小説|朝日町の佳人 2
そんな男であれば、近所の婦女子からの人気が著しいことは当たり前だ。
僕の幼馴染である吉岡百合も、彼にクラクラきている一人だった。
しかし彼女も少し変わっていて、大抵の彼のファンは、恐らくあまりにも非現実的な彼に対してアイドル的な扱いしかしていなかったのだが、百合は果敢にも現実的に対峙していた。
僕は沢口一郎を非現実的であると感じるのは真っ当な感覚だと思っている。
働かなくていいほどの金持ちで独身一人住まいの誠実で美形の人格者。
そんなの、普通は有り得ない。
有り得なさそうなのに、実際そんな人間が同じ町内に生存しているなんて、ちょっとそれはどうだか、現実的に捉えるには自身の神経に変調をきたしそうではないか。
だから普通、女の子たちは無意識のうちに彼を対象に偶像崇拝をして、それで納まっているのだ。
遠巻きに彼を見て、キャーッと騒いで、それで良し、なのだ。
そんなの有り得ない。
そんなのは単なる偶像に過ぎない。
だからそれはそれでちょっと楽しむけれど、本当の恋の対象はもっと現実的な、本当の人間の男を選ぶのだ。
それはとても正常なことだと僕は思う。
思うのに、百合はそうじゃなかった。
百合は彼に恋をして、よせばいいのに、何とか実らないものかと四苦八苦している。
僕に言わせれば、木彫りの仏像や未だ十字架につけられたままの真鍮のイエス像に向かってウィンクしているようなもので、そんな無意味な努力を日々彼女は怠らない。
化粧をするのも、髪の手入れをするのも、服を買うのも、靴を選ぶのも、全ては沢口一郎のため。
全く呆れて彼女を見る度に溜め息が出てしまう。
泥だらけ汗まみれの腕白な少年みたいな少女時代を送っていた彼女を知っている僕には、彼女が見る度に女らしく美しく、もちろんそれが外見だけであるが故に、成長していくのがまったく忍びない。
そして、現実を見ろと時々叫びたくなる。
現実を見ろ。
現実を見極めろ。
沢口一郎は常人じゃない。
よく見てみるんだ。
あの男が人間の女に心を奪われると思うのか?
有り得ない。
彼は人間じゃない。
少なくとも、同じ世界の同じ生き物じゃない。
何かの間違いで、何処かから降ってきた男なんだ。
よく見て、見極めて、あんな男なんか諦めてしまえ。
そして、人間味溢れるこの僕で妥協するんだ。
しかし、僕のそんな叫び声は彼女には届かない。
僕の顔を見ては、血も涙もなく舌を出す。
全く狂信者とは恐ろしいものだ。