承認欲求モンスターの日常【超ショートショートまとめ】
自分がスカートからトイレットペーパーが出た状態で街を歩いていたのに気づき、私は慌てて尻から伸びる紙切れを取ろうとした。しかし中々捕まえられずクルクルと回り、居合わせた人々に笑われた。恥ずかしかった。だけど羞恥心と注目される快感が混じって、なんだか凄くエッチな気分だった。
【堀田絵里のプロフィール】
遠くの空に円盤状の光る物体が浮かんでいた。(UFOだ!) 即座にスマホを構える。画角にUFOが入り、あとは撮影するだけ。しかし、私は思い止まって内カメにした。顔と一緒に撮ってSNSに上げれば有名人になれるかもしれない。急いで撮影し画面を見ると、浮腫んでE.Tみたいな私の顔だけが映っていた。
「見せるために開けてるわけじゃないし」友達が通りすがりに谷間をチラ見した男たちに舌打ちを鳴らし、シャツのボタンを留めた。「巨乳でいいことなんて1つもないよ。ジロジロ見られるし、肩は凝るし、汗疹は出るし」止まらない友達の愚痴に(でも「巨乳」じゃん)と貧乳の私は思っていた。
車道に身を取り出して手を上げる。まただ。またタクシーに素通りされた。「3台連続で無視されてるんだけど」大きめの独り言を言うが、周囲には誰もいない。Xを開いて「ヤバい。タクシーに10台連続で無視されてる」と投稿すると「迎えに行こか?」と知らない男たちからDMがきて気が紛れた。
大盛りご飯の頂上に窪みを作り、卵を割った。すると中から黄身が2つ出てきて、窪みに収まらずにご飯の山を滑り落ちた挙句、どちらも床で潰れた。卵に混じった埃が濡れて黒っぽくなっている。双子だったのに、もうSNSにも上げられない。台所の明かりだけが照らす部屋で、声を出さず悶えた。
参考:ピクシブ百科事典、ニコニコ大百科
堀田絵里は上司から「体調が悪いなら」と早退を持ち掛けられた。きっかけはその日何度もオフィスに響いていた堀田絵里の咳払いだった。咳払いは風邪気味の堀田絵里が同僚から心配されるためのアピールであり、早退の提案はそれを見抜いた上司の遠回しの叱責だった。咳払いは止まった。
(98…99…お、100超えた)部長からオフィスに響き渡る大声で叱責されながらも、堀田絵里は相手の話に集中していなかった。代わりに尻に伝わる振動――Xに投稿した生成AIによる谷間を強調した若い女性の画像と「#ママ活募集 」に反応した男たちからのDMを知らせる通知――を夢中で数えていた。
砂浜で地味な水着を着た男女数人が、必死の形相で走り回っている。その足元では、すっ裸の子供たちが色とりどりの小さな水着を踏みながら、楽し気に親たちから逃げ回っている。若い女性を盗撮し自分と偽ってSNSに投稿し「いいね」を稼ごうとしていた堀田絵里は、裸の子供たちに舌打ちした。
【承認欲求モンスターの性別ごとの特徴】
参考:
Xで「今から上げる画像すぐ消す」と宣言して、谷間の画像をポストした。時間制限をしていただけあって、いつもより男たちの反応がいい。「眼福」や「保存完了」などのリプを一通り読み終えると、私は宣言通り、投稿したポストを削除した。ただし、「今から上げる画像すぐ消す」の方を。
見知らぬ電話番号の着信に出てみた。すると「ようこそ秘密結社へ」と言われたので、秘密結社(笑)の話を詳しく聞いてから冷静に設定の矛盾を突っついたら、最終的に半泣きで「アドバイザーになってください」って言われたけど流石に断った。という作り話を友達に話したら設定の矛盾を突っつかれた。
会話をしているとき、自分が話題の中心にならないと気が済まない。例えば皆が「男の部屋の嫌な内装」について盛り上がっていると、「部屋といえば、壁紙を変えたんだよね昨日」と無理やり私の話にしてしまうのだ。きっと「ウザい」と陰口を叩かれているのだろう。皆で私の話を……へへへ。
【承認欲求モンスターが起こすトラブル】
迷惑系Youtuberによる迷惑行為
回転寿司店にて醬油差しを舐める動画を撮るなどの「客テロ」
コンビニのアイスケースに入る動画を撮るなど「バイトテロ」
SNSでの誹謗中傷コメント
アイドルファンがアイドルに関する個人情報を取得し他のファンよりも優位に立とうとするなどの迷惑行為
自分の意見を認めてもらうために店員に高圧的な態度を取る「カスハラ」
