小説|腐った祝祭 第一章 33
晩餐会から帰ってくると、ナオミはいつも以上に気疲れしたようで、すぐにソファーに座りこんでしまった。
二人が今まで使っていた部屋はある程度片付け、それでも好きな時にはお互いの自室として使用できるようにしていた。
今二人がいるのは、挙式後に新しく用意した二人の部屋だ。
サトルはナオミの頭からティアラを外してやり、傍に立っていたセアラにそれを渡す。
衣装室にそれを運ぶセアラに、片付けたらもう下がっていいと指示した。ミリアはサトルの上着とタイを受け取り、指示される前に部屋から出て行った。
二人になると、サトルはナオミにキスをする。
「ご苦労様」
「ああ、怖かった」
「なにが?」
「王様の顔。皇太子は優しそうな方だけど、王様は厳しい顔をしてらしたわ」
サトルは笑う。
「一国をまとめてるんだから、多少は顔にも威厳がないとね」
「そうね。怖かったけど、信頼できそうな人だった。ねえ、なにしてるの?」
「君のドレスを脱がせてる」
「自分で出来るわ」
ナオミは意地悪な笑みで言う。
「手伝うよ。今日のドレスは凝ってるからね。一人じゃ脱ぐのにも一苦労だ。ほら立って」
ナオミは普段より重そうなスカートをつかまえて、ソファーから立ち上がる。
「じゃあ、セアラに手伝ってもらえばよかったんだわ」
「何を言ってる。こんな楽しい仕事、人に譲れないよ」
「まあ、やらしい」
「はい、後ろを向いて」
ナオミは笑いながら後ろを向いた。
サトルは少し気になって、ナオミの額に手をあてる。
「熱があるんじゃないか?」
「そんなことないわ。お酒を飲んだから、少し温まってるだけよ」
「そうかな」
その次も、その次の日も二人はパーティーに招待された。
サトルはナオミを正式な妻として世間に紹介していた。
諸事情により正確に言えば現在は婚約者であるという事も、正式な結婚式の予定も公表されていたが、それらの事情を知らなかった者に出会うと、その度に驚かれた。
気分のいい部分もあったが、何故そんなにも驚くのか?と、ナオミが不審がりはしないか、内心そわそわする部分もあった。
それである日の夜、ナオミが浮かない顔でサトルに近付いてきた時、過去の女性関係の噂でも聞きつけたのかと身構える。反論を頭の中で用意する。
夜、居間でくつろいでいる時だった。
自分の部屋で手紙を書いていた筈のナオミが、部屋に入ってきてサトルの横にそっと座った。
もう着替えていて、眠る用意をしている。
「どうしたの?顔色が悪いみたいだ」
「お腹痛いの」
「お腹?」
ナオミの腹に手をあて、額に額をあてる。
「風邪かな。熱はないみたいだけど、一応測ってみよう」
立とうとするサトルの手を、ナオミは引きとめる。
「ううん。違うの。お腹が痛いだけなの」
サトルは座り直し、少し考える。そして生理だと思いあたった。
なるほど、彼女の体が微熱を持ったように温かくなるのは、その前触れのようだ。
「そうか。もう寝るかい?」
「うん」
二人は自分たちの部屋に戻って、サトルは先にナオミをベッドに寝かしつけた。
それから風呂に入り、髪を乾かしてナオミの隣に横になる。
「まだ痛い?」
「うん」
今まで女がそれを理由に自分を拒む時、酷くがっかりしたものだが、今はそんな事はなかった。
面倒な体を持ったナオミが愛おしく、可愛かった。
ナオミは時々「んー」と小さく唸った。
サトルは心配になる。
腹にそっと手をあてる。
「そんなに痛いのか?」
ナオミはサトルの手を握って言う。
「ううん」
「我慢できないなら、医者に診てもらおう」
「ううん。平気。すぐに治まるから」
「本当に?唸ったりしてるじゃないか」
「そうした方が楽なの」
「そうかい?それならいいけど」
「本当よ。私、健康体なんだから。腰だって痛くないのよ。ただ、今はお腹が気持ち悪いだけ」
「私の手、邪魔じゃないか?」
「ううん。そうしてくれてる方が楽よ」
「じゃあ、ずっとこうしているよ」
「ありがとう。でも、眠くなったら寝てね。私もきっと、そのうち寝ちゃうから」
「君が眠るまではこうしているよ。ナオミは、明日はゆっくり家にいるといい」
「お昼に出かけるんでしょう?」
「いいよ、そんなの。大したものじゃない。私は出かけるけど、ナオミは寝てるんだよ」
「でも、明日のお昼にはよくなってるわ」
「念のために寝ていなさい。もう、一週間は私の予定に無理に付き合わなくていいからね」
ナオミは苦笑いをした。
「相変わらず過保護ね。私が会社員だったこと知ってる?こんなことで一週間も休んでられないのよ」
「休暇は取れるはずだよ」
「そうだけど、実際取る人ってそうはいないわ」
「女の子は大変だな」
サトルは初めて、しみじみとそう思った。
この面倒な体で生きていくのはかなり大変そうだ。
自分なら耐えられない気がする。
神様も意地の悪いことをするものだ。
ナオミが不意に笑う。
「どうした?」
「あなたの過保護に慣れちゃったみたいね。私、こんなことであなたに甘えてるわ」
「いいよ。どんどん甘えればいい。それで、私なしでは生きていけないようになればいい」
「サトルさんって、時々怖いこと言うのね」
「そうかな」
「でも、本当に私、もうサトルさんがいないと生きていけない気がする。なんだか怖いわ」
「心配いらないよ。私はずっと傍にいるから」
「本当に?約束できるの?」
「約束ならもうしているだろう?君は私の大事な奥さんだよ」
キスをすると、ナオミは安心したように目を閉じた。
「眠くなっちゃったわ」
「おやすみ」
「おやすみ。サトルさんも早く寝てね。私、きっと、あと、十秒くらいで、眠りそうよ……」
ナオミがすやすやと寝入ったのを確認するには、もう少し時間がかかった。
だいたい二十秒ほどオーバーした。
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