はそれだけかい?それならもういいよ。判ったから」
「いえ。自分なりに考えたんです。...…ナオミ様が、セアラと一緒に出かけていた場所を、ご案内する覚悟を決めました」


 私、帰りたくない。
 この国が好きよ。
 大使館の従業員の人たちも、とても親切にしてくれる。
 でも、私はサトルさんを愛しているかしら?
 この国でなければ、どうだっただろうって考えるの。
 他の国でサトルさんに出会っていたら、こんな気持ちになっていたかしら?
 私は冷静に考えないといけないと思う。
 サトルさんに失礼にならないように、ちゃんと考えないといけない。
 いいえ、ちゃんと考えてたのよ、私だって。
 でも、お父さんたちからの手紙を読んで、思ったの。
 浮かれてたんじゃないのかって。
 帰って来いって書いてあったけど、でも、私、やっぱり帰りたくない。
 帰ったら、二度とサトルさんに会えないような気がするの。


「……判った。連れて行ってもらおうか」
「はい」


 あなたが「帰ってこなくていいよ」って書いてくれてたから、今日は少し気分が楽になったわ。
 そうよね。
 男嫌いの私がこんなこと言うのって変よね。
 でも、サトルさんは素敵よ。
 ただ、うすうす気付いてはいたけど、かなりもてる人みたい。
 サトルさんの知り合いと話をしてると、何となくそうなのかなって感じだったんだけど、今日は確かな証拠をつかんだの。
 こっちにもゴシップ誌ってあるのね。
 レオンと(覚えてる?黒い馬の名前よ)遊ぼうと思って厩に行ったら、休憩小屋にちょうど誰もいなかったの。
 で、テーブルの上にその雑誌が置いてあったの。
 初めはどういう本か判らなくて、ルル語の勉強になるかなと思って何となく覗いてみたんだけど、水着姿の女の人の大きな写真が載っててびっくりしちゃった。
 ルルにもこういうのあるんだ!って。
 それで本を閉じて、表紙を改めて見たら、ちょっと古い号だったの。
 夏に発行されたもので、そしたら、表紙にも小さな写真が幾つか載ってたんだけど、そこにサトルさんの顔があったの!
 中の記事?
 もちろん読んだわ!(ミカだけに書いてるのよ。お父さんたちには内緒だからね)


「ハリーランドに行くのかい?」
「もう少し先まで」
「そうか。いつもは辻馬車を拾ってたのか?」
「はい」


 私、思うの。
 サトルさんが貧乏な画家だったら良かったのにって。
 私、きっとそれでも平気だと思う。
 ううん。
 きっと、そっちの方が迷いはなかったんじゃないかしら。
 私、この国なら、サトルさんと二人で仲良く暮らせるわ。
 私はパン屋さんとか、料理屋さんで働くのよ。
 夕方、仕事を終えて家に帰ったら、サトルさんがカンバスの前で煮詰まってるの。
 私に気付いて「ああ、お帰り。ごめん、気付かなかった」って、頼りなく笑うのよ。
 「お腹すいたでしょ。すぐに夕飯作るから」。
 私が作り始めると、サトルさんが手伝うよって言って来てくれるの。
 「いいわよ。絵を描いてて」「ううん。ナオミばかり働かせて悪いと思ってる。食事の用意も忘れていた」「バカね。サトルさんだって絵を描いてるじゃない」「僕の絵なんかちっとも売れやしない。今日だって少しも筆が進まなかった。情けないよ。君が僕に愛想を尽かさないのが不思議なくらいだ」「またそんな事を言うのね」「嫌になったらいいんだよ。いつでも僕を捨ててくれて。だって、結婚指輪も買ってあげられない男なんて、最低だよ」「私、サトルさんが大好きよ。指輪なんかいらない。だって、私は宝石と結婚したかったんじゃないもの。私がいつも傍にいて欲しいのはサトルさんだもの。ねえ。明日、一緒に絵の具を買いに行きましょう。私、指輪や首飾りを買いに行くより、あなたと画材屋さんに行く方が楽しいわ」。
 ああ!バカみたい?
 でも、時々そんな想像をするのよ。
 私、贅沢をしすぎてると思う。
 これでいいのか時々不安になるの。
 別に悪いことをして手に入れたお金じゃないわ。
 サトルさんは一人でここで頑張ってるんだし。
 ごめんね。
 今日はちょっと、どうかしてるみたい。
 でも、聞いて欲しいの。
 サトルさんはいつも私を好きだって言ってくれる。
 本当に心からそう言ってくれてると思うの。
 だって、私、何も持っていないもの。
 サトルさんの得になりそうなもの、何も持ってないのよ。
 サトルさんから見て、付加価値なんてないでしょう?私に。
 だから信じられるの。
 でも、私がサトルさんに好きだって言う時、「本当にそう?」って、誰かが聞くのよ。
 サトルさんに附随しているいろんな物が無ければ、どうなの?って。
 でも好きよ。
 だから、サトルさんが貧乏だったら良かったのにって思うの。
 怖いの。
 だってね、そうやって私を問い詰めるのは、きっとサトルさんなのよ。


