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【創作長編小説】星の見える町、化け物添えて 第27話
第27話 鳴りやまない着信音
「やっぱ、お母さんに、電話しなくちゃ!」
勇一がドリンクバーからコーヒーを持って戻るやいなや、ひのが、ファミレスの椅子から立ち上がった。
「お父さん、今ゆかりちゃんと一緒だろうから、お父さんからもお母さんに連絡してるだろうけど……。なお、私からもお母さんに話してみる!」
今ごろきっと、幽玄からゆかりに術師三きょうだいが人ではないことが伝えられているはずだった。そこから、父や母にも伝わっているはずと、ひのは判断していた。
でも、危険を知らせるのは一刻も早く、確実にしたい、とひのは思ったに違いない。
勇一君、ちょっとごめんね、とひのは電話をかけるため席を立つ。
相手が人間じゃなく得体の知れない化け物――。確かに、うかつに近寄るのは危険だ。
早く知らせたいし、早く無事な声を聞きたいという気持ちは痛いほどわかる。もし、自分の母だったらと思うと、いてもたってもいられないと思う。
ひのさん、すごく心配だろうな……。ほんとは、あの町に残って詳しいことを調査しようとしてるお母さんや親戚の人たちと行動したいだろうな……。
勇一は、コーヒーの湯気に目を落とす。小さな黒い表面に、なんとも頼りない自分の顔が映っているような気がする。一緒に行動してくれているひのに対し、申しわけない気持ちになっていた。
つんつん、膝をつつくなにか。そちらに目をやると、毛玉怪物の白玉が、見上げている。
「元気づけてくれてる、のかな……?」
ありがとう、白玉、と小声で声を掛け、勇一は「普通の人には見えない友だち」を、自分の膝の上に乗せた。
ほどなく、猫型のかわいらしい配膳ロボットが、アイスクリームと白玉クリームぜんざいとパンケーキを運んできた。
白玉が、勇一の膝の上、ぴょんっと跳ねる。
ロボットに、びっくりしたんだ。
ちょっと驚いた様子のあと、白玉はロボットの周りをぐるぐる飛び回る。黒い目をめいっぱい大きくし、興味津々といった感じ。
「ロボットだよ。かわいいね。白玉と同じ、人の手によって作られた子なんだ。人間のために、働いてくれている」
ひそひそ声で教えてあげた。白玉と同じ、と言ったら、白玉は目をきらきらさせていた。
「最新技術と超神秘的な力と、作りかたは全然違うけど――、どちらも頼もしいし、ありがたいよ」
どちらもすごいよ、と褒めてあげつつ白玉の頭を撫でた。
味方でいてくれるなら。本当に心強い、人類の友――。
ちょっと複雑な気持ちで勇一は配膳ロボを見る。人の手を離れた人間の生み出すものたちが、いつまでも人類の幸福に繋がっていて欲しいと願う。
テーブルに並ぶ、甘いものたち。小さなテーブルの上に、ささやかな幸せが肩を寄せ合っているかのよう。
白玉は勇一のあたたかな手のひらの下、働くロボットの後ろ姿をいつまでも見送っていた。
人と共に歩む未来を、信じているかのように。
暗い影は、いつだって足音を忍ばせてやってくる。恐怖心を煽るためか、わざと音を立てつつ近付いてくることもあるけれど。
午後のまだ陽の高い時刻、恐るべきそれは前者のパターンだった。
「おばちゃん、なにかご用?」
背中に冷水をかけられたようだった。
電柱の陰から顔をのぞかせたのは、ピンク色のふわふわとした髪を揺らす、幼い女の子。
「お家のほう、見てるから。お家にご用なの?」
首を傾げて尋ねてくる、少し舌足らずな声。どんな大人も、思わず頬が緩み笑顔を返したくなる、賢さとあどけなさが、つぶらな瞳に宿っている。しかし――。
しまった。距離を取って視ていたつもりだったのに――。この少女は間違いなく――。
おばちゃん、と呼ばれたのは、ひのの母、陽花だった。
そして、陽花に話し掛けてきた少女は――。
これは、術師三きょうだいと呼ばれる者たちのひとり――、架夜子――!
冷たい汗が、陽花の背筋を伝う。足が、手が、勝手に震えだしていた。
接触するつもりはなかった。一人で訪れたのは、外出のついで、軽い偵察のつもりだった。
鏡家の血を引く、能力者の自分。しかし、がたがたと震えだす体が、警鐘を鳴らし続ける本能が、はっきりと自分に対して現実を突き付けてくる。
あきらかに、格上……!
「おばちゃん。お返事は? ああ。私が初めて見る子だから、黙ってるのね」
架夜子は、黒いスカートの裾を優雅にほんの少しだけ摘み上げた。
「私は架夜子。もう名前は知ってるかもだけど。よろしくね、おばちゃん」
架夜子は、足をクロスさせほんの少し体を沈ませて、上品な挨拶を披露する。とてもお嬢様然とした、微笑ましい光景――。
陽花のカバンの中から、けたたましく着信音が鳴る。陽花は、架夜子を凝視したまま、金縛りにあったように身動きが取れない。
「よろしくって言っても、ほんのわずかな時間かもしれないけど、ね?」
架夜子の唇が、吊り上がる。鳴り続ける着信音。
「おばちゃんのお手並み、ぜひ、はいけんしたいなあ」
淡い桃色の唇の向こうに、牙が見える。ゆるやかなピンクの髪が、風もないのに逆立ち始める。長いまつ毛の下の、不思議な珊瑚色の瞳が、不気味に光り輝く――。
「縛……!」
陽花は叫んだ。それは、呪文だった。ようやく動かせた右腕を架夜子のほうへ伸ばし、見えない縄を投げつけるような仕草をした。
「えっ」
架夜子が、短い声を上げた。
架夜子の両腕ごと体を縛り上げるように、金色の縄が巻き付いていた。これは、陽花のできる技の一つ、相手の動きを封じるというものだった。
陽花は駆け出した。振り返らず、架夜子の様子も確認せず、ただ全力で走る。
逃げなければ……! 格上の相手、足を止められる時間はきっとわずか……!
陽花は声を張り上げた。
「幽玄……!」
幽玄の名を呼ぶ。幽玄が、すぐ駆けつけられる状態か、陽花にはわからない。しかし、生き残る道は幽玄の助けを待つしかないと思った。
時間を稼がなければ……!
鳴りやまない着信音。
カバンの中、光る画面が示すのは、愛娘ひのの名前と番号であるとは知らないまま――。
自分の呼吸音とアスファルトを走る自分の靴音だけが、陽花の耳に響いていた。
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