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【創作長編小説】星の見える町、化け物添えて 第32話

第32話 察する力

 人ではないとしたら、いったいなんだというのだろう。

 ペンション「星の宿」の天体観測会のあと、一部屋に、勇一、ひの、ゆかり、ひのの父の護、幽玄、紫月しづき、それから白玉しらたまが集まる。
 ちなみに、宿は二部屋とってある。勇一と護と幽玄と白玉からなる男子部屋と、ひの、ゆかり、紫月の女子部屋、である
 今集合しているのは、男子部屋だ。ひのとゆかり、紫月の証言では、インテリアや部屋の雰囲気が違うらしい。おそらく、「星の宿」は一部屋ごとにイメージを変えているのだろう。こっちの部屋はこっちの部屋でなんだか素敵ね、と入った瞬間女性陣は盛り上がっていた。

 情報交換と作戦会議ってとこか……。

 部屋に入ってしばらくすると、打って変わって、緊迫した空気となる。勇一は、少し緊張し背筋を正して座る。

「完全な封印が解かれることって、あると思う?」

 ひのが、開口一番尋ねていた。ひのの視線は、自然と術師であるゆかり、それから長年鏡家のために活動し続けている使役鬼しえきおにの幽玄に定められる。

「れい様の封印が、完全ではなかったのかもしれない、ひのちゃんは、そう考えているの?」

 ゆかりが問い返す。ゆかりは従姉のひのを、ひのちゃんと呼んでいるようだ。

「ううん。そうは思ってない。でも、その明治時代の邪教の一家が絡んでいるとすると――。異様な力の根源は、その封印された化け物って考えたほうが自然な気がする」

「ダールゴア、そう呼ばれていたもの……」

 奇妙な名だった。幽玄と、当時の鏡家の長女、れいが封印した、邪教の一家が信仰していた怪物の名だという。
 ゆかりの言葉のあと、沈黙が流れた。皆の視線は、幽玄に集まる。

「あのとき、しっかりと封印はなされました。封印が完璧だった場合、封印の対象物の復活はありえません。封印されたものは存在しないもの、つまり消滅ということになります。封印が完成されたとき、封印自体も『無』となるため、封印を解くという行為自体不可能となります」

 幽玄の言葉に、ゆかりは慎重な様子でうなずいた。

「私の感覚からいっても、封印が現代に影響してるとは思えない。でも――」

 ゆかりはそのように述べてから、少し考えるように、なにもない天井の隅のほうを見上げた。

「ひのちゃんが言うように、ダールゴアってものの影響が、なぜかゼロとも思えないんだ――」

 ダールゴアという怪物自体どのようなものかわからないが、説明のつかない引っかかりを覚えるのだという。
 
 どういうことなんだろう。

 勇一と護は、なんとなく顔を見合わせていた。不思議な力を持たない者同士、互いにわからない度合いがどのくらいか、確認するように首をかすかにかしげてみる。そして、自分だけがわからないのではない、わからない度合いは一緒、一緒だ、と意味もなく安堵していた。

「ひの様、ゆかり様」

 幽玄は、二人の顔を交互に見つめつつ切り出した。

「ところで、あの架夜子かやこの言葉に、気になるものがあります」

 皆の視線が、ふたたび幽玄に集まる。幽玄は、淡々と続けた。

「『私たち、まだあまり動けない』、それから『時期が来たら』とも申しておりました。これらの言葉から――、術師たちはなんらかの理由で、時期が来るまで動きや力を制限している、もしくは制限されている――。つまり、能力が完全ではないのだ、と思えます」

 完全な状態ではない……?

「だから、表立った行動がないのだ、と――」

 そのとき、今まで黙っていた紫月が、身を乗り出した。

「つまり、今がやつらを叩くチャンスってことね!」

 えっ。

 紫月は、笑みを浮かべていた。

「『時期が来たら』ってことは、時間的猶予が少しはあるってこと……! こちらから、一気に仕掛けましょう!」

 ええっ。一気に仕掛けるって……!

