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六郎さんのお嫁さん
小学校4年のとき
夕方、父と散歩に出ようとしていたら
真っ赤な顔をした青年が走ってきて
父を呼び止めました。
おお、走ってきたのか?
はい、御宅がこの辺って伺ったので
来てみました!
ねぇ、お父さん
このお兄ちゃん、酔ってるの?真っ赤だよ?
酔ってるんじゃなくて
走ったからさ
じゃぁ、一杯飲んでほんとに酔っ払おうか。
私は体育の時間でもないのに
走るというのがちょっと不思議で
その青年、六郎さんがとても気になりました。
六郎さんは父の初めての部下でした。
秋田出身で会社の独身寮に住んでるんだって。
上に兄が三人いて、俺は四男で
お袋が絶対に女の子が欲しいって願って願って
女の子の着物と六花と言う名前まで用意して
生んでくれたんだけど、俺、男だったもんで
なげやりに六郎になったらしい。
ま、そんなわけで、四男だけど六郎。
六郎さんは油絵を描いていると言い
私が自由帳に描いていた絵をとても褒めてくれて
父に、この子には絵をちゃんと
習わせた方がいいと言いました。
六郎さんは、画材も月謝も自分が出してもいいと
まで言ってくれたけれど
父は許しませんでした。
ときどき、六郎さんは遊びに来ました。
大抵は失恋して酔っ払っての流れのようでした。
そのたびに、めそめそ泣きながら
大きくなったら、俺のお嫁さんになってねと言いました。
父が笑いながら
そういうことは親を通してくれ、なんて言っていました。
学校帰りに、車で通りかかった六郎さんに呼び止められて
ランドセルを背負ったまま車に乗せられ
喫茶店に連れていってもらって
クリームソーダを奢ってもらったりしました。
別の時は、かなり遠いところまで
ドライブに連れて行ってもらいました。
私が何を話しても笑ってくれて
楽しく過ごすのでした。
六郎さんが大好きでした。
私には好きな男の子がいたけれど
それはそれとして
大きくなったら六郎さんのお嫁さんになると
そう思っていました。
ある時、東京でモナリザ展が開催されることになり
六郎さんはモナリザ展に
私を一緒に連れて行きたいと父に申し出ました。
こんな機会は滅多にないし
この子にはモナリザを
見せたほうが良いと言ってくれました。
私も、いつも図鑑で眺めている
モナリザの本物が見たかったのだけど
父は絶対に許しませんでした。
六郎さんが帰った後、
幼い女の子が好きな男っているんだと
呟いていました。
私は何のことかわからず
つまんないなと思っただけでした。
お土産にもらった
モナリザ展の豪華なパンフレットは
宝物になりました。
パンフレットが薄くなって
擦り切れるんじゃないかというほど眺めていました。
謎めいて素敵でした。
私は中学生くらいになると
どんどん背が伸びて大柄になりました。
久しぶりに訪ねてきた八郎さんは
ビックリしていました。
私は大人に近づいていくのが嬉しかった。
大きくなったら私は..…
そのあと、すぐに
六郎さんは結婚しました。
お相手は、色白で小柄な美しい人でした。
髪が長くてまるでお人形のようでした。
私は六郎さんのお嫁さんになるつもりだったから
とてもガッカリしました。
しばらくして、六郎さんとお嫁さんが
豆粒みたいに小さな赤ちゃんを連れて遊びに来ました。
大人になって六郎さんを思い出すたびに
六郎さんは、幼い印象の人が好きだったんだろうなとか
自分好みの妻を育てるという
男の夢を持った人だったのかなと
思うようになりました。