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【創作長編小説】ルシルのおつかい 第六話
第六話 すこぶる余計な一言
先ほどから、湿った冷たい風。あたりの景色も暗い。雨が近いようだ。
嘘だ。
ルシルは、声に出して呟くのも忘れてしまっていた。
だって、お母さんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、自分も、角なんてない。
自分はお母さんの娘で、お兄ちゃんの妹で、お姉ちゃんの妹なんだ、そう叫ぼうとした。
「ルシル。ショックかもしれないけど――。たぶん本当のことだよ。こんなこと、わざわざ嘘を書かない」
リストは、真剣な表情でルシルを見つめていた。
「私は――」
「ルシルを愛してるよ。母君も、父君も。もちろん、兄君と姉君も。そして――」
リストは、そっとルシルを抱きしめた。
「この僕も」
どこか懐かしい、古い紙とインクの匂いがした。
「……本屋さんみたい」
思わずルシルは笑ってしまった。兄と姉に連れられて入った、古書店を思い出していた。
「……僕がたくさん並んだ本屋は、さぞ賑やかだろうなあ」
思わず、吹き出してしまった。確かに、リストだらけの店内は、収拾がつかなくなりそう。
ぽつり、と冷たいものが落ちてきた。それを合図に、雨が降り出す。
「ありがとう。リスト。話してくれて。お父さんとお母さんの出会いの物語、それから、隠されていた私の秘密について、教えてくれて――」
なんとか平静を取り戻し、ルシルはお礼の言葉を述べた。そして、リストと共に一番近くの大きな木の下に避難した。
「ヒュー、なかなか帰ってこないね」
少し濡れた赤い髪をかき上げながら、ルシルが呟く。
「そろそろ、戻ってくると思うけど」
剣士ヒューは、昼食となるものを探すため、というのは建前で、リストにしたためられた秘密を、部外者である自分が聞かないように、という配慮から、木々の向こうに一人分け入っていた。
女王って――。お父さんが本当に勇者だったなんて。お母さんが、私のお母さんじゃなく叔母さんだったなんて――。
雨の音、土の匂いを感じながら、ルシルの頭の中、ぐるぐると思いが渦を巻く。
本当の家族じゃなく、私は親戚の立場……。お父さんに至っては、他人――。
頬が濡れる。葉から落ちるしずくに、あふれ出る気持ちに。全部雨だとごまかせるのが、救いだった。
雨音の他に、聞こえてくる音があった。草をかきわけ踏みしめる足音、それから――。
話し声!?
耳を澄ませても、どう考えても、近付いてくるのは話し声。男の人同士が話す声だった。
ヒューと、誰か……? 山の中で、誰かと会ったの……?
旅人だろうか。ヒューは誰かと出会い、一緒に戻ってきたのだろうか、と思った。
ルシルの顔を見て、ヒューと一緒に歩いてきた男性が、声を上げた。
「あれ! もしかして――、ルシル! ルシルか……!」
えっ……!?
驚きに、言葉が出ない。ヒューの隣のその男性は――。
「お父さん……!?」
紛れもない、ルシルの父、グローイだった。
目の前に並ぶ、父グローイとヒュー。二人の腕には、大きくて黄色いなにかが抱えられていた。
「なんでここにお父さんが!? お父さん……! まさか……! そんな偶然……!」
次の瞬間、ルシルの視界が遮られた。懐かしい匂いに包まれる。
父に、抱きしめられていた。
「久しぶりだな……! ルシル……! よかった、すっかり大きくなって……!」
「く、苦しいよ、お父さん!」
ついうっかり強く抱きしめてしまっていたことに気付き、父は手を離す。
「いや、ごめん。つい――」
見上げた父の目は――、涙で濡れていた。
お父、さん……。
なんでもテキトウで、ガサツで、意味不明な言動をする父。いつも笑顔で、優しくて、無意味に堂々として――、そんな父が今、笑顔だか泣き顔だか、くしゃくしゃの顔――。
「お父さん……!」
今度はルシルが抱きついていた。そして、わんわん泣いた。雨の音に、負けないくらいに。
「五年ぶりだな、ルシル」
お父さんは、お父さんなんだ……!
