見出し画像

BARロッケン 深爪深夜の物語

ホットバタードラム前編

隣の駅から弟が助けを乞う電話をかけてきた
間違えて降りちゃったよ
もう一駅乗ればいいだけじゃない
最終電車でやってきたんだ
隣の駅から最寄り駅までは電車で3分歩いても20分くらいなものだ
迎えに来てくれよ、道がわからないんだ
世話の焼けるやつだ
街から郊外へと延びる路線の住宅街の小さな駅は終電が行ってしまうと人影もめっきり少なくなる。
店の明かりも一つ消え、二つ消えひっそりと夜を迎えている
暗く電気の消えた駅舎を背に街灯の影を伸ばして弟は待っていた
隣の駅とはいえ、馴染のない駅前を新鮮に感じて
遠回りしてみようかと誘ってみた

取り繕ったような駅前を一歩はいるとどこか懐かしい路地に微かな明かりの漏れる飲み屋が数件軒を連ねている
物珍しそうにキョロキョロと通り抜けていると、とあるビルから出てきた酔客とぶつかりそうになった
よろけながら振り向いた足元の覚束ない酔客の横顔に見覚えがあった
無言で一瞥した酔眼のどろっとした奥底にあるかつて何度か感じたものと同じ冷たさを見たとき確信した
「気をつけなさいよ」
横から強めの女性の声が飛んできた
こちらはぶつかられそうになった方だぞと思いながら声の方へ顔を向けると
「ほら人に迷惑ばかりかけないで大人しく帰りなさいよ」
どうやら酔客に向けて言っているのだというのが、こちらに視線を向けようともしていないことでわかった
酔客は「ふん、気をつけろ」と捨て台詞を残して、足元の覚束ないまま歩き出した
「ごめんなさいね」女性が声をかけてきた
首を振りながら「ぶつかりそうになっただけで何もないから、大丈夫」とその女性にも見覚えがあるぞと脳がくるくる回転し始めた。
それは女性もそうだったのだろう、「あれ、ジャムじゃないの」
私の事をジャムと呼ぶのはかなり限られた人間でしかも女性となるとかなり母数が狭まる。
そうだ「朱鷺ちゃん」声に出しながら、頭の中では、ってことはさっきのはやっぱりあいつだったんだ、と結論づける。
「懐かしい顔が揃う日ね、どうしてここに」
「たまたま通りかかったら、よこからあいつが」視線をふらふらと角を曲がりかけている背中にむけた
「やっぱりあいつが誰だか分かったんだね」
「面影があったからね、そして朱鷺ちゃんが後から出てきて全てが結びついてやっぱりそうだって思った」
納得したという表情で頷いた朱鷺は
「時間あるでしょ、ここ私の店なの、ちょっと寄ってかない」と雑居ビルの細い階段に顔を向けた。
後ろで居心地の悪そうに二人の会話を聞いていた弟に「どう」と聞いたら頷いたので階段を上がる彼女に続いて入った店内はバーかスナックなのだろうが、とても営業をしているとは思えないほど散らかっていた。
とりあえずそこに座ってよと言われるがままにカウンターに並んだ。

いいなと思ったら応援しよう!