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【創作長編小説】天風の剣 第164話
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
― 第164話 僕と同じ ―
卵から現れた、四天王青藍。その姿は血だらけで、六本あったはずの腕が今は五本になっている。キアランが天風の剣で見事斬ったのだ。
青藍の卵からの登場は、悪夢さながら、禍々しい怪物の誕生のようだった。
「青藍。四天王になったと思えば、今度は卵か。そのうえ、ずいぶんと傷だらけ。動きが速いと思っていたが、体に起こす変化まで速いとはな」
赤朽葉が青藍を見つめ、冷ややかな笑みを浮かべる。
「貴様の従者になる気など、毛頭ないぞ」
はっきりと、赤朽葉は宣言した。
青藍の薄い唇の両端が、にい、と吊り上がる。
「……誰が従者になれと言った?」
吹雪を超え、ゆっくりとした青藍の低い声が、呪いの言葉のように赤朽葉の耳に届く。
「赤朽葉。お前は、私の糧となるのだ……! お前の命、私に合うかどうか、わからんがな……!」
青藍の五本の腕が、襲いかかる。
「なに……?」
驚きに目を見開き、首を動かす青藍。青藍の腕は、いずれも空を切っていた。
青藍の手が赤朽葉を掴む前に、赤朽葉は素早く移動していたのだ。
「素早さは、お前だけの専門ではない」
「ほう……?」
改めて、青藍は赤朽葉を見つめる。
「……もっとも、お前が無傷の状態だったなら、私の完敗だろうがな」
青藍は、少しだけ首を傾けた。
「私の動きが、傷のせいで鈍っていると……?」
「ふふ。無様にやられて、もはや己の状態も把握できないのか」
赤朽葉の指摘は、的確だった。青藍の今の動きは、充分速いとはいえ、今までに比べると、鋭さを欠いていた。
青藍は、不快だ、と言わんばかりに顔をかすかに歪めた。
「赤朽葉……。お前は、自分の立場をわかっているのか? 私は四天王、お前は従者だぞ……?」
赤朽葉の棘のような全身を覆う毛が、ざわざわと逆立つ。
「それは、いつでも返上可能な呼称だ」
赤朽葉は、鋭い牙を見せつけ、唸り声のような、興奮した獣のような荒い息遣いを始めた。
「青藍。お前は私の能力を知っているだろう」
青藍の傷口から、流れ出る血液。まだ、キアランによって斬られた胸元も腕も、傷口は塞がってはいない。
「……相手が自分より少し上の力くらいの者だったら、急所がわかる、というやつか」
青藍は、先ほどまで共に行動していた男の優れた能力を、一切の感情を交えることなく、ごく当たり前の、自分の知りうる答えのように、口にする。
赤朽葉は、自分の胸の前で自分の両手を交差させた。抑えきれない興奮のためか指が蠢き、鋭く長い爪が、血に飢えた生き物のように震える。
「相手の力との差異は、互いの生まれつきの力で比較する、というわけじゃない。状態だ。自分よりはるかに格上の相手だとしても、そのとき体力や魔の力が弱まっていれば、可能、ということだ」
青藍は細く鋭い目を一瞬大きくさせたが、すぐに糸のように細めた。笑みが、浮かんでいた。
「ほう……。今は、私の急所がわかる、と……?」
「ふふふ……! つまり、私の身にも、従者という呪われた立場を捨て去る好機が、ついに巡ってきた、というわけだ……!」
赤朽葉の鋭い爪が、風を切り裂く。
ドッ……。
鈍い音。青藍は、右側真ん中の腕で赤朽葉の腕を止めていた。
ぎりぎりと、腕と腕とが強い力で押し合う。
「卵に戻るなよ、青藍!」
「私を誰だと思っている? 戦わずに逃げるとでも?」
顎を少し上げ、ふっ、と笑う青藍。
間近で、鋭い目と目がぶつかり合う。
「ああ! 貴様は計算高く、油断ならない卑怯者だからな!」