「ナオミとセアラは仲が良かった?」
「そうですね。でも、セアラがナオミ様に馴れ馴れしくするような事はありませんでした」
「君から見てどうだった?」
「え?」
「仲が良すぎるようには見えなかった?」


 ごめんね、ミカ。
 報告が遅れたわ。
 私ね、結婚しちゃった!
 これって、お父さんに言わなくていいのかしら?
 でも言ったら怒るわよね。
 もちろん婚姻届けを出したんじゃないのよ。
 ずるいの、サトルさん。
 小旅行だって私を騙したのよ。
 田舎のね、のんびりとした小さな町に行ったの。
 そこに小さな教会があってね、そこへ行ったら、いきなり結婚式を挙げられたのよ!
 こんな不意打ちってないわ!
 まったく!
 私も人を驚かせるのは好きだけど、これほど驚かされたのはそのツケが回ってきたのかしら?
 ああ、でも勘違いしないで。
 イヤだって言うんじゃないのよ。
 私、幸せよ。
 お母さんにはやっぱり、知らせようと思うわ。
 だから、詳しいことはお母さんへの手紙を読んでね。
 お父さんには…内緒ね。


「はあ、よく判りませんが、普通、じゃないでしょうか」
「二人だけで何処かに行くことはなかったかい」
「いいえ。申し訳ありません。恐縮ですが、お食事をされる時も、私をご一緒させてくださいましたし」
「そう。いや、謝らなくていいよ」


 セアラに協力してもらって、着々と作業は進んでます。
 でも可笑しいわね。
 サトルさんの記事を切り抜いてて、何だか面白いのよ。
 相手は美人ばかりで、時々ショックなんだけど、でも、嫉妬は不思議と感じないの。
 だって、全部昔のことだしね。
 今現在?
 大丈夫よ。
 サトルさんは浮気なんかしないわ。
 そんな人じゃないのよ。
 何て言うのかな、少しもそういうのは心配じゃないの。
 信じてるっていうか、疑う気が起こらないの。(のろけてるんじゃないわよ。本当なんだもん)
 切り抜いた記事はミカが言ってたようにスクラップブックにしちゃおうかと思ったんだけど、そうしたら厚くなっちゃうし、隠すところに困るでしょ?
 だからね、封筒にまとめて入れてるのよ。
 それをどこに隠してると思う?
 この家はとても手入れが行き届いてて、セアラ以外の人も掃除に来てくれるから、本当に隠しどころがなくて困るのよ。
 花瓶の中でも冷蔵庫の中でも、すぐに見つかっちゃうと思う。
 でもねキッチンの食器棚が脚付きなのね。
 その底(裏面)にテープで丈夫なビニール袋を貼り付けて、そこに隠したの。
 スッと出し入れできるのよ。
 部屋は私の部屋だから、滅多にサトルさんは入らないし、食器棚を動かしてまで掃除はしないと思うのよね。
 今のところ見つかってないわ。
 特に目的があって始めたわけじゃないけど、今じゃ秘かな楽しみになってる。(だって、サトルさんの写真が出てるのに、捨てるのって勿体無いじゃない)
 ミカが春に来た時に見せてあげるわね。
 これって、将来の夫婦喧嘩のときに少しは役に立つかしら?
 きっと驚くでしょうね、サトルさん!
 でも何が原因で喧嘩するのかしら?
 今は考えられないわ。(これはのろけてる?そうかも知れない)
 そうだ。
 いくらこの国が好きでも、いつまでここにいられるか判らないんだわ。
 サトルさんはこの国の人じゃないんだもの。
 もし引っ越しなんてことになったら、忘れないようにしなきゃ。


