いちご白書
♪ 僕は無精ヒゲと髪を伸ばして
学生集会へも時々出かけた
就職が決まって髪を切ってきた時
もう若くないさと
君に言い訳したね ♪
iPhoneから流れる懐かしい歌を聞きながら、近くのスーパーで買い物をしている。
と、どこかで見たことのある顔の人物を見かけた。
確か、自分より、一つか二つ上で大学時代によく見かけた先輩だった。
久しぶりに見た顔は、色は黒く、シワは増え、まさに年老いた老人の顔となっていた。
が、あどけない目の面影が、かろうじて昔を物語っていた。
どうせこちらのことは覚えていないだろうと、あえて話かけることはしなかった。
家に帰りながら、他人ごととはいえいつの間に、あんなに老けちゃったんだろう。
昔は、もっと精悍で、生き生きと輝いていた年上の先輩として、憧れの眼差しで見ていたのに。
とはいえ、よくよく考えれば、あれから何十年経っていようか。ごく当然のことではあるが、残酷な時の流れを目の当りに見せつけられた気がした。
しかし、これはあくまで他人ごとで、いつものように、そこまで老けてはいない自分とは全く無関係のことだと信じていた。
そう、他人には厳しく、自分にはとっても甘い自分がいるのである。
ある日、電車に乗った。
あいにく、空いてる席はなく、つり革を持ち立っていると、前で座っていた一人の青年が席を立った。
「どうぞ、座ってください」
と席を立ち譲ってくれるではないか。
一瞬、耳を疑った。
その青年の好意に喜んだのではなく、こちらが席を譲ってもらうような、疲れた老人に見られたことに愕然とした。
『そんな年に見えるのか?』
平生から、バスや電車の中では、椅子に座らず立っていることが多い。
自分で言うのもおかしいが、服装や恰好もどちらかというと若ぶりだと思っている。
「すみませんね、ありがとう」
と心の中では憮然としながら、表立っては満面の笑みで礼を言う。
そこは、常識ある可愛いい爺さんを演じないといけない。
ただ、このまま引き下がっては気が治まらないので、その青年に向かって、
「こうみえても、もうすぐ80歳になるんよ」
と15歳以上もサバをよんで言ってやった。
すると、青年は、
「え~、そんなお年には絶対に見えませんよ、もっと若く見えます!」
と本当にびっくりした表情で応える。
『驚いたか! 当たり前だ、本当はまだ65歳だ!』
と心の中で、ニヤッと笑い、つぶやく。
嫌なじじいになりそうだ。
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