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創造営2021(创造营2021)という中国のオーディション番組が試みたささやかなプロパガンダへの抵抗

創造営2021は中国のアイドルオーディション番組である。韓国のPRODUCE 101シリーズの正式な中国版である。人気投票により選ばれるメンバーは本家と同じ11人。2021年は男性版だった。また、数話ごとにランキングの順位を基準に脱落となり宿舎を去るというフォーマットも同じだ。

「多様性」というテーマ

2021年のテーマは多様性。コンテスタントは国際色豊かな構成で、それに加え、アイドルというよりは歌もダンスも未経験のミュージシャンや、eスポーツ選手、走り幅跳びの国家1級選手、歌とトークの上手いドラアグクイーンのTikToker、ダンスが得意な元タピオカ屋店員の男の娘と、まさに多様だった。
これは中国の「模範的な姿」が社会善として存在し、それを検閲を通して実現しようとする社会への挑戦のように見えた。「模範的な姿」からはみ出た、才能ある若者を集めて人気投票をしたら何が起こるか、興味深い社会実験として見た。

楽曲の多様性VS国家関係の圧力

課題曲も日本やタイの曲が選ばれたり、オリジナル曲では日本語、タイ語、ロシア語を盛り込んだものまであって手が込んでいた。また「Lover Boy88」は冒頭に「〇〇(出身地) in da House」というコール&レスポンスがある。メンバーに日本人の井汲大翔がいたことからも「Japan in da House」というコールが採用され、会場を沸かせた。一方で番組出演者が一堂に会するファイナルエピソードでは「中国 in da House」に始まり「俄罗斯(ロシア)in da House」と出演者の出身国を順繰りに挙げていったかと思えば露骨に美国(アメリカ)だけが無視され、再び「中国 in da House」と続いたのである。反米という国家の立場には逆らえない形となった。

台湾と統一中国と声明文化

オーディション番組はあくまでもショーであることから、番組側も映したい人しか映さない。パフォーマンスはA等級という最高評価だったにも関わらず、脱落式で「兄さん、僕は何を間違えたのか?」と涙する瞬間が最初で最後のハイライトだった頼耀翔は台湾出身だった。
このシリーズは過去に台湾出身者を番組主題歌のセンターに抜擢したところ、台湾独立を支持している趣旨の投稿が微博にあったとして番組を追放され、主題歌MVからは姿が消された。製作陣は同じ過ちを繰り返したくなかったのかもしれない。
また、中国はファンダム同志の足の引っ張り合いが激しいきらいがあり、非公式でも投げ銭による人気投票が行われているのが日常だ。蹴落としたい相手はなんとしてでも蹴落とす、という点では韓国の儒教思想の悪いところを煮詰めたようなところはよく似ていてアンチ活動も活発だ。そういうこともあり、日本でも近年取り入れられつつある「声明」文化がある。「ストーキング、誹謗中傷には法的措置をとる」など事務所から公式声明が発表されることが一般的だ。
話が逸れたので本筋に戻すと、日本人、特にAvex所属の出演者はアンチに明確に狙われていた。第一話で持ち前のスキルを披露する場面で良いところを掻っ攫っていったこともあり、人気投票で上位を独占した。そんな彼らを蹴落とすべくアンチが目をつけたのはAvex台湾(愛貝克思股份有限公司)の存在だ。Avexは過去の自社インタビューにて社長が台湾を中国を始めとする他国と同列に挙げたことについて「Avexは台湾を国家として認めている」と問題視され、新華社通信にまでとりあげられた。騒ぎから10時間経ってもAvexが沈黙を貫く中、タイ人を送り出していた事務所は早々に「統一中国支持声明」を出した。そこまでは良かったのだが問題は日本人を送り込んでいた韓国のRBWで、統一中国支持声明を出すや否や、SNSで各国から非難が相次いだ。その非難を受け声明を取り下げたが、今度はそれに対し中国の立場を取る者からは「統一中国支持を撤回した」と見なされた。RBW所属で上位の順位まで上り詰めていた井汲大翔はそれ以降番組に一切映らなくなった。ファイナルへの意気込みだけは使われていたのがテンセントビデオの最後の良心だろう。
そしてavexは「当該のインタビューは会社のスタンスを表明するものではない」とかわし、問題とされた記事を非公開にした。Avexの出演者は、全員とはさすがにいかなかったものの、3名が最終メンバーに選ばれた。とはいえ、それで話が終わるわけではなく、デビューしたINTO1は芒果TVの長寿番組「快楽大本営」に出演したがAvex所属メンバーはバラエティパートは見事にカットされていた。彼らも番組収録に参加していたことはファンによる撮影現場盗撮映像からわかっている。

男であることと容姿の嗜好性

この投稿の冒頭で挙げた「ダンスが得意な元タピオカ屋店員の男の娘」とは胡烨韬のことである。彼は(少なくとも私が知る限り)性自認は男性であり、あの髪を顎下まで伸ばし綺麗にメイクした女装ともとれるファッションは「似合うと思っているからやっている」と語っていた記憶がある。
誰から観ても「美しい」彼の容姿は視聴者の目を引き、初週の国別ランキングでは日本で上位に輝いた。その一方で総合ランキングでは順位が奮わず、順位発表式という名の足切りエピソードではほぼ(と言っていいくらい)通過圏内ギリギリだった。