光が突き抜けていく。青藍の手から衝撃波が放たれ、赤朽葉は氷の大地を蹴り、大きく飛び避けていた。
「卑怯者とは、心外ですね」
ふう、と青藍はため息をつく。
「急所がわかったとはいえ、ちゃんと攻撃できなければ意味はないぞ、赤朽葉!」
獣のような咆哮を上げ、赤朽葉が向かっていく。
「あれは――!」
シラカバの幹に乗り、駆けるように空を飛ぶ花紺青。地上でぶつかり合う強いエネルギーに、目を留めた。
「新しい四天王と従者の戦い――」
四天王の座を巡る――もしくは、魔の者の性質として可能性としては低いが、前の主人を討ったことに対する報復としての――敵同士の戦い。どちらかが勝ち、どちらかが負ける。つまり、敵のうち、一体が減る可能性が高い。うまくいけば、勝ったほうもかなりのダメージを負い、脅威が減る。花紺青にとっては、願ってもない状況だった。
「でも、なんだか嫌だな――」
喜べない、決して、と花紺青は思う。複雑な思いを抱えつつ、花紺青はその場を通り過ぎようとした。
「あ……」
四天王ではなく従者のほうに、花紺青は意識を向ける。なにか、どこかで会ったような感覚を覚えたのだ。
違う。似てるんだ。
似ている、と思った。似た者を知っている、と。
赤茶色の獣のような従者、それと似た魔の者、それを自分は知っている――。
あのオニキスの従者に、似ている――。
姿かたちから、そう思ったのではなかった。ただ姿が似ている魔の者というのは、結構ある。そうではない、と花紺青は感じる。
魂から出る波動が、とても似ているんだ――。
動植物などの意識に触れ、操ることができる花紺青は、特殊な能力、培われてきた独自の勘から、そう感じていた。
きっと、きょうだい。深い忠義の心を持ったまま死んでいった、オニキスのあの従者と、赤茶色をした従者は、同じ親から生まれた魔の者同士なのだと。
魔の者にとって、きょうだいというのは、さして大きな意味を持たない。
一緒に育つというわけでもなく、すぐにそれぞれ活動を始める。性格によっては、殺し合うということもある。
それよりも、きょうだいで従者であるということに、花紺青は心を揺らしていた。
きょうだいで、共に従者。僕と常盤みたいだ。
もしかしたら、赤目とあの従者は、同じ卵から生まれた双子なのかもしれない、と思った。
僕と、同じ――。
花紺青は、首を振り、従者から目を離す。
だから、なんだというんだろう。僕とは関係ない。
敵同士が戦いに意識をとられている隙に、通り過ぎてしまおう、花紺青は気になる心にふたをして、無理やり前を向く。
ドン……!
上空を通り過ぎようとした花紺青だったが、響き渡る音に振り返る。
四天王が、獣のような従者の体を押さえつけていた。
「残念だ。貴様の血は、薬にもならん」
四天王は、ぺっ、と肉片を吐き出した。棘のような体毛に覆われた従者の肩の肉を、引きちぎり、食らっていたのだ。
「せ、いら……ん……」
従者が呟く。
「ふん……。貴様のせいで、また回復が少々遅れるな――」
花紺青は驚きに息をのむ。四天王の姿が、あっという間に、卵に変わっていたからだ。
血まみれの従者は、起き上がらない。しかし、生きていた。
勝敗が、決まった。どちらも、体の回復に入っているようだ。きっと、どちらもすぐには襲ってこないだろう。
もし、花紺青がキアランの従者でなければ、人間たちと知り合っていなければ、従者のもとへ駆け寄ったかもしれない。
僕と、同じ境遇の従者――。主人の仇をとりたかったのだろうか……?
花紺青は、全身を叩きつけ続ける吹雪の冷たさを、いつになく感じていた。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