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【創作長編小説】星の見える町、化け物添えて 第30話
第30話 星の宿
茜色のまだ残る空に生まれた、一番星と白い月。
「たぶん、ここなんだけど――」
ひのは、むう、と小さな唸り声を上げ、車を停車させた。
目の前は、更地。家もなかった。
夕方遅く着いた白月村。しかし手掛かりとなりそうなものは、なにひとつなさそうだった。
ひのの母の陽花に、実家である鏡家に行ってもらい、鏡家に残る資料や手紙から、傘を創るときに尽力してくれた刀鍛冶の住所を調べてもらっていた。どうやら、その刀鍛冶の代を最後に、鍛冶屋は廃業したとのことで、それ以降鏡家とは疎遠になっているようだった。
現在どうなっているのかわからなかったが、もしかしたら子孫が住んでいるのかも、そう思って来てみたのだ。
「傘。そもそも白月村に行けって、なんで言ったんだ?」
勇一は、傘に尋ねてみる。ひの、幽玄、白玉の視線も傘に集まる。
傘からの返事は、なかった。
「傘。これから、どこに行ったらいい?」
もう一度尋ねてみる。
『白月村へ、行け。そこで――』
傘は、そのように伝えて来ていた。そこで、の続きがなんなのかも、わからない。
「白月村で、俺はどうしたら――」
『……この道をまっすぐ登れ。それから……』
「えっ」
今まで沈黙を貫いていた傘の声が、急に勇一の頭の中に流れ込んできた。
「か、傘! それから?」
『遠くて今一つ掴めなかったが、この地に来て、はっきりわかった』
「わかった? なにが……?」
『我を創りし者。その血が流れる、今生きる者の息吹を』
「へっ?」
思わず変な声を出してしまった。傘の言っていることが、少々わかりにくかった。
「勇一君、傘は、なんて言ってるの?」
運転席のひのが、傘と勇一の脳内会話を公開するよう求めた。
「刀鍛冶の子孫。その人のいるところがわかったようです」
傘の言葉を受信したらしい幽玄が、通訳した。
『ペンション・星の宿』
傘の案内した先は、意外なことにペンションだった。
「もしかして……、ペンションのオーナー?」
「やった! もしかしたら、宿も確保できるのかもっ!」
勇一の声にかぶさるように、ひのの歓喜の声。洋風のこじんまりとしたペンションで、特に女性が喜びそうな宿に見えた。
たぶん、昭和のペンションブームの時代に建てられたものなのだろう。看板にも外観にも相応の年季が入っているように見えた。
しかし、手入れは行き届いているようで、建物に入るまでの敷き詰められたレンガや、ほんのりと灯る庭園灯など、時間の経過がかえって風格と味わいとしてよい魅力付けになっていた。
「まずは、部屋に空きがあるかどうか、訊いてみよっ。私と勇一君、それからゆかりちゃんとお父さん、四名泊まれたらいいなあ」
ひの、うきうきである。ちなみに幽玄や紫月、白玉は「普通の人には見えない連れ」なのでカウントされない。
それから、ひのの父の護とひのの従妹であるゆかりとはすでに連絡を取っており、急遽護とゆかりもこのペンションへまっすぐ向かっている。
「当日、しかもほぼ夜だし、四名だし……。泊まれるかなあ……」
「あの流行病のあとだし、平日だし。えーい、ここはなんとかなってほしいっ」
ひのは、なむなむと手を合わせてから、厚めの木の扉を開け、それから、
「すみませーん! 突然で申し訳ないのですがっ。四名、今日泊まれますかあっ?」
今朝勇一のアパートの玄関を開けたとき、「引っ越しの刺客」と勇一が銘打った印象そのままの元気と強さで、ひのは声を張り上げた。
ひ、ひのさん……。
あまりに急だし、いったんどこか他の宿に泊まって、翌朝改めてこちらにお邪魔したほうがよかったのでは、勇一は今更安全策を思いつく。これでは、聞き出せる話も聞き出せないのでは――、そんな不安も湧いてくる。
あれ。聞き出すって、そういや、なにを訊けばいいんだ。
そういえば、と思う。まさか、「傘が行けって言ってました。こちらに、鍛冶屋さんのご子孫がいらっしゃいますよね?」なんてヘンテコ過ぎることを言えやしない。なにを知れるかもわかってないし、なんの目的でここに足を運んだのかさえ、勇一自身わかってないのだ。