「こちらです。少し歩きますが」
「平気だよ」


 ルル王国は、国の隅々まで平穏無事な国ではなかった。
 当たり前よね。
 セアラに聞いたんだけど、セアラもミリアも孤児院で育ったんですって。
 セアラはね、祖父母に育てられていたんだけど、まだ小さいうちにどちらも亡くなって、それで孤児院に預けられたそうよ。
 この国では、若い人が国外に出て行くことが多いんだって。
 セアラは覚えてないそうだけど、初めは父親と祖父母と四人暮らしだったのが、セアラが赤ちゃんの時に父親がルルを出て行ったらしいわ。
 私には信じられないけど、そういう人は多いらしいの。
 老人や、子供を置いて出て行くの。
 出て行った人は、ほとんど帰ってこないみたい。
 そうよね。
 ここで生まれ育った人には、国外の方が魅力的に見えるのよ。
 ミカだって嫌でしょ?
 規制は多くて、不便といえば不便な国よ。
 派手な娯楽施設はほとんどないわ。
 カジノはあるけど、正装してなきゃ入れないし。
 私は乗馬やボートでじゅうぶん楽しいの。
 古い教会を見に行くのだってとっても楽しいわ。
 でもミカは遊びに行くの好きだものね。
 それに、あなたは車も好きだし。
 確かに、馬で遠乗りができても、ドライブができないのは苦しいかもね。
 でもここにだって、近代的な建築物はあるのよ。
 ルルだって古い建物を永遠に使い続けられるわけじゃないもの。
 新しい建物は街並みに合わせて建てられるけど、そっちと変わらないような現代的な一画もあるの。
 私は古い町並みが好きだけど、その町も整然としてて綺麗よ。
 直線的でクールな町。
 そこの広い道路に馬車が走ってると、何となく不思議な風景だけどね。
 ただ、奇妙だけど変じゃないわ。
 こっちに来た時に案内してあげる。
 でも、やっぱり私は恵まれてるからそんなことが言えるのね。
 サトルさんのお陰で、私は不便を感じないですんでいるの。
 貧民街って呼ばれてる所に行ったの。
 セアラが住んでいた町。
 本当にお年寄りが多かったわ。
 子供もいたけど、働き盛りって言うくらいの年頃の人は少なかった。
 今の子供達も、大人になったら出て行くかもしれない。
 そしたら、ますます老人だけの淋しい町になるのかもしれない。
 でもね、町自体は綺麗よ。
 道が狭くて、日当たりの悪い場所もあるけど、私は嫌いじゃない。
 町の人と話ができたんだけど、みんな穏やかでいい人ばかりだった。
 私は思うんだけど、一旦ここを出て行った人たちが、やっぱりルルがいいやって、戻ってきてくれるような国にならなきゃいけないんじゃないかしら。
 そうじゃなきゃ、淋しいわ。
 一人暮らしのお年寄りに会うと、本当にそう思うの。
 あのね、スザンナっていうお婆ちゃんと友達になったの。
 みんなはスージーって呼んでるのよ。
 私と同じくらいのお孫さんがいるそうだけど、やっぱりルルを出ていってるの。
 それだからか、私のこととても可愛がってくれるの。
 スージーは足があまり丈夫じゃなくて、日常的にいろいろ不便なことがあるみたい。
 最近風邪をひいたっていってたけど、今日は元気そうにしてたわ。
 私が行くとすごく喜んでくれるから、私も嬉しいの。


「ステラ・ベーカリー」
「はい。サトル様の名をSTLに分けて、女性名にされたんです」
「え?」
「ナオミ様が命名されたんです。女性名の方がほのぼのとしているし、温かい感じがするからと。みんなは、それならナオミ様のお名前でいいのではないかと言っていたんですが」
「みんな?」
「どうぞ、お入りください」

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