 紫月は微笑んでいたが――、勇一は笑えなかった。ふと、護を見やると、護の顔は笑っていたようだったが、ただしあきらかに顔面蒼白だった。

 一緒、一緒だ。

 今の段階で積極的攻めの姿勢は避けたいと思う。護と握手したい気分だった。



 夜が更けていく。

「まずは、心身を整えることからです。みんな、話の続きは、明日にしましょう」

 護の言葉を合図に、とりあえず今晩の話し合いは終了となった。おやすみなさいの挨拶を掛け合い、女性陣は女性陣の部屋へ向かった。

 相手は、強力な術師たち……。今が好機といっても、やはり慎重に進めていかなきゃ危険だろうなあ……。

「なあ、幽玄」

 勇一には、とても気になることがあった。護がシャワーを浴びているとき、幽玄に尋ねてみる。

「術師といっても、相手が人じゃないようだけど――。もし、人だったら、どう対処するんだ?」

 警察に突き出すのだろうか。いくら鏡家が各方面に人脈と理解があるとしても、説明のつかない不思議な事件については、警察だって裁判所だって、対処のしようがないんじゃないか、と思えた。

「……個々の状況や事件によって、対処法は様々だ」

「まさか――、いくら悪いやつだって、やっつけるわけにはいかないんだろう?」

 架夜子に襲われそうになったとき、架夜子の手首あたりに傘をぶつけて――勇一の意思というより、傘の力の結果だった――しまっていた。架夜子が人ではないかもしれないと知り、逆に勇一は気持ちが軽くなるというか、ホッとしている面があった。

 人間の可能性のある術師たちと、殺し合いみたいな真似はしたくない。

「人とはなるべく――、平和的解決を目指している」

 なるべく……!?

 驚き、幽玄の顔をまじまじと見つめてしまった。

「念術と念術の、力と力のぶつかり合いは――、意図しない結果を生むこともある。待ち受けるのは、医師などの普通の人間にはわからないダメージかもしれない。しかし、確実に命を縮める、そんな場合もあった」

 そんな……!

「……それに、私は人なら殺せる」

 白玉が、飛んできた。そして幽玄の頭の上から勢いよく落下し、そして上昇し、もう一度落下した。幽玄の頭を、バウンドして叩いているようだった。

「私は」

 ばいん、ばいんと白玉は幽玄の頭の上で跳ね続け、銀の髪が乱れる。それでも、幽玄の表情は変わらなかった。まるで冬の月のように、凍える冷たさを感じさせるような鋭い美しさのまま――。

「そんなことをしないように心がけている。鏡家の人々も、そうだ。いつだって、最善を尽くす。人として、人と近しいものとして」

 白玉の動きが、止まった。黒い瞳が、うるうるとしている。
 次の瞬間、白玉は幽玄の胸に飛び込んでいた。

「私は、今回の事件も最善を尽くしたい。紫月様も、ゆかり様も、ひの様も、同じだ」

 白玉、泣いてる。

 幽玄の腕の中、激しく体を震わす白玉は、泣いているように見えた。幽玄のばかばか、それから――、大好きだよ幽玄、という白玉の声が聞こえてくるよう――。
 白玉と、優しい目で白玉を抱きしめる幽玄。そんなふたりを眺めつつ、勇一は問う。

「傘と俺……、うまくやれるのだろうか……?」

 声がかすれ、震えてしまっていた。天使のような愛らしい姿の架夜子。変身した姿のように怪物かもしれない架夜子。どちらにしても――、傘を武器として戦う、先日のような事態にはなりたくないと切に思う。

「勇一が信じていれば、きっと」

 白玉を胸に抱きしめる幽玄は、柔らかな笑みを浮かべていた。

 信じていれば、きっと――、傷つかない、傷つけない道を歩めるのだろうか……?

「幽玄……!」

 ガチャ、と音がした。おそらく、浴室のほう――。

「先にシャワーもらってごめんね。勇一君も疲れをとって――」

 ひょいっと、護が顔を出す。ごしごしとタオルで髪をふきながら。

「あれ。どしたの――」

 きっと、護は不思議に思っただろう。
 白玉を抱きしめた幽玄に、勇一が抱きついている。
 涙さえ、浮かべて。
 一瞬の間ののち、護は呟く。

「ええと。こういうことかな」

 護は、両手を広げ、白玉、幽玄、勇一を、まとめて抱きしめる。

 えっ!?

「皆、頑張ってる。いい子たちだ」

 護は、よしよし、とそれぞれの頭を撫でる。

 ま、護さん……!

 恐らく――、護はよく状況をわかっていない。しかし、この非常事態、必死に心を守り合っている、そう感じたのではないだろうか。

「大丈夫。きっと、うまくいく。大丈夫だよ――」

 護の声は、自分に言い聞かせているようでもあった。
 さすがの幽玄も、呆気にとられ言葉を失い、されるがままだ。
 いい子、いい子、の護の声だけが続いていた。

 恐るべし、父性。恐るべし、察する力。

 やたら、温かい。
 風呂上がりのおじさんにまとめて抱きしめられる、稀有な体験をしてしまった。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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