番組放映期間中、微博はざわついた。宿舎の入り待ちしていた人たちによると胡烨韬が髪を切ってきたのである。該当のエピソードを観ると確かに彼は短髪になっており、メンターのアンバー(元f(x))との個別の対話が取り上げられた。彼女は彼に「好かれないことを心配しないで」「別人になる必要はない」と自身のグループでのボーイッシュという立ち位置に言及した上で語った。
現在は緩和されているが、中国では一時期男性のピアス、男性の派手髪が検閲対象だった時期がある。2005年頃放送開始された「青春有你」と言う別のオーディション番組では、ある日を境にメンターを務めていた张艺兴のピアスにモザイクがかかったことがある。出演者も黒髪や濃い茶髪以外の髪色の人が映れば画面が突如白黒に切り替わるなど、制作サイドも苦肉の策で検閲を通り抜けようと必死だった。番組のコンセプトもよりによって「青年兴则国家兴,青年强则国家强(青年が輝けば国家も輝く、青年を強くすればそれは国家を強くする)」という、習近平政権のスローガン借りていたことも関係あるだろう。ちなみに「青年兴则国家兴,青年强则国家强」はボランティア関係の記事の中国青年报の見出しにも使われている。

そんな「昔ながらの男らしさ」が男性に強く求められるようになった中国社会で胡烨韬のような「フェミニン」とも言える男性を番組に参加させ、彼のスキルを前面に押し出したことは「多様性」のあり方とは何かを投げかける、番組からの問題提起だったのかもしれない。

新ジャンル:やる気ゼロの努力家系アイドル

菅田将暉のオールナイトニッポンをいつも聞いている人やTGCを好んで観ている人はもしかしたら「リルーシュ」というロシア人を知っているかもしれない。
彼はKing Artistsという「ちびまる子ちゃん」を始めとする日本のIPを中国に輸入する傍ら、日本の事務所に所属しているタレントの中国でのマネジメントを手がける企業の社長の友人だった。日本人2名の番組出演にあたり彼らの中国語レッスンを請け負ったものの、番組スタッフが出演者に欠員が出たため声がかかり、「何もすることがなく退屈だ」「どうせすぐ脱落するだろう」とオファーを受けた。
「帰りたい」が口癖の彼は本当に何もしないかと思いきや、グループワークになると、夜遅い時間にも関わらず、できる限り練習に参加し、「僕はデビューしたくないが人の夢を邪魔したくはない」と語った。このやる気はないながらも責任感ある姿が支持され第一回順位発表式は29位に躍り出た。それでも「僕の夢はアイドルデビューではない。僕が通過することで誰かが脱落する。それをよく考えてほしい。」と聡明な言葉を放ち、更なる人気を獲得し、ファイナル直前では10位というデビュー県内にまで押し上げられてしまうのであった。
彼は番組放映中は何かをしては微博のトレンド入りし、もはや「番組は観ていないがリルーシュは知っている」という人まで現れ、そういった人たちが(おそらく)投票行動にまででた。彼は社会現象になった。番組終了後は日系・外資系企業含む多くの企業のブランドアンバサダーを勤め、メディアにも引っ張りだこになった。あのCGTN(中国环球电视网)でさえも単独インタビューをYouTube等各媒体で公開した。

「寝そべり族」と呼ばれた人たちがいた。社会主義制度を敷く国家の片隅で「やる気のない人」は好意的に思われないどころか、仲間の為に努力できる彼の姿はむしろ模範的に映った。「番組に出てみないか?」というオファーを「暇だから」と安請け合いし、(彼にとっては)地獄のアイドル練習生生活を耐え抜き、成功と富を得たことは注目を集めた。彼の日本で開催されたファンイベントで中国のファンと交流したことがあるが「彼の人生が羨ましい。彼になりたい」と熱く語っていて、まさにチャイニーズドリームを掴んだ、中国人的には憧れの人なのだなと感じた。

以上、

ここまでが私が見た「創造営2021」という番組だ。オーディション番組としても十分面白いだけでなく、中国の番組ということで様々な国際、ないし国内事情が絡むことで色々と考察させられる結果となった。

アジア、特に極東アジアにいると隣国との付き合い方、国家の民主主義/社会主義のあり方を考えさせられるニュースは多いが、こういったエンターテイメントも一つのきっかけとなりうることを実感させられた2021年だった。

とてもクオリティも高く、外国人同士の交流が心温まる番組だ。「世界那么大,我们一起闯(世界は広い、共に進もう)」のスローガンのもと、切磋琢磨し、時に競い合いながら上位にランクインしアイドルデビューを目指す多様な若者の姿がとても輝かしく描かれており、韓国のオーディションにありがちな「ドラマ」はそこにはない。

比較的不快感なく見られる番組で、ぜひ不特定多数の方におすすめしたいのでリンクを貼っておきます。全話日本語字幕もあります。

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