
【創作長編小説】天風の剣 第157話
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
― 第157話 闇より深い黒 ―
光が走る。
辺り一帯の空気が、熱を帯びる。吹雪の中、空は、恐ろしい戦いのエネルギーで燃えていた。
四天王シルガーと青い翼の従者、それから四天王レッドスピネル。三つの大きな破壊のエネルギーが入り乱れる。
「……思いのほか、時間をかけていらっしゃるように見受けられます」
口を開いたのは、青い翼の従者。
「……なんのことかな」
返事をしながら、シルガーは空に銀色の軌道を残し、大きく右方向へ移動する。地上からのレッドスピネルの衝撃波を、かわすためだった。そのため、青い翼の従者の目線も、大きく左へと移動しなければならなかった。
「あなたは、あなた様の従者たちの動きを、常に気にかけていらっしゃるようだ。あなた様の実力なら、私など、とっくに討てたはず」
「……謙遜を」
シルガーが、くっ、と笑い声を立てた。
シルガーは、改めて青い翼の従者を正面から見つめる。
確かに、つい私は白銀と黒羽の様子を、気にかけてしまっている。今のところまだ、持ちこたえられているようだが、いずれ、彼らの援護をしなければならないだろう。
風が、赤い光と共に突き上がる。高熱を帯び、らせんを描きながら。シルガーは、またしてもその場を移動しなければならなかった。
「お前の主は、空は管轄外なのか?」
吹雪の空を駆け巡りながら、シルガーが青い翼の従者に問う。
「ええ。まだ得意ではないご様子。もっと成長すれば、自由に動けるでしょうけれど」
「成長の度合いが遅いんじゃないか?」
シルガーは、青い翼の従者に向け、衝撃波を放ちつつ尋ねる。
青い翼の従者は、そこにはいない。残像を残しながら、もうすでにシルガーの背後へ回りつつあった。
とんでもなく速いな……!
シルガーは、振り返る間もなく、体を上昇させるはめになっていた。シルガーのつま先の下を、熱い気流が突き抜けていく。シルガーの背後から、青い翼の従者が衝撃波を放ったのだ。
「いえ。我が主は、驚異的な成長を遂げ続けていらっしゃいます」
「そうか。それならば、早いうちに芽は摘んでおいたほうがいいな」
シルガーは、地上、赤い衝撃波の放たれたほうに、ちらりと視線を投げかけた。
それは、非常にわかりやすい動きだった。
シルガーは、右腕をかすかに動かす。エネルギーを右腕に集め、強烈な一撃を放てるような素振りを見せる。
いかにも、といった動き。シルガーは、これから四天王レッドスピネルへの攻撃をしかけるつもりだということを、わざわざ青い翼の従者に見せていた。
さて、どう出るか。
シルガーには、引っかかる点があった。
シルガーと青い翼の従者は、激しい戦闘を繰り広げていた。青い翼の従者は、地上に守るべき主レッドスピネルを残したまま。
青い翼の従者の戦いぶりにも、どことなく違和感があった。
確かに、強い。スピードも強さも、思った以上だ。しかし――。
自分が、白銀と黒羽を気にかけているのが、隠しているつもりでも戦いぶりに表れて、見抜かれてしまったように、シルガーは、青い翼の従者の動きに、かすかな疑問を抱いていた。
いったい、やつはなにを隠して――。
シルガーは、レッドスピネルに狙いを定める。青い翼の従者に、とてもわかりやすい形で。
ちゃんと避けられるかは、四天王次第。あまり、気乗りはしないが。
幼子の姿。長く続くであろう未来と多くの可能性を持った、新しい四天王。
ふう、思わず小さなため息が出る。
以前の私なら、そんなことを考えもしなかっただろうにな。
四聖の命を狙う以上、戦わなければいけない敵。しかしそれは、この世界に、生まれて間もない命――。
なんの感想も迷いもなく、喜びさえ持って、攻撃できただろう、以前の私なら。
たくさんの笑顔、たくさんの思い。キアランと出会ってから、シルガーは自分以外の様々な魂を見つめ続けてきた。
そして、四天王パールの出現。目の前から、消えていった命たち。
ひとつひとつが、異なる物語――。
なにかを察したのか、レッドスピネルが動く気配が感じられる。そして、赤い衝撃波が爆音とともにシルガーへ向け放たれる。
シルガーは、赤い風から身をかわす。右腕に、強烈なエネルギーを蓄えたまま。
きっと、右腕を大きく振り下ろす、それだけでかなりのダメージを与えることができるだろう。
