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絵羽模様と和裁②

こんにちは、ものぐさ和裁師です^^

今回はとある動画の感想を仕立て屋の端くれとして僭越ながらアンサーを書き記しています。
長い話となるため2回に分けてまとめています。

(有)染色補正森本さんがご紹介くださったこちら↑の動画を参考にして書き進めています。

※①はこちらからご覧ください↓


・③脇の柄は合わせるべきか?


ここに来て大きな議題となりました(^_^;)
というのは、脇の柄に対してハナから「合わせなくて良い」とキッパリ仰っている旨を今までに聞いたことがなかったためです。ものぐさの経験不足で本当に恐縮です!

脇の柄を捨てるという判断はザラにあります。しかし、それは最悪の場合のみで出来る限り柄合わせを優先することが仕立ての基本です。上記考えとは意味が異なります。ものぐさの経験不足というばかりか、基本のキにあたる和裁教科書内でも同見識で、衽付け位置は動かしてはならないと何処にも記述されてはいないのです。

衽付けの柄合わせ
上下で合口が違うことがわかる

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・⚠️附下げの成り立ち

ここで参考資料としてこちらの動画もご覧ください。

「附下げ」の由来について語られています。

内容を要約すると大正時代に上前柄が上↑を向けば上前後ろ柄が下↓に向く小紋。に対し肩山を起点に全ての柄が上↑を向くよう小紋柄を配置したのを附下げ小紋。と呼んだのが附下げの始まりでした。(肩山・袖山から柄を附下げた)
着物の種類ではなく絵付けの違いによって呼ばれたので⚠️柄の合口は合わない前提で作られていました。
それが昭和40年頃から豪華な訪問着ではなく上前の衽にのみ合口をあわせた「附下げ着尺」が販売されるようになり、激化する各社の販売競争の流れの中で、背や脇にも合口を付けた「附下げ訪問着」と呼ばれる着物が生まれたというのです。
そしていつの間にか絵付けの違いだった附下げが、和服の種類の違いへと変わり、今ではごっちゃになってしまったいうわけです。(※詳しくは書き切れないため、森本さんが配信を予定されている動画をご覧ください。)

解説者の森本さん曰く、誂えであれば別だが既製品であれば脇の合口柄は合わなくてもよいという考えが前提となっていると教えてくださいました。

つまり⚠️脇の柄を合わせる目的であれば既製品ではなくお誂えを選択することが常識だったわけです。(※お誂えとは一人一人のお客様の寸法に合わせて絵付け製作されるもの。)

私の所有している和裁本の中で唯一、似た記述のあるものがあります。

「和服裁縫独習書」S26年12月発行 より引用


背の次は衽の柄を合わせ、脇は

模様の上がり具合が、予定の後幅と前幅通りになればよいのですが、模様によっては、後幅か前幅のどちらかが、広くなったり狭くなったりしないとも限りませんが、この様な場合には、あまり模様合わせにこだわるよりも、模様合わせが見苦しくさえなければよいとして、寸法を考え合わせておさめるようにします。

和服裁縫独習書  石田はる著

脇の模様合わせにこだわるよりも、見苦しくないように。この考えは呉服屋さんとの間でも共有されていたのでしょうか。古い本のことなので何とも言えません。

上前衽付けにのみ合口のある訪問着

「お誂えであれば別だが」という一言は重要な観点でしょう。

衽の柄合わせだけでなく、背も脇も!という考えありきだと脇の柄をも合わせることこそがお客様の購入目的を果たすとも受け取れます。

もしかすると昭和の着物大量生産・販売競争は、製作者と仕立て屋との柄合わせ観点をも変えてしまっていたのかもしれません。

お誂えは大量生産品に比べるとそう多くはなかったと考えられますから、和裁の考えが少しずつ変わっていてもおかしくはありませんし、柄が合うことは見栄えをよくする事にも繋がるため、異論は少なかったのだと考えられます。

しかしいつの時代も、分業制である呉服業界の最終ランナーとして我々仕立て屋が大きな役割を担っている現実は変わらないのです。

和裁は柄のバランス感覚を養うことも必要

製作に携わった全ての方とお客様のお心を納得させられるだけの仕事を行えることが最も理想的です。


・④衽幅は広げていいの?