「いらっしゃいませ」
柔和な笑顔が現れた。ペンションのオーナーらしきこの人物は、眼鏡をかけ白髪まじりの髪を品よく整えた、六十代前半くらいに見える男性だった。
「ああ。あなたがたですか……! お待ちしておりましたよ」
え。
オーナーは、わかっている、と言わんばかりにうなずきつつ、しっかりと視線を幽玄に留めていた。
そして、オーナーは、実は、と語り出した。
「夢で、見ました。ご先祖様が、教えてくれてました。不思議なお客様がたのご来訪を」
ええっ。
勇一は目を見開いた状態で、オーナーの優しそうな笑顔、それから振り返って幽玄の顔、と何往復か交互に見てしまった。
ひのも、勇一とほぼ同じリアクションをしていた。勇一より、往復ラリーの数は若干少なかったが。
「私が、見えるのですか」
幽玄が問う。
「ええ。お声も、聞こえます」
近日中に必ずいらっしゃると思っておりましたから、お夕飯も少しばかりお時間をいただけたら、ご用意できます、という勇一一行にとってはすこぶる嬉しいお言葉までいただけた。
「実は、あの流行病の影響と不況もありまして、予約も当面なく。そんなわけで、貸し切り状態ですよ」
オーナーにとっては苦しい状況である告白も、勇一たちにとっては申しわけないが正直ありがたかった。これから交わすであろう会話は、普通の人には理解しがたいことばかりだろうから。
「私も、少しだけならわかります。主人に影響を受けたのか、不思議な力がうつったというか」
オーナーの奥様が、お茶とお菓子を準備しながらそんな話をしてくれた。お菓子は、手作りのクッキーだった。このペンションは、繁忙期にはアルバイトを雇うが、基本的には夫婦二人の経営なのだそうだ。
「まあ、主人に言わせれば、誰でも持ってる潜在的な力が、感化されて発揮されるようになっただけ、だそうです」
奥様は、そう説明したあと、幽玄と白玉の姿は、なんとなくぼんやりとしかわからない、イケメンらしい幽玄を見れなくて残念、なんて冗談まで話してくれた。
「あ。お客様はイケメンでいらっしゃいますね」
「取って付けたように……!」
勇一を見て奥様が放った一言に、勇一が返し、明るい笑いが起こる。ひのも笑っており、そこは勇一がちょっと傷つく場面ではあるのだが、ノリがノリなだけにノーダメージ、むしろちょっと気安くなるような楽しさがあった。
「こんばんは。このたびは、突然のお願いにも関わらず、誠にありがとうございます」
護とゆかり、それから紫月が到着した。急な宿泊になってしまったこと、そしてそれにあたたかく対応してくれたことに対し、護とゆかりはそろって頭を下げた。
「いえいえ。私のご先祖が大変お世話になったこと、深く感謝しております。こうして時を超えおもてなしできること、とても嬉しく存じます」
護の言葉にオーナーは恐縮し、感謝の言葉を述べる。テーブルに並べられた料理は、フレンチのコースだった。
ちゃんと、幽玄と紫月、白玉の椅子と料理も用意されていた。
すごい……。まだなにも話していないのに……。オーナーさんは、いったいどこまで幽玄たちを理解しているんだろう……?
鏡家のこと、術師たちのこと、化け物のことや銀硝空間のこと……。このオーナーさんは、どこまでわかっているのだろう、と勇一は不思議に思う。
そして、傘のこと――。オーナーはなにかわかっているのだろうか……?
どう話を切り出せばいいのか、とりあえず話はゆかりやひのに任せたほうがいいのか。色々考えを巡らしていた勇一だったが、
「このペンションには、天体望遠鏡がございます。ご夕食のあと、天体観測会をいたしましょう」
と、オーナーから宿の特徴が説明されていた。
ペンションで、天体観測ができるんだ。
ひのと顔を見合わせ、思わず微笑み合ってしまった。
ただ、無邪気に。あたたかなご馳走と、用意されたわくわくするような星たちとの時間。
今日はただ遊びに来たのだ、うっかりそんな錯覚をしてしまっていた。
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