声を聞き、ぬくもりを感じ、改めて思う。血のつながりは、関係ない。自分が知っているお父さんが、自分にとってお父さんなんだ、と――。
「無事で、本当によかった――」
「お父さんこそ――」
親子の再会と抱擁。その隣で、ヒューは呆然と立っていた。
「この広い世界で、そんな偶然あるんだなあ……」
ヒューの声で、ルシルはヒューの存在を思い出す。すっかり忘れていたわけではなかったが。
「ヒューさん……。父と、さっき偶然会ったのですか?」
「うん。偶然。それで木の実を取るとき、協力し合ったんだ」
木の実を取るとき、協力し合う……?
ヒューのほうを向き、ルシルはあるものに目が釘付けとなっていた。
ヒューの腕に、なにかが抱えられていた。大きくて黄色い、人形のようなもの。
そういえば。
動転していて見逃していたが、さっき父は同じものを抱えていなかったか。両脇に二個、ヒューが持っている物体と同じものを。
父がルシルを抱きしめる際、それは地面に置いており、今地面に二個、まるで人が座っているかのように存在している。
それらは頭、胴体、手、足、と意図したように見えるが、ちょっといびつで質感もざらざらしていて、三個それぞれの大きさも微妙に違う。人形として誰かが作ったとは思えない感じがした。
「ところで、お父さん。あの物体は、なに……?」
こんなヘンテコなものは、今まで見たことがない。
ん? そういえばさっき、二人で協力して、って……? まさか――。
「ああ。これは、人型樹の実だよ」
えっ。
「人型樹の実――!?」
ルシルが探していた、お買い物品目のひとつ、「人型樹の実三個」だった。
ざあざあと、止みそうにない雨。
先ほどヒューが発見したという洞穴に、一同避難した。
「お父さん! 一応初めまして! 僕は羊皮紙のリストです!」
リストが元気いっぱいに、非現実的な挨拶をしていた。
「ああ! リストだったのか……! 平面だったのに、五年見ないうちに立派な青年に育ったなあ」
グローイがリストを眺め、しみじみと感想を述べた。
「フツウ五年で紙が人に変わらないから……!」
ルシルが間髪入れずに指摘する。父の発言が、自然に育った結果のような口振りだったので。
それから、昼食を皆でとった。雨も小降りになってきたころだった。
「ルシル」
グローイが、ルシルを見つめる。
「五年前、俺が旅に出た本当の理由、それからルシルが母さんからおつかいを頼まれた真の理由、それを話そう」
「グローイさん。俺も同席していて、いいのかな」
ヒューが当惑しつつ尋ねた。親子の詳細な話に立ち会っていいのだろうかと疑問に感じたようだった。
「雨だし。外に出るわけにもいかないし。構わないよ」
そう答えて笑ってから、グローイは懐から小さな袋を取り出した。中身は、髪の毛のようだった。
「これは、ルシルの髪の毛だ。母さんの魔法付きの」
「えっ、私の髪!?」
うなずくグローイ。
「この髪の毛は、ルシルの身代わり。そしてそれを持つ俺は、囮だ。完全回復したフィアライが、俺のほうを追うように」
「フィアライ……!」
「フィアライの話は、もう知っているか?」
ルシルはうなずいた。
「そうか。知っているのなら話は早い。五年前、お前の力を狙うフィアライの、活動を始める予兆を感じ取ったとのことだ。母さんたちが、夢で知った」
母さんたち、とは、母と兄と姉だとすぐわかった。
グローイは続ける。
「ルシル。お前には、魔法がかけられている。それはお前の力を封じ、お前の身を守る魔法。そしてそれは、いつか解ける魔法だった。魔法が解け、いつお前の女王としての力が目覚めるかはわからない」
女王、と聞いてヒューは驚いた顔をしたが、口を挟まず黙っていた。あくまで自分は部外者で、自分が不用意に発言すべきではない、と思っているようだった。
リストも静かに見守る中、グローイの話は続く。
「だから、囮として俺は旅立った。家に残った母さんたちも、囮だ。家の中、お前の気配はあちこちに残っている。お前を家から離すことで、家族一丸お前を危険から守ろうとした」
お母さんやお兄ちゃん、お姉ちゃんも戦うつもりで……!