例えば衽付け位置は絶対に動かさないとすれば、褄下側の縫い代は僅かでも調整可能なわけです。衽幅を広げられるかどうかは褄下側の柄切れを防ぐためにも検討されなければならない議題です。

衽幅を15㎝(4寸)から、17、18㎝(4寸7分)まで広く出来るとしたら???

それが可能なら衽付け位置の変更無しで身幅を広げられるというわけです。この場合様々な前提条件がありますが、それは一旦置いておいて、実際に衽幅を広くしても問題がないかという点に着目します。

衽幅が広ければ広いほど選択肢が増えますね⭕️

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A. 衽幅の広狭は仕立てを行う上で、特別に変わった問題はありません。

衽幅を18㎝程まで広げることは特に仕立てに影響を与えません。しかし見栄えの観点から考えるとアンバランスさを引き起こす可能性はあります。しかし前姿を絵画的な構図として捉えた場合、衽幅が18㎝の方が都合がよい状況があるとすれば、やもするとアンバランスさは失っているのかもしれません。こればっかりは検証をしないことには分かりません。


◯衽幅の検証

成人女性の衽幅寸法は、基本15㎝(4寸)から大きく外れない範囲です。

絵付け段階の衽付け位置を動かさないで、最大の衽幅を付けると考えると、約17.5㎝(4寸6分)が限界でしょう。※通常はそこまで広げられません

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今回新たに衽幅17.5㎝(4寸6分)の着物をご用意しました。

🍓検証目的

1. 衽幅を最大限広げることのメリット・デメリットを追求すること。
2. 通常ヒップサイズによって加減される衽幅ですが、着用者ものぐさへ最大の衽幅を当てがうとどの様に見えるのか?客観的な感想を得るため。

🍓前提条件

1. ものぐさのヒップ93㎝の身幅にそのまま衽幅のみを17.5㎝に広げる。
2. 合褄幅から通し、上〜下まで同寸とする。
3. 膨張色である黄色の着物で行う。
4. 写真ではなく実際に目で見て感想をいただくこと。

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🍓検証結果
では早速こちらの写真をご覧ください。

衽幅17.5㎝(4寸6分)の通しで仕立てた着物

非常に分かり難い「衽付け位置」ですが、ご確認いただけますでしょうか?(着付けへのダメ出しはご遠慮くださいませ🙇🏻‍♀️)

客観的なご意見を伺うべく、一般社団法人日本和裁士会の先生二名にバランスを見ていただけました。

正面をずらした角度。色々な角度から見ます

◯和裁士会の先生のご意見▽

・気が付かなかった!
・言われないと分からない。
・言われて見れば衽幅は広い気はする。
・前幅とのバランスは通常14.4㎝(3寸8分)程の衽幅と比べたら下半身が太く見えるかもしれない。

以上が客観的なご意見です。先生方お忙しい中でのご対応を有難う御座いました。

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◯着用したものぐさの感想▽
・普段と比べるので若干衽幅が広く見えた
・衽幅が4寸6分もあるようには感じない


🍓検証まとめ

①衽幅を広げることのメリット・デメリット

【客観的視点のメリット・デメリット】
⭕️普通寸法15㎝を多少広げても、見る側に違和感を与えないこともある
⭕️褄下・衽付けのアンバランスな柄切れを防ぐことができる
⭕️身幅を大きく取りたい場合を含め選択肢が増える
❌身幅寸法によってはアンバランスになり、着用見栄えが悪くなる恐れがある

【仕立て屋視点のメリット・デメリット】
⭕️製作者が絵付けの段階で、衽に広く柄を書き込める
⭕️それぞれ1㎝程の縫い込みがあれば対応可能
❌衿と衽を裁ち切る場合には注意が必要
❌必然的に縫い代が浅くなるため、刺繍や箔などの歪みやすい柄付けでは対応不可になる。
❌身丈とのバランスで剣先の角度が変わる為注意を払わなければならない。

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②ヒップ93㎝に最大限の衽幅を当てがうとどの様に見えるのか?

