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【創作長編小説】天風の剣 第154話

第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
― 第154話 心ひとつに、そしてぶつかり合う、力 ―

「馬たちの治療は、私に任せてください」

 高次の存在であるカナフは、アマリアに馬たちの治療を申し出ていた。
 他族である人間や魔の者を治療することは控えるべきというのが、彼ら高次の存在の世界の決まりごとだった。皆に治癒の魔法を施しているアマリアの負担を減らすためにも、カナフは馬たちの治療にあたる。

 ザザザ、ドーン……。

 大きな物音に、カナフとアマリアが驚き振り返る。

「あ、蒼井さん……?」

 おそるおそる声をかけるアマリア。蒼井が、大木を切り倒していた。そしてさらに、目にもとまらぬ素早さで、硬化させたと思われる腕を動かし、切り倒した木を細かく刻んでいた。
 蒼井は少しアマリアのほうを振り返り、答える。

「人間の兵士たちが、こういうものを使っているのを見たことがある」

 蒼井は、骨折の際の添え木を作っていた。

「ありがとうございます。蒼井さん……!」

 蒼井さんが、人間や馬たちのために――!

 どう考えても、そんなにたくさん添え木はいらないだろうが、せっかくの蒼井の厚意、アマリアは笑顔で、あふれる感謝の気持ちを伝えた。
 
「今、私にできることは、これくらいだろうからな」

 そう述べながら蒼井は、自分の身に着けているマントをびりびりと裂き始めた。包帯を作るつもりのようだ。

「蒼井さん! そっ、そんなにはいらない、大丈夫です!」

 アマリアが顔を真っ赤にして慌てつつ止めたのは、蒼井がマント、上着、シャツ、さらには自分の履いているズボンまで切り裂こうとしたからだった。

「私は人間と違って、寒さは一向に構わないが?」

 蒼井が手を止め、首を傾げた。

 問題は、寒さじゃない。寒さじゃないんだ。決して。

 アマリアをはじめとした人間たち、カナフ、そして馬たちまでも、全員が心をひとつに、ツッコミを入れていた。見事なまでに、皆の心がひとつになった瞬間だった。蒼井以外。
 風向きが変わる。降る雪、舞い上がる粉雪が、大きな渦を描く。
 気配を巧妙に隠し、近付いてくるなにか。
 黒い影が、忍び寄る――。



 吹きすさぶ雪風の音を遮るように、金属音が鋭く響く。
 白銀しろがねの硬化した手のひらに、耳まで裂けた大きな口を持つ従者の攻撃が、弾かれたのだ。
 耳まで裂けた口の従者の太い両腕は、真ん中に穴がひとつ開いた長い筒状のものに変化していた。その両腕はまるで、銃や大砲のようだった。その腕の穴から、まさしく弾丸のような黒いなにかが発射され、白銀しろがねは手のひらでそれを弾いたのだった。

「俺の攻撃を受け止め、弾くとはな」

 耳まで裂けた口の従者が、少し驚いたように呟く。

「ただ弾いただけではないぞ」

 ふん、と白銀しろがねは笑う。
 白銀しろがねの手に弾かれた弾丸のような物体は、木をなぎ倒し、どこかへと飛んで行った。遠くで黒い煙が上がる。爆発したようだった。
 
「残念だったな。今の攻撃、本来なら一度発射されると目標物を破壊するまで追い続けるという性質のものだったのだろう。わしの手に触れた際、術を変容、無効化させてやった」

