【創作長編小説】天風の剣 第147話
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
― 第147話 僕の思い、僕の行動 ―
雪のつぶての中を行く。
アマリアさん――!
キアランは、心の中でその名を呼んだ。かけがえのない、大切なその名を。
板に乗って空を飛ぶ、キアランと花紺青の前には、シトリンと翠、蒼井が飛んでいた。
四天王となったシルガーは、激しく消耗した白銀と黒羽のもとへ向かっている。
オニキスは、パールのような力を得てしまっている。しかし、なんとしてでもやつを討ち、アマリアさんを救い出す――!
キアランの金の瞳が燃える。激しく叩きつけるような吹雪を押しのけ、キアランは、ただひたすらオニキスを目指す。
ふつふつと、湧き上がる闘志。炎のように勢いを増し続けるオニキスへの怒り。
キアランは、天に向かって叫びたい衝動に駆られる。内面から爆発する、猛り狂うような気迫を抑えきれない。
雪も、風も、もう感じられない。オニキスを倒す、アマリアをこの腕に抱く、闘志と怒りに翻弄されたキアランの心の中は、もうそれら以外のことは考えられなくなっていた。
「キアランッ……!」
板の後方に乗る、花紺青が呼びかける。
「キアラン。忘れちゃだめだよ」
「え」
思いがけない花紺青の言葉に、キアランの心の嵐が少し落ち着きを取り戻す。
「オニキスは、パールとは違う」
まっすぐ進行方向を見つめながら、なんのことか、キアランは思う。
「オニキスの急所は、まだわからないんだ。一撃で勝つ、それはたぶん無理だよ。それを忘れてはだめだ」
ハッとした。今の心のまま、ただ怒りに突き動かされ、やみくもに天風の剣を振るうだけでは勝ち目はない、そんなことさえキアランは考えられなくなっていた。
「早くアマリアさんを助け出したい、オニキスを倒したい、その気持ちはわかるけど、自分の感情に操られてしまってはだめだよ」
「花紺青――」
感情に支配され、すっかり余裕がなくなっていたことが、自分の背中にも表れていたのだ、キアランは花紺青の言葉でようやく自分の今の状態を客観的に理解した。
「ありがとう、花紺青。戦うこと、勝つことだけに心を奪われていたようだ。このままでは、危ないところだった」
すっかり冷静さを忘れ視野が狭くなっていたこと、花紺青の言葉に気付かされたこと、キアランは素直に認め、礼を述べる。花紺青は、僕に礼を言う必用はないよ、と言ってから、ふふ、と少し笑った。
「僕と常盤は、キアランに出会うために、長いこと人間社会に溶け込んで暮らしてきた。だから、人というものを身近に見てきたんだ」
キアランは、少し振り返り、花紺青を見つめた。花紺青は、まっすぐな眼差しで見つめ返し、言葉を続ける。
「魔の者は、感情と行動がそのまま繋がっている。こうしたい、と思ったらそうする。でも、感情で行動を見失うことはないんだ。どんなときにも合理的に考え、冷静に判断し、納得のいく答えに向け行動をとる。無茶に見える行動をしたとしても、納得してるから、後から、ああすればよかった、って思わないんだ。だから――」
花紺青は、にっこりと笑う。キアランを、励ますように。きらきらと、大きな瞳を輝かせて。
「人間って、すごいなって思う。いいなって思うんだ。そんなに、自分を見失うほど誰かを思ったり、心の向く先に全力でエネルギーをぶつけたり。人間が、後から悔やんでる姿も見かけるけど、そんなところも、見ていて、なんだかうらやましくなる。心が揺れるって、いいなって思う。魔の者は、そういうことがあまりないから。迷う姿も、失敗してる姿も、一生懸命だから、すごく素敵だと思うんだ。僕は、そんな姿を見せる人間を、思わず応援したくなるんだ」
「心が揺れる――」