客観的意見というには数が少なすぎて及ばないが、和裁士会の先生の目に違和感を与えなかったという部分は貴重なご意見だと伺えます。

羽織を着るとバランスが変わって面白い

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🍓総論

これは通常寸法という固定概念を覆す恐れのある検証であるため、和裁士の意見だけでなく着付け師さんなど幅広い方のご意見を伺う必要があると思います。またヒップの違う方に着用してもらうことで、どこまでの寸法なら違和感を与えないかの検証も必ず必要です。
例えばもっと狭い身幅へ17.5㎝の衽幅を当てがった場合、前幅が真半分に分かれたようになると予想されるので、今回の検証結果とは違い大きく違和感を与える可能性もあります。森本さんの動画内で和裁士としてお話しくださっている寺田先生とも似通った予想だと思われます。

ここはあくまでも、衽付け位置を変えないで衽幅を広げると何処かに支障が出るものなのか?という製作者の疑問に対して一時的に回答したものです。
私は総じてバランスだと受け止めていて、衽幅を広く取れるということが製作者側にとってメリット或いはデメリットになり得るのか仕立て屋に分からない部分もありますが、完成後の柄切れを防いだり、絵画的バランスを保つ上では重要な視点だと考えています。

全てに当てはまる検証結果ではありませんが、参考程度にご覧くだされば幸いです。


・①②を通した全体のまとめ


お客様が一番に何を優先されているのか?が最も重要であると考えています。

絵羽付けの着物と言っても、着用目的は人によって大きく変わります。また製作者側にとっても同様の意見だと考えられます。

一枚の着物に関わる全ての方の主張をまとめられる存在こそが仕立て屋の理想像。
手間をかければかける程伴ってくるものがありますから現実はそう上手くはことは運ばれてはいきませんが、製作者側の蓄積された疑問に誠実に答える必要はあるでしょう。
これは製作者のためだけではなく、着物の文化的価値を考える上でも非常に重要で、両者の考えに食い違いがあるかもしれないという状態は見過ごすことはできません。

訪問着 前の柄
絵付けをされる方によってもバランス感覚は違うかも

またこの議題は製作者と仕立て屋間のみで丸っと納まる話ではなく呉服屋などの販売店さんとも共有されるべき大切な問題です。

それぞれの価値観を尊重し合わなければ、我が国「日本のものづくり」は継承されてはいかないでしょう。

今後も引き続き製作者側の疑問に私なりにお答えしていこうと思います。このnoteを書くにあたり話しを聞いてくださった全ての方に感謝いたします。この度は誠に有難う御座いました。

最後になりましたが、改めて始終ご対応くださいました(有)染色補正森本さんへ感謝申し上げます。この度は勇気のある問題提起をしてお話をお聞かせくださり有難う御座いました。


この度の内容は(有)染色補正森本さんが発信する動画を参考に進めています。故に考え方に偏りが生じることも大いにあり得ます。

私自身着物業界内ではまだまだ青二才とも呼べない程の端くれ者なので、何か感じられたことや、内容に不備がございましたら、お気軽にメッセージでお声かけくださると幸いです。どうぞ宜しくお願いいたします。

この度は最後までお読みくださいまして誠に有難う御座いました。

以上、ものぐさ和裁師でした。


ものぐさ和裁師は着物と和裁の振興に貢献したいと考えています。美しい着物を未来に残していくためにサポートをどうぞよろしくお願いいたします。