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K-Popは90年代が熱かった!初代K-Popアイドルと東アジア諸国の不思議な関係
K-Pop結構好きだった自分が界隈を離れた話
私は高校生くらいだった遠い昔、K-Popを好んで聞いていた。「昔好きだった」と聞いたら東方神起を思い浮かべる方もいるだろう。しかし違う。90年代というなかなかニッチな時代の曲を聴いていた。当時の人をどれくらいの非ケーポオタが知っているだろうか。パク・ジニョン、いやJYParkくらいではないだろうか…(パク・ジニョンはJYParkの昔のステージネームで本名である。)
メロディラインがちょっと歌謡曲っぽくて、歌謡曲世代でない私にとっては聞いたこともない外国語でそれが歌われていることが心底興味深かった。曲はテクノやヒップホップ調なのだが歌が(まだなんだか知りもしない)韓国歌謡みたいで「うわー外国!」と(変な意味ではなく)トリップ感を覚えていた。当時は王心凌や周杰倫を始めとする台湾の曲と同時並行で聞いてた記憶がある。
東方神起が出てきた当時は「おおー、これは韓国くるかも」と思って期待していた。(ただ肝心な彼らの曲は全く好みじゃなかったという…)そしてBIGBANGの登場あたりから顕著になったアメリカ路線を逆に退屈に感じてしまって界隈を離れた。Boom Shaka-lakaってなんだよ!そんなんなら素直にブリトニーとかカイリー聞くわ!となってしまったのである。(これは大学のケーポオタの先輩には結構理解してもらえた。)挙げ句の果てには薄っぺらい日本語歌詞で歌い出したりもしてコレジャナイ感がいよいよ顕著になった。
「自国のプライドを捨てた音楽なんて量産型で薄利多売の消耗品だ!」
私はK-Popアンチになった。
K-Popアイドルの始まりには東アジアの文化と政治が大きく関係している
ここからは個人的には面白いと思っている歴史なので、別に韓国好きじゃないという方にも読んでほしい、逆にもっと詳しい方で知ってることがあれば教えていただきたいのでコメントもウェルカムだ。
ソテジワアイドゥル
歌謡曲やバラードが主流だった韓国の音楽界にヒップホップスタイルで乗り込み若者に爆ウケ、後にロック調へ転向した韓国初のダンス&ボーカルユニットだった。ダンス&ボーカルとしてはすべてのKドルの前身/初代かと思われる。ちなみにYGエンタテインメントを設立したあのヤンヒョンソクもいる。3人組でアイドルグループというよりはユニット感が強く、顔が売りってわけでもなかったはずだ(個人的な感想)。彼ら、実は南北統一を歌ってみたりもしたグループで、「발해를 꿈꾸며(渤海を夢見て)」のMVは戦中は北側の領地だった労働党舎跡地で撮影された。当時は歌詞の検閲は現在よりだいぶ厳しく、そのせいでインストにせざるをえなかった曲もある。「시대유감(時代遺憾)」は政治家を批判した歌を消して発売した。その後に出版物に関しては検閲制度が撤廃されることとなった。
H.O.T
彼らが韓国初のいわゆる「アイドルらしいアイドル」で、メンバーのカンタが現在で言うところのビジュアル担当だったと私は思っている。
音楽の方向性としてはヒップホップがベースだったが、ポップ路線も多く、後にはロック系が増えた。このロック路線はおそらく現在もタレント活動を続けているムン・ヒジュンが原因で、その頃の曲の多くは彼の作曲であった。また同時期に濃いメイクもするようになり、明らかに日本で流行していたビジュアル系を意識していた。ちなみにH.O.Tの後輩である神話のメンバー、キム・ドンワンは後にバラエティ番組で「社長から話があると呼び出されて、何かと思えば当時日本でビジュアル系が流行っていたため試しにやってみないかと打診され、これは行けると思って受け入れた」と語っている。
H.O.Tは確か「ティーンの代弁者」的なコンセプトだったはずで、個人的には防弾少年団が出てきた時は「お、H.O.Tみたいな真面目な感じでいくのかな」と察知し、とても期待した。
90年代当時はまだ韓国ではサイリウムを始めとするペンライト類が普及しておらず、ファンが応援するのに白い風船を持ったのがグループカラーの始まりになっている。メンバーカラーが今のKドルも、TWICEのどの一部を除いて、設定されていないのはおそらくそのせいだろう。彼らは中国で人気があって、そこから"韓流"という言葉が生まれたはずで、多くの人は"韓流"を韓国の言葉だと思っているが、その起源は実は中国語にある。(ちなみに外国スタイルのことは日本では「〜風」韓国では「〜式」中国では「〜流」とすることが多い。例外もある。)私の記憶では米国でもライブツアーをしたはずで、軍事政権下の韓国芸能界にとっては自由なアメリカは大きな存在だった;SMエンタテインメント社長イ・スマンはアメリカ留学が人生の大きな転機であり、いち早く欧米展開を開始した人物である。
