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得意気にフライパンを煽る新人教育【超ショートショート】
久しぶりの休日の朝、部長からお電話がかかってきた。もちろん1コール目で着信ボタンを押す。
要件を拝聴すると「最近チャーハンを極めたから食わせてやる」とのお話だったので、急いでスーツに着替えてご自宅の近くにあるカフェに向かった。
朝食を食べずに待機していると、しばらくして「もう入っていい」と連絡があったので、お引越しを手伝わさせていただいて以来2度目となる、ご自宅への訪問をさせていただく。
玄関に入ると、靴箱の上に新作と思われる部長の手作り茶碗が加わっていたので「名工の作かと思いました」と申し上げつつリビングへ。
キッチンに案内されると、既にコンロにフライパンが置かれていた。
「準備がお早いですね!」
「当たり前だ。仕事のクオリティーは下準備で決まるからな
……おっと、卵、ネギ、ハムを持ってこないとな」
部長が冷蔵庫に取りに行かれる。
キッチンを視線でなぞっていくと、オタマやヘラなどの調理器具がかけられている壁の際に、炊飯器と同じ大きさのとどろきアリーナが置かれていた。
とどろきアリーナからは誰かの話し声が聞こえてくる。スピーチをしているようだ。聞き覚えのある声だったので記憶を辿ると、それは間違いなく我が社の社長のものだった。
(ということは、このとどろきアリーナは我が社の入社式会場か!)
ポンっと手を打っていると、部長がお戻りになって食材を置かれた。
「さてと……っていうかお前が持ってこいよ!」
「失礼いたしました」
ビンタで気合を入れていただく。
「じゃあ始めるとするか」
部長は腕捲りをなさると、フライパンに油を敷き卵を割り入れた。
卵の白身が固まってきた頃合いで、部長はとどろきアリーナの屋根をお開けになった。中から湯気が立ち上り、炊き立てホカホカの新入社員たちが姿を現す。
部長がしゃもじで新入社員たちをお掬いになりフライパンへ。
手に持ったしゃもじをそのまま使われ、新入社員たちの間を切るようにお混ぜになっていく。
「いいか?大事なことを教えてやる」
「なんでしょうか?」
「育てられない人材はない、という真理だ」
「本当ですか?」
「あぁ、こうして強火で痛めさえすれば、どのような新入社員もしっとりパラパラに仕上がるんだよ。ほら……」
部長は景気よくフライパンを煽りなさった。すると新入社員たちが宙を舞って高波を描き、フライパンに着地した。
新入社員たちは休む間もなく何度もフライパンの上を舞った。次第に重さがなくなり、高波のきめが細かくなっていく。
部長は、塩、コショウ、鶏がらスープの素、具材(刻むのをお忘れのご様子だったので、私が刻んで差し上げた)を投入して数回フライパンを振った後、おたまに新入社員たちを入れて皿の上に置き、半球型の山をお作りになった。
「食え」
部長にレンゲを渡していただき、私は部長渾身のチャーハンをいただいた。
正直、新入社員たちは火の入りすぎでパラパラ、というよりはカサカサとした口当たりで、調味料の入れすぎで辛かった。
「な?こうやって誰でも育てられるんだよ」
部長がおっしゃった。
私は横目で台所中に散らばった、フライパンから振り落とされた新入社員たちを眺めつつ「絶品です」と申し上げた。
そのとき、私はレンゲの中に私自身の姿を見た。
読んでいただきありがとうございました。
人を食う人っていますよね。