【創作長編小説】天風の剣 第153話
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
― 第153話 己の器 ―
「四天王と、その従者。従者の数は、三――」
シルガーは、前方を見つめ呟く。
シルガー、白銀、黒羽は、ノースストルム峡谷の入り口付近にいた。
「……強いな」
雪風に揺れる銀の髪。一点を見つめたまま、シルガーは、ぽつりと感想を述べた。
シルガーにはわかっていた。森の中の異変が。
エネルギーの激突の痕跡。一度立ち止まったあと、速度を緩めることなく進む赤い風。
そして、シルガーの瞳には、人間たちの使う、治癒の魔法のエネルギーが、天に昇る柔らかな一筋の光の柱のように見えていた。
おそらく、人間たちの何人かが倒れ、強い魔法の使い手――アマリアかオリヴィアあたり――が、治療しているのだろう、そうシルガーは判断した。
蒼井の盾のエネルギーが感じられた。ということは、倒れている人間は、ソフィアたちか。
四天王シトリンと翠と蒼井、それから、キアラン、花紺青、カナフの気配も伝わってくる。
四天王になってから、感覚が格段に鋭くなっているな。
シルガーは、離れた場所の状態が鮮明にわかるようになった自分自身の変化を、驚くわけでもなく、ごく自然に受け止めていた。
右隣に控える白銀が、シルガーに尋ねる。
「その赤子の四天王、相当な力の持ち主なのですか?」
「……いや」
違う、シルガーは思った。
「え、違うのですか?」
シルガーの意外な答えに、シルガーの左手に控えていた黒羽が、思わず声を上げていた。
違う。合計四つのエネルギー。こちらにものすごい速度で近づいてくる破壊の赤い風。しかし、その中身は――。
四天王の衝撃波、辺りをなぎ倒し続けるエネルギーは、人間からすれば脅威に違いない。
しかし、異常なまでに強かったパールはもちろんのこと、アンバー、オニキス、シトリン、他の四天王と並べると、そのエネルギーは比べ物にならないほど小さかった。
最近誕生したばかり、まだ幼いとはいえ――、ちょっと小さすぎるな。
シルガーは、意識をさらに集中させ、四天王の波動を分析する。
常に衝撃波を出すのは戦略なのか、癖なのか。どちらにせよ、それがあだになっているのかもしれない。それから――、もしかしたら、衝撃波の他にも、常になにかにエネルギーを使っているのかもしれない。
たとえば、従者を従える術。強い従者を、支配する術。
成長途中というのを差し引いても、四天王としては弱い、シルガーはそう判断していた。成長途中というのであれば、シトリンもそうだが。
びりびりとくる感覚。強い魔の者の波動。
強い。そう感じさせたのは――。
「四天王ではない。三体の従者の中にいる」
ごうっ。
赤い風が、止まった。
ギ。ギ。
シルガー、白銀、黒羽の前に、四天王レッドスピネルとその従者たちが姿を現していた。
雪は、降ると決めたらそれが義務だといわんばかりに降り続ける。地上に、どんな動きがあったとしても。
向かい合う、四天王シルガーとまだ幼い四天王、そしてそれぞれの従者たち。
シルガーは、右手の拳を腰に当て、首を傾げて四天王とその従者たちに微笑みかけた。
「……よく、強固な結界の中の四聖を嗅ぎつけたものだな」
「……我らが王に、無礼な口の利きかたは許さん」
太い腕、耳まで裂けた大きな口の従者が、一歩前に進み出た。
シルガーは、笑顔のまま腕組みをする。
「ふふ。私も一応、四天王だぞ。貴様らの主と、立場としては同等だろう。まあ私は知っての通り、成り上がりの新参者だがな」
シルガーは白い息を弾ませた。おどけたような口調とは裏腹に、銀の瞳は、鋭く従者を見据えていた。
こいつでは、ない。
四天王の右脇に立つ、鼻と口だけ突き出ている従者が口を開く。
「貴様らがいち早く四聖すべてを手にしたつもりか? そんなところに陣取ってないで、さっさと仕留めてしまえばよかったのだ。我らが来る前に」
鼻と口が突き出た従者が、あざけるように笑う。
「愚かな王よ」
違うな。
ごうごうと、不気味な音を立てながら、風が走り抜ける。激しく雪が、舞う。
シルガーの両隣に立つ白銀と黒羽は、影のように動かない。まだその時ではないと知っているのだ。
ギ、ギ。
幼い四天王が、音を立てる。おそらくは、声。
「……従者にしか伝わらない言葉か。感情を含めた自分の情報を、外部に覚らせないためか」
シルガーは、美しい童子の姿の四天王に話しかける。しかし、シルガーの視線は違うところにあった。
左隣の従者。三対の腕、大きな青い翼。うつむいたまま、一言も発しない。
まるで、幼い四天王の影のようだった。白銀と黒羽のように、影に徹している。
黒い影。果てしなく続く、深い夜の闇のような――。
こいつだ――。
黒い影が動いた。
青い翼の従者が、顔を上げる。ゆっくりと。シルガーの視線に応えるように。
目と目が合う。
風が、止まる。白一色の無音の世界は、黒一色の闇と同じなのではないか、そう思わせるような沈黙。
「……私の名は、シルガー。四天王シルガーだ」
シルガーは、改めてまっすぐ向き直り、笑う。青い翼の従者、ただひとりに向け。
青い翼の従者の唇が、静かに吊り上がり、大きな笑みを形どる。そして、微かに首を傾ける。それから――、言葉を紡ぎ始めた。
「なぜ、私に……?」
雪原の境界を這うように響く、低い声。
「隠せるとでも、思ったか?」
シルガーは、問う。
「己の器を」
青い翼の従者は、笑みを顔に張り付けたまま、噛みしめるように答える。
「さて。なんのことでしょう――」
シルガーの銀の長い髪が、生き物のように蠢く。
シルガーと青い翼の従者。笑い合う、両者。
その笑みはどちらも、狂ったような、血に飢えた悪魔のような、ぞっとするような凄まじいものだった。
急に思い出したように、雪の勢いが増す。吹き荒れる、雪嵐。
ドッ……。
太い腕、耳まで裂けた大きな口の従者が走る。同時に、鼻と口だけ突き出ている従者も走り出していた。
白銀、黒羽も駆ける。
雪と氷に閉ざされた中、従者同士、火花を散らし激突する――。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