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【創作長編小説】天風の剣 第160話
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
― 第160話 友だちだから ―
意識が遠のいていく。
「うっ……!」
シルガーは、うめき声を上げた。口から血があふれ出る。
シルガーは、岩に激突していた。
青藍の衝撃波によって、シルガーもシルガーの背後の木々も、それから近くの木々も吹き飛ばされていた。そのため、シルガーはずいぶん遠くの岩まで飛ばされていた。
青藍の攻撃を、まともにくらってしまった――。
シルガーは咳き込み、口元の血をぬぐう。岩に全身強打してしまったおかげで、かえってシルガーの意識は、はっきりとしてきた。
おや。なんだろう。
シルガーは、口元をぬぐった自分の手を見た。それから、胸元、腹のあたり、足、自分の体の前面を見て、現在の自分の状態を確認する。
服が、燃えたり溶けたりしていた。しかし、皮膚や髪に異常はない。やけどなども見当たらず、まったく、普通と変わりなかった。
しかし、内臓の損傷による吐血だけでなく、頭からも、血が流れているようだった。そして、背からも。流れる血は、岩にぶつかった衝撃によるものだけのようだった。物理的な衝撃のみ、影響が出ていた。
四天王になったから、攻撃から受ける影響が格段に減ったのだろうか?
骨が砕けている。急所付近も負傷している。しかし、不思議な感覚があった。
体が熱かった。信じられないくらいの速度で、体が修復作業をおこなっているようだった。
やはり、四天王になったから? でも、違う。なにかが、違う。
四天王でも、他の魔の者と同様、傷を負わせることは可能である。現に、岩に体を打ちつけ、負傷している。そして、今まで出会ってきた四天王たちも、けがの回復には、ある程度の時間がかかっているようだった。
自分は、もともと防御に特性のある魔の者というわけではなかったから、四天王だから、というのは説明がつかない、と思った。
それよりも――。
説明がつかないのは、今の感覚だ、と思った。なにかが、今までの自分とは大きく違っていた。
どくん、どくん、と駆け巡る血。そこには、魔の者の血だけではなく、どうも違うエネルギーが混じっている気がする――。
自分の中のなにかが、青藍の衝撃波を防御した……?
なんだろう、と思った。自身の血の中に、あきらかに異質なエネルギーが流れている。自分であって自分でない、そんな奇妙な感覚。
そして、その異質なエネルギーは、シルガーがよく知っている、感じたことのあるエネルギーそのもの、そう思えてしかたなかった。
もしかして、今私の体に影響し続けているこのエネルギーは――。高次の存在のエネルギー……?
まさか、と思いつつも、シルガーは一つの結論を導き出す。
パールの力の影響か。
前の四天王の力や特性が、受け継がれることはないはずだった。
しかし、そうとしか思えない。魔の者の中に、高次の存在のようなエネルギーが流れるはずはないのだ。
パールは、鍛錬して高次の存在の力を防御として使えるようになったと言っていた。しかし、今の私は、まったく無意識に行使していたようだったが……?
シルガーが、疑問に思ったときだった。
ふふっ、
笑い声が聞こえる。
それは、苦しみの中生み出された、ただの幻、幻聴なのかもしれない。
実際は、風の音が聞こえただけだったのかもしれない。
銀の髪が、風に舞い上がる。一瞬だけ雲からわずかに差した光の加減か、金の糸のように、きらきらと輝いて見える。
だって、友だちだからね。
パールの声が、聞こえた気がした。
「キアラン。ここまでだ」
翠は地面近くまで下降し、抱えていたキアランを雪上に下ろした。
「この先に、人間たち、守護軍のやつらがいる。これ以上近付くと、おそらく、魔法を使う人間たちに私のことを感知されてしまう。まあ、オリヴィアくらいの魔法の使い手なら、このくらい離れていても気づかれるだろうが」
「ありがとう。翠。それなら私は、ここから歩いていくことにする」
「ああ。私はここで待機することにしよう」
そう告げると翠は、大きな体をみるみる雪と氷の大地へと沈めていく。地面に潜って待機するつもりのようだ。
人間との無用な衝突を避けてくれるんだ。
「ありがとう。翠。本当に」
キアランは礼を述べると、荒れ狂う猛吹雪の中、歩き出す。
早く皆と合流し、それからルーイたちのところまで行きたい、そうキアランは考えていた。
気持ちは焦るが、深い雪に足を取られる。魔の者のような高い身体能力を身に着けたとはいえ、一歩一歩のなんと歩みの遅いことか――、キアランは、歯がゆさにため息をつく。
ごごごごご。
「わっ」
キアランは、思わず叫んでいた。
先ほど姿を隠したと思った翠が、突然目の前に現れたからである。
「キアラン。気付いたか」
「えっ」
いきなり目の前は、びっくりするじゃないか、ただでさえお前は、いかつくて風貌が恐ろしいのに、と口まで出かかった苦情を、キアランは急いで引っ込めた。
「新しい四天王が誕生した」
「四天王が――!」
感覚が鋭くなったキアランでも、そこまではわからなかった。
「まっ、まさか! シルガーが……!」
ハッとし、思わずキアランは翠に詰め寄る。翠は、違う、死んだのは生まれたばかりの四天王のほうだ、とすぐに答えた。キアランは安堵のため息とともに、崩れるようにしゃがみ込む。
「安心するのは早い。今度のやつは、油断できない」
翠は、キアランの向こう、遠いところに視線を向けた。
「ああ」
「どうした? 翠」
「もう、こっちに来るな。とんでもなく、速い」
とんでもなく、速い……?
確かに、強く大きな気配が、恐ろしい勢いで近付いてきている、そんな感覚があった。
「キアラン。なるべく離れていろ」
「え」
「守れる自信は、ない」
「翠、なにを――」
翠が、空高く飛び上がる。
「翠! どうした……! まさか――」
すぐそこまで来てるのか、とキアランが問いかけたときだった。
どさっ。
なにかが空から落ちてきた。
キアランは、息をのむ。
それは――、翠の右腕だった。
「翠―っ!」
鉛空に、幾筋もの光が走る。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