自分の評価が傷つく恐れから非を認められず職場や学校などでトラブルを起こす
参考:
書類の端で指を切ってしまった。すぐに同僚たちが消毒液や絆創膏を手に集まってくる。「うわー結構いきましたね」「腕上げといた方がいいよ」「いや、逆に血を流した方が……」皆が私に構ってくれている。私はなんとなく、SNSで「手首切った」と報告する女の子の気持ちが分かった気がした。
深夜3時、一向に「いいね」が増えない自身のポストを眺める堀田絵里に、肥大した承認欲求が倫理の外側から手招きをした。承認欲求は堀田絵里に、惨たらしい事件の被害者を誹謗中傷するようにけしかけた。堀田絵里は誘われるままに文章を投稿した。が、直後に青冷めて削除しスマホを投げた。
ビッグローブの調査によると、Z世代は他の世代に比べて承認欲求が強いことが分かりました。
一方で、Z世代は株式会社SHIBUYA109エンタテイメントが運営する若者マーケティング機関「SHIBUYA109 lab.」のアンケートによると、Z世代の承認欲求について次のことが分かりました。
SNSによって承認欲求が満たされていると考えるZ世代は少数派である
Z世代は「承認欲求が高いと思われたくない」など承認欲求にマイナスなイメージを持っている
Z世代は「不特定多数の人に褒められるよりも、個別で褒められたい」など信頼できる少数との関係を大事にする
以上から「醬油ぺろぺろ」などのSNSで過激な投稿をして承認欲求を満たそうとするZ世代はごく少数派であると分かる。
Z世代は承認欲求が強く、それを信頼できる少数の相手からの承認によって満たそうとする傾向にある。
参考:
【承認欲求モンスターが該当する可能性のあるパーソナリティ障害】
自己愛性パーソナリティ障害:自己を過大評価し見た目、才能、努力などにおいて自己評価通りの評価を求める
演技性パーソナリティ障害:派手な外見・演技的行動で注目を集めたがる
参考:
「私絶対、演技性パーソナリティ障害」堀田絵里は同僚の側で馬鹿デカい独り言を言った。それは聞きかじった病名を言って人の気を引こうとする堀田絵里の常套手段であり、本心から自分を病人だと思ったことはなかった。しかし同僚は目を丸くして言った。「あ、それは本当かも…」「え」
「ファッション障害者」
洞窟に入ると、旅団は腰を屈めて進んだ。重荷を背負う者にとって、その体勢は苛烈なものだった。大半の者は見て見ぬふりをしたが、数人が重荷を背負う者を支えた。すると空箱を背負って人を騙し、注目を集めたり楽をしたりしようとする者が現れた。皆は本当に重荷を背負う者に手が回せなくなってしまった。
堀田絵里は「女優を脱ぐ」ことにした。それまで彼女が入り込んでいた50代の某女優は、30歳と言われても遜色ない美貌を保っていた。が、朝の情報番組にドラマの番宣で出演している女優の頬にくっきりと浮かび上がるほうれい線を見て、堀田絵里は冷めて背中のファスナーを下ろしてしまった。
「実在する有名人になった妄想をして承認欲求を満たす人」
スポットライトを浴びているトラを着ぐるみにして中に入り、トラに向けられる称賛、羨望、嫉妬を自分への評価と前向きに錯覚して楽しむが、スポットライトに照らされなくなった途端、トラを脱ぎスポットライトを浴びている他のトラを着ぐるみにする、本来の姿では見向きもされないキツネ。
堀田絵里は嘘松ツイートをネタにしたポストを投稿し、嘘松を皮肉った。
これは嘘松と同じ承認欲求による行動だった。
「承認欲求を承認欲求によって非難する」
眩いオーラを放つスターがいた。群衆は押し潰しそうな勢いで詰めかけたが、スターは偽物だった。チョウチンアンコウが餌をおびき出そうと疑似餌を光らせていたのだった。その事実は他のスターが傍に立ち、醜悪な本体を照らしたことで明らかになった。他のスターも疑似餌であるが。
【嘘松に関する情報まとめ】
□嘘松とは
反響を得ることを目的にSNSに投稿された真偽不明で嘘や誇張まじりの体験談・目撃談、またはその投稿者を指すインターネット・ミームである。
□語源
嘘松の元ネタは、2016年頃に「アニメの『おそ松さん』そっくりな人に出会った」という内容のX(当時Twitter)への投稿である。
嘘であると見抜いた5ちゃんねる(当時2ちゃんねる)のなんJ民が、投稿に登場する「おそ松さん」そっくりな人を指す言葉として嘘松を使い始めた。
