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【創作長編小説】星の見える町、化け物添えて 第8話
第8話 語る傘
「ぶはあっ!」
息苦しさに、目が覚めた。顔面に、ちょっとした謎の重みと体温、そしてこそばゆい感じ。
「白玉っ……、お前か……!」
顔の上に、ふわふわ毛玉怪物、白玉が乗っていた。勇一が慌てて起き上がったため、白玉は布団の領空から弾かれてしまった。
寝起きで機嫌の悪い顔の勇一に睨まれた白玉だったが、特に悪びれもせず、ふわりふわりと体を上下させながら浮かんでいる。
これ、夢じゃないんだよなあ……。
改めて、思う。眠って目が覚めたら、おとといの晩から今まで、全部夢だったんじゃないか、そんな淡い期待を持っていたのだが、現実らしくないこの現実が、しっかり記憶通り地続きで継続中らしい。
枕元には、お守りの小さな隕石。
化け物退治……、しなくてはならないってことなんだよな。なぜか俺が。
術師や化け物から身を隠してくれるお守りと、戦う武器である「傘」まで預けられた、ということはつまり、積極的化け物退治ができないとしても、少なくとも自分の身を守るために、遭遇した術師や化け物連中とは一人で戦わなければならないということ、そういうことなのだろうと思った。
頭の上に、またかすかな重み。白玉が頭の上に乗っている。
「白玉ー。お前、俺のこと助けてくれる?」
腕を上げて頭の上の白玉を、そっと両手で掴み、白玉の顔を自分の顔に近付けてみる。
白玉は、白い毛皮の中の濡れたような黒い瞳を、ぱちぱちさせている。
それから白玉は、勢いよくうなずいた、ように顔を大きく上下させた。
「そうかあ。守ってくれるのかあ、ありがとう……!」
不覚にもちょっと嬉しくなり、勇一は白玉をぎゅっと抱きしめた。ついさっき睨みつけたことなど忘れて。
「白玉は、なんか食べるの?」
買い置きの食パンを一枚余分に焼き、自分の朝食と同じく、あたためた牛乳、目玉焼きとソーセージ二本、それから茹でたブロッコリーにマヨネーズをかけて、白玉の前に置いてみた。どれか一種類、一口でも食べてくれたらなんか嬉しいと思いつつ。
えっ。
意外なことに、全部きれいに平らげていた。白い毛で見えなかったが、口があったし味わう舌もあるようだった。食べてる最中、パンに歯型があったことから、歯もあるらしい。マグカップの牛乳も、唇――なのかどうかわからないが、皮膚らしきものが「へ」の字の逆さまみたいな感じ――で伸びて、熱さに慎重になりながら、ゆっくりだがしっかり、すすっていた。
完食した今、楽しそうに弾んでいる。おいしかったようだし、満足の模様。
ペットみたいだなあ。
子どものころ飼っていた愛猫を思い出し、よしよし、と頭を撫でた。勇一の手のひらの優しさに、白玉、目を細める。ちなみに、その猫は白地に虎模様で丸顔のオス、名は勇一が付けており「虎丸」といった。勇一の名づけのセンスは、今も昔も変わらない。
「でもお前は普通の人からは見えないのか。それじゃ食事は外ではできないなあ」
空中に浮かんだ食べ物が、歯型を付けながら消えていく、ちょっと怖い様子を想像した。そんなことになったら、目撃者の悲鳴は避けられない。
一人暮らしの慣れた勇一は、てきぱきと洗い物を済ませ、自分の身支度を整える。今日も普通に会社なのだ。
ふわりと、肩の付近には白玉。会社にも付いて来てくれるらしい。ちょっと心強いと思ってしまった。
隕石は、胸ポケット。そして、傘は――。
天気予報では、今日も一日快晴って言ってた――。
手にしようかどうしようか迷う。持っていったら変わり者みたいに思われそうだし、かといって持たないのもまったくの丸腰みたいで不安だった。
折り畳みだったら、いいのになあ。
そう思いながら、手に取って眺める。すると――。
カシャン、カシャン……、カシャン!
「わあっ!?」
響く金属音に驚いて思わず傘を落とす。傘は、音を響かせながら、自動的に三つ折りになっていた。
「なんで、自動的に!? そしてなにゆえ三つ折り!?」
願い通り、傘は自分から自動的に折り畳みになった。でも、通常の折り畳み傘のようではなく、三等分に折れて小さくなっていた。
骨部分に、布部分、さすがに無理ないか!?