「お前が道中、目覚めてしまう可能性もあった。お前の守護として、母さんはリストをつけた。それと、おつかいの品目。俺とルシルに同じものを探すよう母さんは指示した。そして、母さんの狙い通り、合流できた」
「でも、昨日夢の中で目覚めなさいって、女の人の声がしたよ……! それに、無事合流できたけど、五年もかかったし、もしかしたら、もっとかかったかも――」
「ルシルの夢に呼びかけた声は、一角人の大陸からの声だと思う。きっと、フィアライとの対決が近いと、予知したのだろう。戦いにお前の聖なる力は、きっと有効なのだろう。それに、お前は成長した。母さんの話では、女王や王は、十六のときにその力が完全なものとなるという。十六歳を迎えるまでは、なんとしても敵の魔の手から遠ざけ、お前を守らなければならなかったんだ」
フィアライとの戦い――。
ルシルは膝の上に置いた手を、ぎゅっと握りしめた。真剣な眼差しで、父をまっすぐ見つめ続ける。
「母さんの夢では、フィアライは、十一頭の赤ドラゴンを率いていたそうだ。十一頭の赤ドラゴンを使い、人間の住む大陸と一角人の大陸、二つの世界を襲おうと――」
「十一頭の赤ドラゴン……!」
今まで黙っていたヒューが、立ち上がる。
「ああ。一頭は、大人の赤ドラゴン。そして、十頭が、生まれたての――」
赤ドラゴンの卵一パック……!
卵一パックは、十個か六個だった。
お母さんは、敵についても知らせていたんだ……!
お買い物リストが、必ずしも入手するものではなかったことを、ルシルは悟る。
「そっかあ。赤ドラゴンがどのくらいの大きさかわからなかったけど、持ち帰らなきゃならないわけじゃなかったんだ。よかったね、ルシル。大きいと思われる卵を十個も、どうやって運べばいいのかと、僕も悩んでたんだよねえ」
あと、日持ちするのかなあって心配だったし、などとリストがのんきな声で述べる。
「十一頭も……、あんな恐ろしいやつが……!」
ヒューは、うつむき、肩を震わせた。
「殲滅してやる……! まだ卵なら、生まれる前に……!」
ヒューが立ち上がる。今にも外へ駆け出しそうだった。
「ヒュー君。君は、赤ドラゴンのことを――」
グローイが、ヒューの背に問いかけた。
「仇です! 俺の両親や村の人たちの……! 俺の村を襲った赤ドラゴンとは違う個体かもしれないけれど……!」
ヒューの村を襲った赤ドラゴン。それは、五年以上前の話。それは、一角人の大陸にいたフィアライとは関係がない襲撃。しかし、ヒューが黙って見ていられるわけがなかった。
「フィアライとかいうやつが、赤ドラゴンを使って世界を蹂躙しようとするのなら、俺もやつらと戦う……!」
グローイも立ち上がり、ヒューの前に立つ。そして――。
「勇者の目をしているな」
ヒューの前に右手を差し出す。
ヒューは、グローイの差し出した手を、互いの目の高さで握りしめた。引き寄せ合うように力強く握り合う、手と手。
「かく言う俺はグローイ。おおむね勇者だ」
熱い笑顔を交わす、グローイとヒュー。
「中年勇者と、若年勇者だね! なお、僕は万年羊皮紙!」
リストがすこぶる余計なことを言った。
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