曲も真面目な内容がそこそこ多く、当時社会問題だった校内暴力をテーマにした曲でデビューした。ソテジワアイドゥル同様、活動途中からは政治的な曲も増えた。「ヌッテワヤン(狼と羊)」「8.15」「Korean Pride」など、南北戦争、日韓(/朝)関係などをテーマにした歌が数々歌われた。台湾を訪れた際のインタビューでは「日本の音楽や過激な内容の映画など、韓国では買えないものがあって面白いです」と答えてたのが印象的だった。また「独島の日」の式典にも出演したことがある。すごく簡単に括ると、彼らの活動範囲や方向性は親中国・北朝鮮寄りだった。
SECHSKIES
SECHSKIESはH.O.Tのライバルとして結成された。言い方は悪いが、V6のパクリであることは後年のインタビューで明言されており、トニセン・カミセン同様2チーム(WHITEKIESとBLACKIES)に分かれるというコンセプトまで同じだった。ジャニーズは検閲下の韓国でも密かに人気があり、社長は彼らを韓国のジャニーズに!と思ったそうだ。メンバーは社長から「これで勉強しろ!」と言ってV6のコンサートDVDを見せられたんだとか。
路線は現在主流となっているポップとラップという形式だったが日本よりはやはりヒップホップ色が強かった。メロディラインがはっきりしていた上に、カン・ソンフンの歌がトロットがベースとなっていたこともあり、歌謡曲っぽさもあった。
彼らは北朝鮮で初めてパフォーマンスしたK-Popアイドルでネットを掘ると当時の映像が出てくる。後のインタビューによると振り付けを静かにしたり、柔らかい印象に変更したんだとか。バックステージではソンフンは女と勘違いされたと楽屋でキレ散らかして爆笑していた。台湾でも人気があり、イベントか何かをやっていたはず(中国語名:水晶男孩)なのだけど、台湾にいった時の映像が見つからない、なんだったんだ、あれは。
日本文化解禁後、コンサートのソロコーナーでイ・ジェジンがMALICE MIZERを日本語カバーしていた。彼は親日家で、日本の音楽が解禁されて間もなかったにも関わらず既に発音が恐ろしくよかったし、日本語だと気付いた客席はすごい勢いで湧いていた。
また視聴者アンケートを元にコントをやる番組のレギュラーを担っていた頃、1998年に「若者に程々にしてほしいとこ」というアンケートの結果1位だった「日本文化にハマりすぎ」というテーマでコントを演じていて、当時が本当に日本ブームだったことがうかがえる。
考えてみれば90年代後半は、私の地元を含めて、西洋も日本ブームだった感はある。ポケモン/セーラームーンが海外で放映され始めた時代だからかもしれない。Aquaの"Barbie Girl"のMVは最初の画面が日本語だったり、他にもSqeezerの "Tamagotchi"やRollergirlの"Geisha Dreams"とか、そういった曲がしょっちゅうテレビでかかっていた。
ということもあり、彼らの活動の方向性は台湾・日本寄りで、政治的立場は中立のように見えた。ちなみにリーダーであるウン・ジウォンの親戚は朴槿恵である。
「文化と政治は関係ない!」と強く主張するオタクは多いが…
私個人の意見として、政治的な話を音楽にぶち込むのも微妙だなとは思えど、自然に"ブルーチーム"、あるいは"レッドチーム"寄りっていう感情が表れてるのが結構面白くて好きだ。
この歴史から学ぶとしたら、活動範囲とターゲットを切り分けたほうが不買運動とかには発展しないということかもしれない。もちろん情報が少なかった時代というのもあるし、不買する程の国家関係でもなかったというのもある。
尚、韓国の情勢からして、K-Popは誕生の瞬間から政治とは切り離せないものだったし、それは今も変わらない。国交では誰かに味方した時、他の誰かが敵になる。世界のすべての国で受け入れられたければ政治的なイベントには出ないほうがいいし、発言もしないほうが良い。国、時と場合によっては逮捕の可能性もある。
こういったことを考えていると、軽率にK-Popアイドルに政治的な使い道の寄付をさせたり、政治的立場を表すファッションを身につけたりすることをやめたりと、また90年代的売り方に戻っていく可能性はあると感じる。一方で近年は20世紀と比べると時の流れが早く、敵味方関係が変わりやすいという意味で可能性は低そうだ。
というわけで
立場がどの国寄りかで曲のテイストはかなり変わるなーとここ10年、ものすごく感じる。韓国のアメリカ風の楽曲、中国の一時期な韓国エンタメの締め出し、中国・タイの日本風楽曲、ベトナムの韓国風が増えたなと。
そんな中、パク・ジニョンはTWICEの後にNiziUを手がけたこともあり親日的と言われているが、彼はJ-Popが音楽性の基盤の一つになっているので、それを"親日"と言っちゃうのは逆に失礼というかなんというか。
そしてエンタメに政治は多いに関係あって、タレントの活動内容や発言/態度に影響するよ、と日本の呑気なアジアオタクには一言言っておきたい。個人的には「日本の人わかってなさすぎ」と思ったりもする。例えば対中プロモーションで下手を打ったホロライブとか。
まあ、なんというか、それで好き嫌いを決めるのも自由なのだけど、客観的な立場で観察するのもとても楽しいよ!という勧めでした。