「……無効化……。なるほど。どおりで。一瞬で術の性質を見抜き、そのうえ干渉するとは……。ただの爺ではないということか」

 カッ、カッと白銀しろがねは奇妙な笑い声を立てる。

「このように長く生きていると、色々賢くなりましてな。できることも、増えるというもの」

 耳まで裂けた従者の大砲のような腕が、白銀しろがねに向けられる。

「しかし、俺の攻撃は、一発だけというわけではないぞ」

「当り前じゃ。たった一発で終い、そんな従者がおるわけがない」

 先に動いたのは、白銀しろがね。大砲のような腕が向けられているにも構わず、正面から突っ込んでいく。

「爺さん! 名はっ?」

 弾は放たれない。

白銀しろがねじゃ!」

 白銀しろがねが、勢いよく飛び上がる。耳まで裂けた従者の、真上に。

「俺は、黒裂丸だ!」

 激しい金属音と爆発音が、大きく木々を揺らしていた。



「血よ、肉よ、裂けよ! 我の前にすべて、砕け散れ!」

 黒羽くろはが、鼻と口が異様に突き出た格好の従者へ向け、叫ぶ。

「むっ……!」

 鼻と口が突き出ている従者が、両腕を自分の前に交差させ、重心を下げて踏ん張っていた。噴き出る血。肉が裂ける。黒羽のエネルギーの込められた言葉通りに。
 次の瞬間、鼻と口の突き出た従者の輪郭が、揺らぎ始める。従者の体の内側から、植物が芽吹いたようにざわざわと、皮膚を破ってなにかが突き出てきていた。
 それは、棘のような獣の毛。みるみるうちに赤茶色の長い毛が、従者の体を覆う。それと同時に、従者の体中の筋肉が盛り上がり、二回りほど大きく逞しい姿になっていた。

「……私の名は、赤朽葉あかくちば。お嬢さん、あなたの名は……?」

 黒羽くろはは、微笑みさえたたえ、艶やかな声で答える。

「私の名は、黒羽くろは

 赤朽葉あかくちば黒羽くろは、両者の力が激突する。



 叩きつけるような雪。
 シルガーは、青い翼の従者と対峙していた。四天王レッドスピネルも、青い翼の従者も、動きは、まだない。

「それぞれ、自己紹介を済ませたようだな。私も名を明かした。お前も、名乗るのが礼儀だと思うが?」

 青い翼の従者は、答えない。

 ごうっ。

 ものすごい速度だった。青い翼の従者は、シルガーの立っていた場所を通り過ぎていた。青い翼の従者の通ったあとには、雪が溶け、地面が見えていた。

「まるで青い炎だな」

 シルガーは、空中にいた。青い翼の従者が声のするほうを見上げる。

「……さすがですな。やはりあなたは四天王。一撃で、というわけにはいきませんな」

 シルガーは、空中で腕組みをし、青い翼の従者を見下ろして笑う。

「まあどうだろうな。しかし、私の力、まだ私自身把握していない。悪いが、お前らは、私の最初の実験台になってもらおうか」

 息をのむ。それは、青い翼の従者ではなく、シルガーのほうだった。
 地上にいたはずの青い翼の従者が、地上ではなくシルガーの目の前にいた。音もなく、気配も地上に残したままで。

「……まったく、素早いな。驚いた」

 シルガーは目を大きく見開き、率直な感想を述べた。

「いえ。それほどでも。今のは気配を残したまま、動いただけです。速さというよりも、まだ下にいると見せかけた、ただの錯覚です。速度としては今の場合、素早さを得意技とする魔の者より、ほんの少し上、といった程度でしょう」

「ほう。親切に種明かしまでしてくれるのか。それならば」

 ドッ。

 シルガーは、空の誰もいないほう、なにもいないほうへ向け、衝撃波を撃っていた。轟音のあとには、雪や風に消されることなく、いつまでも、煙がたゆたっていた。

「なるほど。新しい私の衝撃波は、こんな感じだ。私も初めてだが、種明かしの礼として、お前にも教えておく」

「軽く撃って、そのようなエネルギー……。誠にもって、感服いたしました」

 青い翼の従者が、深々と一礼した。
 シルガーが、頭を下げたままの青い翼の従者に、少しおどけて言葉をかける。

「もっとも、当たらなければ、意味がないが」

 青い翼の従者が、顔を上げた。

「いえ。自慢の私の翼でも、果たして逃げ切れるかどうか」

 ふふっ、とシルガーは笑う。

「試してみないと、わからんだろう」

「試してみますか」

「試すというより、本気でいくしかないな」

「……もちろん」

 向かい合うふたりは、鋭くにらみ合いながら、笑みを浮かべる。火花を散らす殺気と同時に、そこに存在するのは、紛れもない狂気の喜び――。

「やるか」

「ええ」

 風が、止む。
 銀の長い髪が軌跡を描き、青い翼が音もなく空に道を作る。
 空が、震える。
 光が走り続けた。
 シルガーと青い翼の従者、ふたつの大きな力がぶつかり合う。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

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