今のシルガーは、四天王レッドスピネルに照準を合わせ続けている。青い翼の従者が、シルガーの動きを見つめる――。
攻撃か、防御か。主を連れての退避か。それとも――。
地上のレッドスピネルに意識を向けることを装いながら、そのときシルガーは、静かに青い翼の従者を見ていた。
「お待たせーっ!」
張り詰めた空気にもお構いなしに、唐突に元気いっぱいな声が響き渡る。
「シトリン……!」
シルガーが目を丸くすると同時に、場違いな登場に度肝を抜かれたのか、青い翼の従者も息をのみ言葉を失っている様子だった。
「シルガー! 来たよ! 白銀と黒羽は、私と花紺青おにーちゃんに任せてっ!」
「あ、ああ。助かる」
シルガーは、面食らう。確かに、シトリンたちは駆けつけるだろうと思われたが、登場の仕方に遠慮がなさ過ぎた。
緊迫の空気も、お構いなしか。まあ、私としては、非常に助かるが。
シルガーが青い翼の従者のほうに目をやると、青い翼の従者は、新たな四天王の登場に、強く警戒しつつも、正直どう出ていいのか戸惑っている、そんな様子に見えた。
シトリンは、というと、自分のペースを崩さない。
「シルガー! そのつよいやつと四天王、ふたっつ相手に大変だろうけど、めちゃくちゃ頑張るんだよ。負けないって、信じてるから」
畳みかけるように訴えるシトリン。シトリンに抱えられて移動している様子の花紺青も、なにかシルガーに言おうと、口を開こうとしていた。
しかし、実際響いてきたのは、シトリンの声。全身で、めいっぱい叫んでいた。
「負けたら、死んじゃったら、許さないからっ。死んじゃうようなことがあったら、殺すからっ。だから、負けちゃだめだよ、シルガー! 約束ねっ」
死んじゃったら、殺すって、死んだら殺せないだろう。徹底的に殺されるのか、私は。
脅してまで生かしたいのか、殺したいのか。まあ、シトリンが伝えたいのは、死ぬ気で生きろということか、そこまで冷静に考えるシルガーは、なんとなく脱力し、うつろな目になる。
「じゃっ、急ぐから!」
びゅんっ。
シルガーの返事も青い翼の従者の反応も待たず、さらには花紺青の発言の機会も与えず、花紺青を抱えたシトリンは、白銀や黒羽のいる地上へと飛び去って行った。
雪、白いな。
魔の者として生まれ、今まで特に感じたこともなかった感想が、不意に頭の中を横切っていく。おそらく、シルガーの戦いに満ちた生涯の中、最初で最後の素朴な感想。
「……今の、四天王、でしたよね」
念のため、確認する青い翼の従者。
「ああ見えて、そうだ」
「ですよね」
「ですよ、だ」
なんとなく、シルガーと青い翼の従者の目は、揃って「悟りの境地」のような半眼になっていた。
熱が、突き上げてくる。レッドスピネルの衝撃波が、緩やかな沈黙を破った。
「幼子よ、私の衝撃波、どこまで避けきれるかな……!」
シルガーが、衝撃波を放つ。地上に向け、四天王レッドスピネルに向け。
青い翼の従者が、動いた。
身を挺して、主を守るか……!
急降下し、さらに速度を上げ続ける青い翼の従者。まっすぐ主レッドスピネルのもとへと――。
シルガーも追いかける。青い翼の従者、幼子の四天王、両者の動きを見るために。
青い翼の従者は、幼い四天王を抱きかかえて飛び避け、シルガーの衝撃波から守り抜いた。そして、そのまま森を飛行する。
守り、一時退避か。
次の瞬間、シルガーは息をのむ。
なに……!?
ギ、ギ……!
青い翼の従者の、三対、つまり六本の腕。その腕が、肉を切り裂いていた。小さな体は、急所がどこであっても問題ないくらい、無残に粉砕されていた。
「やつは、もしかして最初から……!」
大量の赤い血と共に、金の光がほとばしる。
青い翼の従者は、血と金の光を浴び、そして自らも金色に輝き始めた。
それは、シルガー自身も体験したこと――。
ぽとり、青い翼が地面に落ちる。
そして、代わりに現れた、四枚の漆黒の翼。
青かった翼を持っていた従者、いや、つい先ほどまで従者だった男が、飛ぶのを止めた。そして、振り返る。
「……私の名を、お尋ねでしたね」
ニヤリ、男の薄い唇が、ゆっくりと笑みを形どる。
「私の名は青藍と申します。私は、四天王青藍――」
四枚の翼は、闇より深く濃い色をしていた。
四天王レッドスピネルの命の光を浴び、四天王青藍が、誕生した。
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