揺れてばかりだ、それが素敵なことなのだろうか、キアランは自分を振り返り、思う。
「だから、人間は成長できるんだよ。きっと」
「成長――」
「魔の者は、強さに関しての成長しか頭にないけどね」
花紺青はそこで言葉を切ると、顔を輝かせた。誇らしげに、胸を張って。
「僕は、キアランの従者で本当によかったって、そう思うんだ」
花紺青は、そこでちょっと首を傾げ、なにかを思い直したようにもう一度まっすぐキアランを見つめ、そして一息で言い切った。
「いや、人間だから、じゃないな。キアランがキアランだから、僕は応援する。僕は、キアランが大好きなんだ」
まっすぐな言葉は、向かう風を超え、まっすぐ胸に届く。
「花紺青――」
「ついていくよ。そして、連れていくよ。相手が強敵でも。僕は、魔の者であり、誇り高き従者だ。だから、キアランを支え続けるのが、僕の思い、僕の行動なんだ」
冷たい雪の感覚は、消えていた。もう、怒りからではなかった。キアランの胸に、熱いものがこみあがる。
「ありがとう。花紺青。本当に――」
花紺青は、軽くうなずくと声を張り上げた。
「キアラン。アマリアおねーさんを、取り戻すよ!」
「ああ――!」
キアランは、前を見据えた。白く続くトンネルのように目の前で渦巻く吹雪を超え、強い決意と、勇気、希望に満ちた眼差しで。
アマリアさん……! 必ず、助け出す――!
遠くにぼんやりと、たくさんの金の光が見える。大勢の、高次の存在たち。その先に、オニキスがいる――。
ギ。ギ。
森の中。赤い目赤い髪の、幼子がいた。それはつい昨晩まで、赤子の姿をしていた。
たった一晩で、人の幼子のような姿をとれるようになっていた。驚異的な成長速度だった。そして、信じられないほどの長距離を移動していた。
それは、強い力を持つ従者たちに出会えたから。赤い目の幼子の背には、四枚の漆黒の翼。四天王だった。
「レッドスピネル様」
従者のうちの一体が、四天王から一歩下がった場所におり、深く首を垂れる。四天王の名は、レッドスピネルという。
「空の窓が開く前に、間に合いましたね」
従者は胴が異様に長く、三対のたくましい腕があり、そして背には、青く大きい立派な翼があった。この地まで、四天王と四天王に従う他の従者たちが辿り着けたのは、ずば抜けた飛翔能力を持つこの従者に運ばれたおかげだった。
もう一体の従者が口を開く。
「この森の向こう、雪と氷の世界に四聖は隠れている模様です」
人の姿をしているが、顔だけ犬のように鼻と口が突き出ている従者だった。この従者は、魔の者の中でも特別鼻の効く者だった。この従者が、自然の要塞、そして強力な守りの力で隠されている四聖の居場所を、遠方から探し当てていた。
もう一体の従者が、ひざまずく。
「四聖の力を、栄養を、あますことなく、どうぞレッドスピネル様のものに」
太い両腕を持つ、耳まで裂けた大きな口の従者だった。この従者が、たくさんの魔の者、人間、栄養のあるものを効率的に選び、四天王へと運んだ。この従者のおかげで、四天王は非常に短時間での成長と変身を遂げることができた。
ギ。ギ。
赤い目と赤い髪の四天王は、うなずく。幼いながらも、目鼻立ちのはっきりした、美しく整った顔立ちをしていた。外見の印象からは、男の子とも、女の子とも、どちらともとれる。もしかしたら、性別はないのかもしれない。
レッドスピネルには、魔の者を操る能力があった。非常に能力の高い従者たちを従えることができたのは、生まれついて持った力のおかげだった。
操る力は魔の者に限定されるが、人間がもし遭遇してしまったら、その愛らしい外見にすっかり魅了されてしまうに違いない。
大きな口を、開けるまでは。四列に並んだ、鋭く尖った牙をむくまでは――。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