【創作長編小説】天風の剣 第134話
第九章 海の王
― 第134話 二体の四天王 ―
四天王パール……!
アマリアは、息をのむ。
まさか、パールが自分の目の前に現れるとは思わなかったのだ。
人間の姿をしたパールは、右足だけ足首から先がなかった。左足も傷だらけで、削られてから他の魔の者の皮膚や肉を付け足したと思われる、不自然な箇所があちこちにあった。
激しい戦いのあとだということが、一目でわかる。
アマリアは、無意識に右手を握りしめていた。いつもは、魔法の杖を握りしめる右手。
魔法の力を増幅させる、魔法の杖がない……!
シトリンの魔法の杖はなく、もともと持っていた水晶の魔法の杖も、他の荷物と一緒に愛馬バームスの背につけているのでここにはない。
「きゃっ……!」
アマリアが攻撃魔法を口にしようとした瞬間、オニキスはアマリアを強引に自分のほうへ引き寄せていた。アマリアは、オニキスの胸に抱かれる形となる。
ドンッ!
オニキスの左手から、稲妻のような衝撃波が放たれる。パールは、正面からまともにその攻撃をくらっていた。
アマリアが、オニキスの攻撃を受けたパールの表情を見ることはなかった。次の瞬間に、オニキスに抱えられたまま、否応なしに空を飛んでいたのである。
オニキスは、私を連れたまま逃げる気なんだわ……!
四天王オニキスにとっても、パールの力は脅威なのだろうとアマリアは察する。
「おや。挨拶もなしで行っちゃうの……?」
空を飛行中すぐ横に、パールの笑顔があった。驚くべき俊敏さだった。
ドンッ……!
閃光と爆音、そして煙。黙したまま、オニキスは衝撃波を放つ。
攻撃で、少しは突き放せる、そうオニキスは思ったに違いなかった。
「僕の名前はパールだ。名前くらい、教えてくれてもいいんじゃないかな」
パールの声が、すぐそばから聞こえる。オニキスが飛び続けているのに、パールとまったく距離が離れていない。アマリアとオニキスは言葉を失う。変わることなくオニキスと並ぶようにして飛ぶパールの姿には、傷一つないように見えた。
「貴様……! 私の攻撃を……!」
オニキスは舌打ちし、苛立ちを抑えられない様子で呟く。
激しく睨みつけるオニキスを見て、ああ、とパールはなにかに気付いたように小さくうなずいた。
「君は、君の攻撃が全然効いてないことが、不満なんだね」
屈託のない表情で、パールは笑った。
「大丈夫。君は強いよ。だって、四天王だもの」
ドーン……!
ひときわ強い衝撃波が、オニキスの振り上げた左腕から放たれていた。
逆鱗に触れたようだった。
しかし――、オニキスもアマリアも、ふたたび目を見張ることになる。
アマリアの息が苦しくなるほど速度を上げて飛ぶオニキスに、パールは変わらぬ様子でついて来ているのだ。
ごうごうと、風が全身を強く打つ。強風の中でもパールの言葉が自然と頭の中に――許可をした覚えもないのに――入ってくる。
「僕も、色々休んでいる間に勉強したんだ。いっぱい怪我しちゃったからね。だから、勉強と鍛錬することにしたんだ。四枚の翼の高次の存在が、攻撃を遮る壁を作ってたんだけど、それを僕も僕なりにうまく使えるようにならないかなって」
この四天王は、なにを言おうとしているのだろう。
アマリアは、死への恐怖や四天王たちへの怒り、焦りやどうすることもできない混乱の意識の中、冷静な自分がいることを感じていた。冷静な心は、感情を越えたところで、ただ静かにパールの意図を分析しようとしていた。
「きらめく美しい夢の中で、探ってみたんだ。僕が応用できる術はないかって」
四枚の翼の高次の存在――。シリウスさん――!
アマリアは、ハッとした。まさか、まさか――。
「だって、彼は僕の中にあるんだから。僕は、探り当てた。そして、起きてからたくさん練習と実戦で身につけた。その結果、この通りだよ。彼の能力を、吸収し消化したおかげで、僕の皮膚の周りに、見えない守りの壁を、自在に張れるようになったんだよ」
シリウスさんだったんだ……!
あの激しい嵐の中、飛んできた悲しいエネルギーのかけらたち。空の慟哭。あれは、シリウスの死を伝えるものだったのだ、アマリアの心は、大きな悲しみに震えた。
「四天王パール……! あなたはシリウスさんまで……!」
アマリアの絶叫が、空に響き渡る。
「天空の風、魔の王を討て……!」
魔法の杖はない。四天王オニキスの攻撃も通じなかった相手。しかし、アマリアは呪文を放たずにはいられなかった。
竜が駆けるような突風が吹き、パールの全身を打ち付けた。
「へえ。君は、なかなか興味深いレディだね」
パールは、風に乱れた髪をかき上げ、微笑みをたたえていた。
ああ。届かない。やっぱり、届かないんだ――。
青空が、暗転する。実際は、抜けるように青い空だったが、まるで目の前が重いとばりに覆われているようで、真っ暗に感じられた。
にい、とパールは破顔する。
「とても魅力的な君たち。輝いていて、本当に美しいよ。君たちも、祭りの前に僕が食べてあげるね」
深い悲しみと怒りに打ちのめされそうになるアマリアの心身を、びりびりとした衝撃が襲う。オニキスの激しい怒りのエネルギーのようだった。
「……どうして私の前には神経を逆なでするようなやつばかり現れるのだろうか」
ため息を吐くオニキス。怒りと苛立ちからか、アマリアを抱くオニキスの腕に力がこもり、アマリアは息苦しさと痛みに思わず短い悲鳴を上げた。
オニキスとパール。どちらに転んでも、アマリアの生命の危機に変わりない。絶望的な状況だった。しかしそんな中でも、アマリアの鋭い感覚は、オニキスの飛んでいる方角、進路を冷静に認識していた。
ノースストルム峡谷に向かっているんだわ……!
四天王オニキスとパール。二体の四天王が、四聖たちのいる聖地ノースストルム峡谷に降り立とうとしていた――。
「アマリアおねーちゃんの居場所がわかったよ!」
シトリンが、息せき切ってシルガーに報告する。
シルガーは、ずっと空の一点を見つめていた。
「四天王パール。やつが向かってくるようだが――」
「うん! アマリアおねーちゃんとオニキス、パール、みんなこっちに向かってきてるの!」
そのとき、シトリン、シルガー、それから翠と蒼井もノースストルム峡谷の手前にある森の中にいた。
「みんな、とはあいつらも含めて、だな」
シルガーの指が、梢の向こうを指す。
それは――。
「シルガー」
白銀、黒羽だった。
今宵、いよいよ空の窓が開くときが来る。
星が、巡る。強いエネルギーが、空に、大地に降り注ぐ。そして、それぞれの胸の中で、激しく熱いしぶきを上げながら、荒々しい力が渦巻いていた。
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