BARロッケン 深爪深夜の物語
ホットバタードラム後編
「ここ私が店をやっているんじゃなくって私の持ち物、オーナーなのよ。ちょっと前までは私のおじさんがこの店をやっていたんだけど、もう歳だから閉めるって言ってね。私に話が回ってきたのよ。最初は断っていたんだけどさ、このビル全部譲るからって言われて。おじさんて独身で身近な親戚はうちの家族くらいなものだったの。私はたしかに昔からすごく可愛がられてたってのもあるんだろうけど、とにかく生前分与って形でもらったのよ。もらったのはいいんだけど見ての通り店は叔父さんが閉めた時のままで、飲食未経験の私はどうしていいのかわからないし、誰かに貸してしまおうかとも思っていたら、どこからそういう私の状況を聞きつけたのかわからないけど、あいつから相談に乗ってやるって連絡があって、さっきまでここで会っていたってわけ」
ここまでを一挙に吐き出した朱鷺は、ふうと息を吐いて、
「何か飲む?あ、そういえばあちらの方は彼氏なの?」店内をキョロキョロ見回しながら所在なげに歩いていた弟に視線を送った。
「はは、まさか、私の弟でシンヤって言うの」シンヤは朱鷺に向かって軽く頭を下げて
「俺何か作りますよ」とカウンターの中に入って行った
「ジャムって弟いたんだね」朱鷺は不思議な感心をした。
「ビールあるかしら」朱鷺のオーダーに冷蔵庫をのぞいたシンヤは
「ちょっと古くなっているから味がどうかはわかりませんよ」と瓶ビールを出してきてグラスに注いだ
「私は水割り」
「この酒で良い」と酒瓶の並んでいる棚からバーボンを選んでラベルを見せ、氷を探し出してきてグラスに入れ酒を注いだ。
「水割りの水、水道水でいい?ミネラルウォーターがないんだよ」
一連の所作に「慣れてるのね」と朱鷺が感心した。
「バーでバイトしていたことがあって」
水道水の水割りとビールで乾杯をして、
「何年振りかしら」
「高校卒業して以来だからもう10年くらいにはなるんじゃないかな」
「今何してるの」
「働いてるよ」
などと空白を埋めるような会話の後、話はまた先程まで居たあいつの事に戻った。
ここで関係性を説明すると私と朱鷺は中学、高校と同じ学校に通っていた。あいつというのは大岸伸哉の事で、祖父、父親は二代に渡り棄民党の議員だ。中学は同じだが、高校は親父のコネで入れる私立へ通った。その私立高校には中学もあったのだが地元に顔を売れという事で、地元の中学に通ったのだというのは、彼自身が吹聴していた。ゆくゆくは自分も三代目として当然棄民等の議員になるんだという事を疑いもせずに生きているやつだ。
「どうせこの店やらないんだろ、俺が買ってやるよって、いつものように上から目線で捲し立てるのよ。しかもね、私を散々待たせた上に、酔っ払ってやってきて、そこの酒も勝手に飲み始めて。そんなんじゃ話にもならないって追い返したら、下でジャムとバッタリ」
「相変わらずだね、大岸は」
「そうよ、親切で連絡してやったんだから、俺に従ったほうがいいぞってふんぞりかえって、ああ、思い出したらまた腹が立ってきた」
朱鷺はビールを飲み干して
「シンヤくんって今何やってるの」
「学生です」
「シンヤくんバーで働いてたことがあるんでしょ、この店手伝ってくれないかしら」
「ん?ってことはこの店やるって事にしたの?」と私
「だってさ、あんな奴の思うようにはなりたくないじゃない」
しばらく考えていたシンヤは首を小さく縦に二度振り承諾の意を示した
「え、ホント、嬉しい、これで決まり、この店は続ける!」
徐に立ち上がった朱鷺はカウンター越しにシンヤにハグをするべく両手を差し出した。シンヤはぎこちない笑顔でそれに応えて、冷蔵庫にこんなのありましたけどとモエシャンドンのボトルを掲げた。
「素敵!でもその前に私と契約締結のハグしてからよ」
渋々といったシンヤとノリノリの朱鷺は相撲のぶつかり稽古のようなハグをした。
そこからは昔話やら大岸の話やらで時間が過ぎていった。その間もシンヤはずっとカウンターに立って話に乗ってきたり、黙って聞いていたりと私の知らないシンヤの一面をみたようだった。そしてシンヤはバーテンダーが性に合っているんではと思った。
ボトルも空になり、そろそろお開きにしようかという頃合い、シンヤはどうぞと言って私たちの前に湯気の立っているカップを二つ置いた。そしてシンヤ自身の前にもう一つ。
「あったかい飲み物ね」
「酒は入っていますよ」
「良い香りがする」
「話を聞いていて、つい作りたくなって。ホットバードラムっていうカクテルです。ホントはシナモンやグローブとか入れるんですけど、ここには無かったからちょっと物足りないかも」
「あーでもあったかいのって落ち着く」
昔を懐かしむというよりも大岸に対する怒りや愚痴で熱くなっていた二人を落ち着かせるために作ってくれたんだ。弟もなかなか気が効くではないか。
「シンヤ君、バーテンダー向いてるよ」朱鷺も同じように思ったのだろう。
照れくさそうにしながらもシンヤは
「ここからがこのカクテルを作りたかった理由です」と言ってタバスコを取り出し、それを自分の前のカップに数滴垂らして、どうぞと朱鷺の前に滑らせた。怪訝な顔で恐る恐る口をつけた朱鷺はゴホゴホと咽せて、不味いとカップを叩き置いた。
シンヤは「ホットバタードラムとタバスコを掛け合わせ、名付けて、ホットバタードラ息子」と言って笑った。
「二人の話を聞いて思いついたんですよ。その大岸っていうドラ息子がやってきたらこれを飲ませて撃退させれば良いって」
「じゃ、私に飲ませようっていうよりアイツがきたときの撃退カクテルってことなの」
こくりとうなづいたシンヤに
朱鷺は「ホットバタードラ息子、ダジャレ?天才ね」と笑った
斯くしてシンヤは朱鷺の店で働くことになりました。
めでたしめでたし?