やがて「おそ松さん」のキャラクターをアイコンにしているXアカウントに、嘘をついて注目を集めようとする共通性が見られたことで、そのようなアカウント・投稿を嘘松と総称するようになった。
□特徴
〈主な特徴〉
知り合いの話や盗み聞きなど、語り手が第三者である
登場人物による対話形式、自身の心の中のツッコミ
居合わせた人々が過剰に称賛する(拍手喝采、思わず握手した、一同感動など)
事後にオチがある(何かに目覚めた、爆笑しながら何かを殴るなど)
腐女子がイケメンの萌え言動に悶絶する
オタクがマニアックな趣味を肯定される
横暴な人物を正論で成敗する
家族の感動・爆笑エピソード
一文で事の顛末を書き切る
登場人物の分かりやすいキャラ化(ギャル、外国人など)
電車や学校、マックなどが舞台
心の中でツッコミ入れる
〈定番フレーズ〉
「聞いた話なんだけど」
「寝ぼけてたんだけど」
「外国人の友達が言ってたんだけど」
「~って話、する?(したっけ?)」
「それでは聞いてください」
「現場からは以上です」
「拍手喝采」
「お互い握手した」
「スタンディングオベーション」
「何かに目覚めそうになった」
「実はアレ、私です」
〈定番シチュエーション・登場人物〉
鋭い洞察を披露する公共交通機関で遭遇した幼児
颯爽と現れクレーマーを撃退するイケメン・美人・外国人
マックやスタバなどで遭遇した女子高生・サラリーマンの会話
日本を礼賛する外国人の友達、 日本を批判する外国人の友達
萌えミリ(美少女×軍事)に理解のある元帝国軍人
幼稚園・学校で子供がしたとされる巧妙な会話
キレると手が付けられなくなるという危険人物アピール(記憶がなくなる、笑いながらボコるなど)
若い頃の有名スポーツ選手に勝ったなど、過去の経歴を利用した自慢
□関連用語
本当松……嘘松の対義語。本当のことを発信するアカウント・その投稿。
盛松……嘘とはいえないまでも、盛っていると判断されるもの。
参考:
元カレから「会いたい」とDMがきた。プロフ画像を見ると、昔以上に格好良くなっている。私は驚いた後、冷静になって溜息を吐いた。元カレがアプローチしているのは、私が遊びでアカウントを作った架空の裏アカ女子なのだ。私は「こんな遊びしてる年?」と返信し、「私もか」と独りごちた。
私の体は30歳になってから明らかに変わった。性欲が強くなった上に、AVの中で躍動する女優のみずみずしい体に見惚れるようになった。昔は軽蔑していたのに、今は「AV女優」という仕事を羨ましいとも思っている。(もう私が出ても需要はないんだろうな)揺れる乳房の先端から汗が跳ねる。
花屋で一輪の花を手に取った。小さな薄い黄色の花で名前も分からない。私は特別な人間にはなれなかった。しかしこの花もこの花なりに可愛いじゃないか。レジに向かうと、仕立てのいいスーツを着た男性が並んでいた。指輪をはめた手にバラの花束がある。渡される女がいる事実。
参考:倫理用語集
あらゆるものを自分の飾りにしてしまう。知人のペットに「可愛い!!」とはしゃぐのは、 そんな自分を可愛いと思ってほしいから。募金をするのは難民の子供たちのためじゃなく、「募金をした」ステータスを手に入れるため。善いものも美しいものも、私は着飾る。そして街でモデル歩きをする。
AIで作った美女の画像を添付して、「今日も銀座で某IT系の社長と。タクシー代もありがとうございます #銀座」とXに投稿しようとしたとき、前髪で視界が遮られた。髪を掻き上げながら風の行き先を睨み見ると、車道を枯れ葉が転がっていた。まだまだバスは来ない。白い溜息が画面にかかる。
1万人の視線とスポットライトを独り占めにして、ステージ上で熱唱する私……。が、消えた。足元で揺れるイヤホンから、先ほどまで私のものだった歌声が薄っすらと聞こえている。現実に戻った私の前には人気のない夜道が伸びている。弱い光を放つ街灯が等間隔に延々と立っている。
寝起きのむくみ切った顔にメイクをすると、鏡にはブス過ぎる私が映っていた。「あ、休もう」と呟く。しかし、もう家を出る時間だ。前髪をヘアアイロンで焦がしても学校を休まなかった記憶を掘り起こし、うずくまって呻き声を上げた後、マスクと眼鏡をかけてクソ重い家のドアをこじ開けた。