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【創作長編小説】星の見える町、化け物添えて 第15話

第15話 鏡家の、過去と現在

 時は明治。この地に空から星が落ちたとき。

「れい様。これを――」

 れいと呼ばれた女性――、鏡家の長女、れいは、息をのむ。

「星の石……!」

 鏡家に、鉄隕石が秘密裏に届けられた。
 発見された隕石は、ふたつ。大きな隕石と、その隕石から割れたかけら。
 隕石を、手にしたのは運命と、れいは思った。

「これは、天からの贈り物。境界があいまいで、化け物が出現するこの土地で、星の石は人々を守る武器となることでしょう」

 れいは、そのように語り、天に向かって深く感謝した。
 鏡家は、代々特殊な能力を持つ者が生まれる。
 異界との境界線が薄いといわれるこの地、そしてその中でも特に磁場の強いという場所に住む鏡家。土地の力、そして鏡家の人々の隠し持っていた資質が、融合した結果だった。
 そういったわけで、鏡家の人々は、普通の仕事に就きながらも、出現する化け物退治を隠れた生業のひとつとしていた。この地だけでなく、依頼されて遠方での退治も請け負った。鏡家の屋敷が立派であることは、この化け物退治の報酬によるものも大きい。
 れいは、心の中で呟く。

 よかった――。無事我が鏡家ゆかりの者に拾われて――。これがもし、あの一家に見つかってしまっていたら――!

 あの一家、とは、どこから流れ着いたのか、近頃この辺りに居を構えた者たちだった。
 どうも、異質な神を信仰し、夜な夜な怪しげな儀式を行っているらしい。おそらく、この特殊な事情の土地の存在を嗅ぎ付け、自らの神秘的な力を強くするために住みついたのではないか、と思えた。
 今のところ、町の者たちは彼らに奇異な目を向け、距離を取っている。ただ気味が悪いというだけで、特別悪い噂や、もめごと、なにかよくないことをされた、といった話は聞かない。

 悪いことが、起きなければいいが。

 彼らに、どこまでの力があるのか、化け物の存在を感知できる能力があるかどうかは不明だった。
 鏡家の者たちは、謎の一家に対する警戒をしながら、この地に出る化け物退治を続けていた。
 その後、鉄隕石は鍛冶師たちの技術と鏡家の秘術により、一本の傘に生まれ変わった。



 傘が完成した晩。天の川が大空に架かる。

「幽玄」
 
 れいは、傍らに幽玄を呼んだ。仕上がった傘を見て、幽玄は銀の目を細める。

「れい様。これは見事な品ですね。おや、彼は私にも自己紹介をしてくれるようです」

 幽玄は、この傘が心を持ち、会話ができると述べた。
 れいは顔をほころばせた。幽玄と傘は、仲よくなれそうだった。

「この傘は、あなたや、私。それから鏡家の子孫たちが、人々を守るために使うことでしょう」

 れいの言葉に、幽玄はうなずく。れいは、言葉を続けた。

「でも――。私の目には、遠い未来、災いが見えます」

 れいの横顔に、影がよぎる。

「災い……、れい様の目には、どのように見えるのです?」

 れいは空を見上げた。そのときのれいの瞳は、不吉な影ではなく星を映していた。

「大きな邪心……。きっと、鏡家だけではなく、新しい力が必要となります」

「邪心……。つまり人による、災い――」

 少し考えてから、れいは首を横に振った。

「なにか……、得体の知れない力を得たもの……。人であって、人でない……」

 ひとすじの流れ星。その瞬間、神秘的な力が、れいに言葉を紡がせる。まるでなにかが降りてきたようだった。

『東の都からこの地へと、星の降る日に訪れる者。それが傘の選んだ者である』

 れいは、不思議な予言を残す。
 傘は、その後幽玄や、子孫たちに武器や守りとして使われていく。しかし、このれいの予言は鏡家や幽玄以外の存在を指し示している。

 傘の選んだ者。彼が、きっと災いを防いでくれる――。

「れい様。その日まで私が生きながらえたあかつきには、その予言の者に寄り添い、お守り抜くことを誓います」

 あふれる星の光のもと、れいと幽玄は笑みを交わした。



 手を放せば、もれなく万有引力。
 オードブルやおにぎり、サンドイッチ、それと酒。
 一人暮らしにはあきらかに量が多い、そしてパーティー風にちょっとだけ豪華な面々――ただし、酒以外半額――の入った袋が、勇一の手元から落下していた。
 
 え……。まさか……!

 見つめた先の光景に、震える。驚きと恐怖で、滑り落ちた食料たち。傘の入っている右手のカバンは、無意識ながら死守していた。
 アパートの自分の部屋のドアの前に、子どもがひとり立っていた。

 架夜子……!?

 暗がりの向こうにいるのは、先ほどまで戦っていた、術師「架夜子」なのかと思った。

「こんばんは。この姿では、初めまして」

 はきはきとした、口調。

 ええと……? 小学生の、女の子……?

 勇一のもとを、一人でわざわざ訪ねに来るような子どもなど、心当たりがまったくない。
 帽子を目深に被り、マスク着用、長い髪を後ろで一つに結んだ、ワイドパンツをはいた小学校高学年くらいの女の子だった。柳に幽霊、よく見れば小学校低学年くらいに見えた架夜子と目の前の女の子は、身長も髪型も雰囲気もまるで違っていた。

「あっ」

 こんな夜更けに、君は誰、どうしたの、と心配する前に、勇一の口から短い驚きの声。

 女の子の後ろ、空中に、幽玄と白玉しらたまが浮かんでいた。
 女の子が、ぺこりと頭を下げる。

「私の名は、ゆかり。鏡ゆかりです。そして、私が、紫月しづきの本体です」 

 紫月さん……! これが、紫月さん……!

 勇一の唇が、わなわなと震えていた。

 セクスィー大魔王ボディじゃなかった……!

 残念ながら紫月本体は、紫月のようなセクスィーボディではなかった。
 勇一、落胆を隠せず。

『そこは、隠せ』

 肩を落とす勇一を、傘が静かに諭していた。

『いつかは、なるかもしれない』

 なぜか神妙な口調で傘が言う。

 傘……! お前なんちゅー……!

 傘の言葉に、勇一は脱力すると同時に自分の感想の低次元なことを思い知らされ、己を深く恥じた。
 傘に、他意はない。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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