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【創作長編小説】星の見える町、化け物添えて 第29話

第29話 強くならねば

 ファミレスのデザートたちを目の前にして、女の子が泣いている。

「ひのさん、本当に――」

 店内のスタッフや客たちは、別れ話が展開されていると思ったに違いない。

「本当によかったね……! お母さんが、無事で」

 周囲の聞き耳を立てている人たちに説明する意味合いはなかったが、勇一もつい感極まって震える声が大きくなってしまった。

 本当に、よかった――!

「うん。うん……! 勇一君、ありがとう……!」

 気のせいか、それまで静かだった店内が、ざわざわと活気を取り戻す。興味津々な聞き耳たちが、それぞれの時間を再開させたらしい。ドラマチックな恋愛の修羅場とは違うのか、そんな声が聞こえてきそうだった。
 ひのは、泣きじゃくりながらスプーンとフォークを器用に持ち替えつつ、白玉クリームぜんざいとパンケーキを交互に口の中へと運び続けた。そのうえひのは、泣いているのでうまく飲み込めない手の開いた時間に、テーブルの下にいる白玉しらたまに、そのスイーツたちを他の人が気付かない自然さで振舞うという、無駄のない職人のような技巧まで披露していた。
 陽花はるかと携帯で連絡のついたひのの話によると、ひのの母の陽花は、例の幽霊屋敷付近で架夜子かやこと遭遇、急ぎ駆けつけた幽玄と紫月しづきのおかげで間一髪、難を逃れたのことだった。架夜子たちの尾行などの危険性を考慮し、紫月と幽玄は陽花が帰宅するまで付きそうとのことだった。紫月を通じ、架夜子の情報については、ゆかりにも伝わっている。

 のんびりお茶している場合じゃないかもしれないけど。

 とりあえず、ひのの心が落ち着くのを優先してあげたいと勇一は考えていた。そのため、これからのことといった現時点の疑問点について、あえて勇一は質問したりせず、ひののペースに合わせるようにしていた。
 銀のスプーンですくうバニラアイス。そういえば店で甘いものを食べるなんて、久しぶりだと思う。

 彼女に振られてから、久しくなかったなあ。

 つい先ほどまで、居合わせた店内の人たちは、勇一とひのが別れの話し合いをしていると思ったのだと想像すると、むずむずと居心地の悪いような気がしたが、同時に真逆のような感覚も覚えていた。

 恋人同士だと思われていたとしたなら――。

 知らず、顔が熱くなる。先ほどとはチガウ、新手の「むずむず」が生まれる。

 ちょっと、嬉しい。

 急いで首を振る。彼女の母が危険な目にあったばかりというのに、不謹慎な、と自分を叱りつけた。

 勇一、もっと危機感を持て!

 自分で自分に喝を入れるが、当のひのもしっかり食べ続けているし、アイスは相変わらず甘く溶けていくし、白玉も目を細めてリラックスしているし――、流れる時間はゆっくりとしていた。
 コーヒーを一口すする。それから、自分のカバンに目を落とす。カバンの中には、傘。勇一の武器であり、それはきっと世界の希望。

 俺が。
 
 俺が、と思った。

 俺が、守る。ひのさんや、皆を。

 コーヒーの香りの向こうの、テーブルの上のデザートたち。人の心をゆっくりと満たすような、柔らかな穏やかさ、優しさに満ちている。先ほどひのが報告してくれた、陽花や幽玄、紫月の世界と同一線上とは思えない。
 こちらの現実が、現実であって欲しいと思った。

 守りたい――。アイスや白玉クリームぜんざいやパンケーキ、そういったささやかなものたちに、人々が心寄せられる時間を。

 強くなりたい、と思った。強くならねば、と思った。
 配膳ロボットは、相変わらず忙しく店内を動き回る。

 働く――、今、本来なら俺は会社にいるはずの時間。俺は、戦うためにここにいるんだ。

 配膳ロボットが向かった先のテーブルには、親子の姿。小さい子が手を叩き、嬉しそうに笑う。
 勇一の心の中で、創られたロボットという存在が、またしても幽玄や白玉の姿と重なる。

 強く。たとえば、幽玄のように。

 幽玄のようになりたいと思う。恐れず、立ち向かい、何者とも戦えるような存在に。
 
『だから、ありがとう。勇一。心から、感謝する――』

 幽玄の声を、微笑みを、思い出す。勇一は、顔を上げた。少し違う、と思った。幽玄のようになりたい、それだけではだめなんだ、と。

 人に創られた幽玄に頼りきらず、人である自分が、戦えるようにならなくちゃいけないんだ。

「ちょっと、飲みものとってくるね」

 ひのが濡れた頬を拭いて微笑みを作り、立ち上がる。だいぶ落ち着いてきたようだ。

「うん。いってらっしゃい」

 勇一はドリンクバーへ向かうひのを見送ってから、自分のカバンを手にする。
 カバンの中の、傘に触れる。

『勇一』

 傘の声が頭の中に聞こえてきた。

『――へ、行け』

 え……?

 傘の、指示のようだった。初めてのことだ。
 ふわりと、甘い香り。ひのが手にしているのは、ホットココアだろう。

「勇一君。さっき、スマホで調べてたんだけど、今晩の宿はとりあえず――」

 ココアに唇をつける前に、ひのは提案する。勇一がドリンクバーに行っていた際、ひのが調べていたのは今晩泊まる場所だったようだ。

「ひのさん。傘が、今――」

「え、なあに?」

 ――へ、行け。そこで――。

「シロツキ村へ行けって言ってた」

 傘の、力なのだろうか。そのとき、テーブルに置いていたひののスマホが光っていた。ひのは、スマホを手に取る。

「白月村……」

 ひののスマホの画面は、白月村の地図を表示していた。

 

「お父さんとゆかりちゃんも、白月村に向かうって……!」

 ゆかりたちと連絡を取ったひのは、白月村をカーナビに設定し車を走らせる。ここからなら、夜までには着くらしい。
 
「ただいま戻りました」

 突然の声に、勇一は飛び上がりそうになった。
 狭い車内に、突然幽玄が姿を現す。幽玄は、涼しい顔で後部座席に座る。

「び、びっくりした。突然出てくるんだもん……」

「白月村」

 驚く様子の勇一に構わず、幽玄が呟く。

「え? もしかして、幽玄ちゃん、なにか知ってる?」

 ハンドルを握るひのが、ルームミラー越しに幽玄を見た。

「はい。白月村は――」

 え。なにか、知ってるんだ。

 白月村について心当たりがあるようだった。
 幽玄が、静かに答えた。

「隕石から傘骨を作ってくださった、刀鍛冶のいらっしゃったところです」

◆小説家になろう様掲載作品◆

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