おそるおそる手にしてみたが、いったいどういう構造になっているのか、傘の布に引きつれやほつれなども起きず、短い骨も中心となる骨も無理な負荷がかかっている様子はない。
「自分からコンパクトに――。なんか、気を遣わせてしまった……?」
一応、ごめん、ありがとう、と傘に声をかけてみる。もちろん、返事も変化もない。白玉と違って、傘とは意思の疎通は無理なのかも、と思った。
「それはそうか。お前は、傘だものな」
我ながら不思議現象になじみすぎ、ため息をつきつつ、カバンを開けて三つ折り傘を入れようとすると――。
『なんてことはない。勇一。我のことは気にするな』
男の低い声が、頭の中に飛び込んできた。
「傘……! 意思の疎通、できるのか……!?」
不条理な世界に順応しすぎた勇一は、頭の中で響く声が傘のものであると、即座に理解した。
男の声が続く。
『……まあ、気にするな。ちなみに、我の飯は不要』
「気にするなって、気になるんですけどー!?」
傘とも、しっかり意思の疎通ができるらしかった。ただし、食事はいらないらしい。
『それから、我には名も不要。我は、傘に過ぎん』
って、話すわ察するわ戦うわ守るわ、働きぶりが、尋常じゃない! 傘以上だよ……!
傘を驚嘆の目で眺めつつ、そのとき勇一は思い出す。
自分は、知るべき権利があり、傘はそれを伝える義務があるはず、と。
「あ、あの……! なんで……、なぜ、俺を選んだ!? てゆーか、あんたが選んだの、ほんとに、俺なのか!?」
傘に急いで問いかける。幽玄からも紫月からも、まだ得られていない重要な答え。
沈黙。玄関のドアの向こうから、学校に向かう子どもたちの元気な声が聞こえる。
きっと、扉を開ければたちまち青空が飛び込んでくる。時の止まった、薄暗く少しひんやりとした玄関という小さな空間で、立ち尽くす――。
『勇一』
ごくり、と勇一は唾を飲み込む。
『いい加減、カイシャとやらに行け。また走らねばならなくなるぞ』
ああっ!
現実に、引き戻される。白玉の食事の用意と実質二人分の洗い物、ただでさえいつもより時間が押していた。
勇一は傘をカバンにしまい、急いで玄関を飛び出し、鍵をかけた。
また聞きそびれた、と思いながら速足で歩いていくと、頭の中に響く、声。
『我が選んだのは、お前だ』
ある程度覚悟はしていたが、はっきりと宣告されてしまった。
えっ、やっぱり、俺が……。
頭の中で声が聞こえるなら、頭の中で返事をしても通じるのだろうと思い、声に出さず心の中で返事をした。昨日の朝の、幽玄との「独り言状態」の苦い経験が、今ここで生きる。もっとも、幽玄とは、頭の中だけで会話はできないのだろうけれど。
『理由は……、我が、お前を見つけたからだ』
えっ、どーゆー理由!?
『運命』
運命!?
『ビビッときた』
ビビッと!?
『……平たく言えば、気に入った、ということだ』
どこで、どこが、どうして!?
『……お前なら、我の力を使うことを許そう、そう思えたのだ』
えええ……!? 俺のどこに、そう思わせる要素が!?
あっという間に、会社に着いてしまった。
「おはよー、勇一。今日は体調、だいじょぶそ……」
フロアで勇一を見つけた同僚の谷川が、勇一の右肩を叩く。勇一は、ぎょっとして瞬間息をのむ。谷川の手は、右肩の上にいた白玉の体をすり抜けたようだった。
「あ。今日も顔色悪いな……。お前……、ほんとに、大丈夫か……!?」
「うん……。たぶん、ダイジョーブ……。ありがと……」
勇一の顔を心配そうに覗き込む、谷川、そして空中の白玉。カバンの中の傘の様子は、カバンの中だし無言だからわからない。
ふらふらと、自分のデスクにつく。
理屈じゃない、運命……。恋、みたいなものなのかな……。
パソコンの画面から顔を上げ、ぼんやりと、窓の外の緑を瞳に映す。
『……気味の悪いことを言うな』
まさかの傘側からの全否定。反応が、秒速。
勇一は、向こうから意味深に近寄られ、そういうことかと思って告白したら見事に振られた、そんな心境に陥っていた。
いやそういうことじゃなくて……!
次々と非現実的な事象に翻弄されている勇一。自分で思っている以上に心が混乱、疲弊しているようだ。
少女が、四辻に立つ。
少女は、小学校低学年くらいに見受けられた。
普通なら、学校に行っているはずの時間。
少女は、後ろで手を組み、気ままに歩く。
「勝手をするな、と言われてたけどお」
ゆるやかなウェーブのかかった、ペールピンクカラーの髪を、ツーサイドアップにしていて、ブラックスワンドレスに黒い靴下、黒い靴を履いていた。
「兄上がもう無茶しちゃったわけだから、私も無茶しちゃっても、いいよね?」
愛らしい唇に人差し指をあて、くすくすと笑った。
◆小説家になろう様掲載作品◆