母親クラブにある健全
"母親クラブ"を検索すると、知らないという声の多さに驚きます。
ハッシュタグも見当たらない。
児童健全育成財団、という難しい名前の団体の組織とのことですが、
申し訳ないことに、
私が見たのは、子供と一緒に工作をしてくれる、お姉様方の事だけです。
子どもが小学校に上がった時、
放課後児童クラブ(学童保育)の保護者オリエンテーションの終了後に来られて、
案内と500円の寄付の説明を受け、
なんだかよくわからないけれど、
お台所事情が大変なことは伝わったのが、出会いでした。
調べると、今から10年ほど前に国からの補助金が打ち切られたらしく、
そこで無くなった母親クラブも多かったようです。
住んでいた地域では組織の連携で、
継続できる仕組みを作っており、
おかげさまで定期的に開かれるクラフト教室には、
学童時間中に直に参加もでき、
マンネリ回避にとてもありがたかったし、
休みの日は親子でお邪魔してました。
いつも落ちついた様子で、
優しい
あの場が親子共々好きでした。
考えると、どういう財政かはよく知らないですが、
子供の相手なので責任もあるし、講習など受けて、イベントなんかもして、
それらに補助金がないとしたら、
それは確かに理不尽。
それでは、時間のあるお金持ちしか参加できない組織です。
出会ったお姉様方は、そこをたくましく同じ志の団体との連携で乗り越え、
維持してきたんだ、と気づくと、
今更ながらグッとくるものがあります。
確かに 「母親クラブ」という名前は
前時代的ではあります。
「母親という年でもないですが」が枕言葉のメンバーもいらしたし、
独身だけど子どもと工作したい、という人も世の中いると思います。
しかし、ピンポイントにはなりますが、
子どもが大きくなって、
母親としてのアイデンティティみたいなものが失われていくタイミングの、
心のクッションとなりそうな
魅力的な響きでもあることに、
とうとう私は気がついてしまいました。
「母親クラブ」
母親だけっていう、
シンプルなステータスでも、
十分な場所なのかなあ、って。
一人ぼっちじゃなく、
押し付けられた係でも役割でもない、
クラブ活動みたいなのが、
できるのかなあ、って。
小さなビーズのストラップや、
フェルトで作るハロウィン飾り、
松ぼっくりのクリスマスツリー。
そういうものの記憶は、
式典とかの景色とかより、
私の心には残っています。
母親クラブの皆さんは、
子供がどうしたいかを、大事にして、
色んなものを作らせて下さいました。
クラフトって、好きなものを作ることっていう、
根本的な事に立ち返らせてもらえました。
母親クラブの「子供の健全育成」という理念を見て、
確かに個人には「不健全でいいよ、ほっとけ」という自由も有るから、
窮屈な感じがするのは否めません。
でも、健全である事が難しい世の中で、
押し付けではなく、
健全を求める人は行ける場所
という事だと思います。
そして、子どもが健全である権利を
担保するための場として、
とても価値があると思うし、
実際に触れた実感として、
無くなって欲しくない場所です。