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【創作長編小説】星の見える町、化け物添えて 第23話
第23話 重要な情報
「敵は、この町に住みついた邪教を信仰していた謎の一家の――、その子孫ってこと……?」
ひのの運転する車の後部座席、幽玄の話に耳を傾けていた勇一が、確認するように尋ねた。
「その可能性が非常に高い、と私とゆかり様は感じている」
幽玄の表情は、険しい。
大きめの交差点の信号が赤になり、停車する。ひのが、ルームミラー越しに幽玄を見た。
「幽玄ちゃん、さっき、色々わかったって言ってたけど、それだけ?」
えっ、と勇一はひのの言葉にちょっと驚く。
それだけって、結構大きい情報だと思うんだけど……。
勇一の心の声に反論するように、ひのは続けた。
「だって、まだ確定じゃないんでしょ? それに、仮に例の一家の子孫だったとしても、それ、重要かなあ? 当時も謎の一家ってだけで、あまり追及されてなかったみたいだし――。悔やまれるね。もっと調べといたほうがよかったのに。幽玄ちゃんも、正直当時のこと、もうあまり覚えてないんでしょ?」
鋭いところを突く、ひの。おっとりした話しかたではあるが、当事者の幽玄を少し責めるような印象を受ける内容だった。
「はい。まさか、尾を引く一件とは思いませんでした」
素直に認める幽玄。
「あともっと、情報ってないの?」
ひのの言葉は、少し苛立っているのか棘がある。
「陽花様が耳にされた情報があります」
「えっ、おかあさんが?」
信号が青になり、走り出す。ひのの反応から、幽玄が言った陽花様とは、ひのの母のことらしい。
「山のふもとにある廃屋、そこに最近、複数の幽霊が出るという噂があるそうです」
「ふうん?」
角を曲がる。ひののハンドルを切る動作に、ほんの少し、出発したてのときのような荒さがあった。
「もともと、所有者不明の廃屋で、若者が肝試しに足を踏み入れるような場所だったそうです。しかし、今まで具体的な怪談話などはなく、単なるたまり場のような感じだったとのこと。それが、最近――。本当に幽霊が出るようになった、と。若者たちの噂話、それから近隣住民の目撃証言で話が広まっているとのことです」
「幽霊――」
「幽霊の目撃情報によると、幽霊は大柄の逞しい体つきの男性、それからすらりとした美しい青年、そして幼い女の子。その三人すべて、もしくはそのいずれかを見た、とのことでした」
幽玄の話を聞き、勇一は思わず声を上げた。
「それが術師三きょうだい……!」
勇一の言葉に、幽玄はうなずく。
「一筋縄ではいかない連中。陽花様たちは今後、警戒しながらさらに情報を集めていくとのことでした」
ひのは、ハンドルを操りながら肩を大きく上下させた。深呼吸をしているようだった。
「おかあさん――、無茶しないといいけど――」
声が震えていた。周りの風景が、流れていく。行く先の定まらない車輪は、いったい、どこに行きつくのだろう――。
「大丈夫ですよ」
幽玄は、ひのに微笑みを送っていた。
「大丈夫」
幽玄からもう一度紡がれる、同じ言葉。不安な心に、確かな日の光を届けるように。
「ひの様。陽花様は嫁いで鏡家ではない人間。鏡家の活動に尽力なさっている能力者ですが、ひの様同様、能力者との使命とご自分の生活、きちんと線引きをなさるかたです」
淡い紅茶色の髪が揺れる。ひのは、うなずいていた。うなずくひのの頭の上に、白玉が乗った。ひのを元気づけたいらしかった。
ため息のあと、明るい声に切り替える、ひの。
「あとで、よく電話で言っとかなきゃ」
語尾は笑っているようだったが、無理をしているような響きがあった。
おかあさんが心配で――、涙ぐんでたのかな。
少し、鼻声のようだった。
幽玄がうなずき、柔和な表情を浮かべる。
「ぜひそうなさってください。陽花様も、ひの様の元気なお声を、お聞きになりたいでしょうから」
「幽玄ちゃん」
幽玄の名を呼んだあと、もう一度、ひのの肩がかすかに上下した。
「さっき、きついこと言って、ごめんね。恐怖心から、焦りがあった。色々大事なこと話してくれて、ありがとう」
幽玄の長い髪が、勇一の右肩に触れる。幽玄は、首を左右に振ったようだった。
「いいえ。ひの様がお気になさるようなことは、なにひとつ。むしろ――、ひの様のあたたかいお言葉、とても嬉しく思います」
白玉が、ひのの頭の上で揺れる。「ひの応援キャンペーン」のようだ。
沈黙を埋めるような、車内のピアノ曲。あるのは、ふたりの「ありがとう」の余韻。勇一は、ふたり、それから白玉、彼らの絆を見つめていた。
いつの間にか道路沿いに、大型チェーン店が目に入り始めた。どこでも見かける、同じ看板、広い直線道路。こういう景色は、全国ほぼ一緒、同じ顔だなあと勇一は思う。
「ちょっと休憩。そして、今晩の宿を決めちゃおっかあ」
ひのに言わせると、おやつ兼宿屋の作戦会議とのことだ。車がファミレスの駐車場に入ったとき、ふと勇一が呟く。
「術師って、変身もできるんだもんな……。幽霊話になっても、おかしくないよな」
「え」
ひのと幽玄が、同時に短い声を上げていた。ちょっと曲がって、しかしかろうじて駐車場のライン内、といった感じで車は停車した。
「術師が……、変身?」
振り返り、ひのが尋ねる。
「え。あ、はい」
「変身って、どんな?」
「ええと。怪物みたいに。あの架夜子って子。口が裂けたり、目が飛び出したり、爪が伸びたり。あ、尻尾も。なんか、毛むくじゃらっぽい背中も少し見えたような……」
「そんなに!?」
ひのがびっくりしたように叫ぶ。
「爪は……、確かに長かった。そういう、体の一部分を武器のように変化させられる能力の術師もいることはいた。幻術で、怪物を見せられる術師もいる。でも――」
架夜子が爪で襲い掛かろうとしたとき、幽玄が駆けつけていた。しかし、怪物のような状態の架夜子を、幽玄は見ていない。
「化身、ではなく、架夜子自身の姿が大きく変わった、と……?」
勇一に問う幽玄は、あきらかに動揺していた。
「あれ。話してなかった、っけ……?」
傘が頭の中に話し掛けてくるし動きさえする、それに自由に大きさを変えられ空を飛ぶ毛玉怪物がいて、それから人には見えなくて神出鬼没な銀の長髪の幽霊みたいな男もいる。様々な奇怪な現象を目の当たりにしてきた勇一は、不可解なことに慣れすぎ、感覚がすっかり麻痺していた。
人が怪物に変身する、そういうこともきっと可能なのだ。だって、「術師」だから
怪物だ、と思った架夜子。でも彼女が術師というものだと知らされると、勇一は「術師」という得体の知れない言葉を受け入れた。きっと、常人とは違う特別な術師というものは、なんでもできるものなんだろう、そんなふうに解釈していた。
「聞いてない……! いったい、彼らは――!」
あれ……。俺の情報、もしかして、重要、だった……?
今更、なぜこんなに驚くのだろう、と思った。相手が強敵なのはわかりきっているはず、と勇一は思う。
「術師って……、魔法使いみたいに、なんでもできるんじゃないのか……?」
幽玄からもひのからも、返事がない。肯定でないことだけは、確かだった。
エンジンの止まった車内は、どこかひんやりとしていた。
晴天のはずだった。いつの間にか流れ来る鉛色の雲が、地上に届くはずの光を遮る――。
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