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娘が自分を恥じた地元の同級生たちの華々しい進学先

我が家の娘は私の実家のある田舎町で
小学生時代を送りました

当然私もその街で生きて来た人間なので
街の性質は理解しているつもりです
20歳になってからは関西と関東を
転々としました

そして子供を生んでからまた実家の
ある田舎町で子育てをして、転々と
するようになりました

いろいろな街に住んで、いろいろな場所で
仕事してきた私なので見えてくることも
たくさんありました

20年ほど前に東京でOLの仕事をして
いたときにも「無駄な時間がおおいな」
とおもっていました

そして、20年後、今度は個人事業主と
して東京で生活していても、無駄な時間を
過ごしている人が多いなと思いました

なぜそんなに人にいい顔がしたいのか?

という疑問しか湧いて来ませんでした

そういう態度は結局時間の無駄でもあり
傷つけ合うだけなのに・・・
と思います

いろいろな人に話しを聞いてみると
わかっているけど、解決策や正しい
行動の仕方がわからない。だから
ついつい流されて生きてしまう・・・
という声を多々聞いたのです

なるほど・・・それもわからなくは
ないな・・・と思いました

私もコロナがあってから自分の仕事の
やり方を変えました

ほんとうに1からという気持ちで
やるようになりました

売上は二の次
とにかく、自分がやるべき、やれること
を中心にやり続けました

当然売り上げはどーんと下がりました

ただ、悪いことばかりではなくて仕事の
ペースを自分で決めたことで、娘の受験も
全力でサポートすることができたわけです

実はこれ、私としては10年以上遅い取り組み
だったことを思い知らされました

というのも、先日娘が田舎に遊びにいきました

小学生時代のお友達とはずっと交流があり
長期休みは必ず帰っています

今回のお休みで、地元のお友達の進学先が
すこしずつわかってきたことで娘は大きな
ショックを受けて帰ってきました

というのは娘が進学しなかった地元の
公立中学の出身者は東大、京大、大阪大、
医学部などトップ校への進学が多いという
話しを聞いて来たからです

普通の公立なのに・・・

都会では公立なんてもう進学先では
ないといわれているはずの公立から
なぜここまで飛躍的に伸びるのか?
と疑問がわきながらも、自分のおごりに
恥ずかしさを感じたそうです

あれ?

中学の進学時点でその話ししなかった?
と思いましたが、まあ、現実的に進学が
決まって大学のレベルがわかったとき
こそ感じるものも違うのかな?と思い
ました

娘も自分の選択は正しかったと更に
確信できたようですが・・・

私が、娘と一緒に地元にいた時間は
というと自分の母親が子供をみてくれている
という安心感からひたすら仕事に
明け暮れ、仕事にのめりこんでいました

ある日、日曜だけは絶対みないよ

と言われた、仕事が伸びている時期だった
ので、「無責任すぎる!」と怒りくるった
ことを今でも覚えています

でも実際は私自身が自分勝手で
無責任だったわけです

子供が小さいころから今のマインドを
持ち合わせていれば、子供にとことん
付き合ってあげるということができて
子供も安心して勉学にも打ち込めたと
思います

なぜかお金が必要だと、お金に支配
されている時期がありました

多分、東京の生活があったからだと
思います

働けば結構稼げるという世界にいた
ので、逆に働かなくてはならないという
呪いにかかっていたような気がします

今東京にいてそうやってただ働かなく
てはならない・・・と考えている人が
多いとおもうからです

その土地にいればその考えがやっぱり
当たり前になってしまいます

東京生活から離れて地元で仕事を
しているときに、生まれ育った街が
これほどまでに豊かだったのか・・・
と思い知らされることが何度かあり
ました

そうやって学ばされたくせに学習
能力の低い私はまたおごりたかぶり
いろいろな場所を転々として仕事を
してしまいました

そして、東京にいてコロナがあって
娘の受験を経てほんとうの価値という
ものにようやく気づき始めました

私自身、なぜ地元が豊かだったのか?
そして自分の同級生を含め30年たった
今でも優秀な人物がどんどん排出できる
のか?

答えは簡単だったんです

ちゃんと地に足がついた生活をして
いるということです

つまり家族がきちんと経営できている
ご家庭がたくさんあったからなのです

子供にちゃんと寄り添う子育て
お金だけにこだわらず、時間も
ちゃんと使う子育てができている
わけです

当たり前のことができているだけです

働いていても日曜は休む
子供の相手をする最低限でもそれを
やるのが当たり前ですが、もっと
いえば、子供の小さいころこそ
体験をともにして価値観を共有する
ことができればちゃんと子供は自分の
考えをもって取り組める人間になれます

少なくとも私の地元の人間は気が利く
人が多いと思います

気が利くということはちゃんと自分で
経験しているからこそ、先回りをして
相手が喜ぶことを提供できるわけです

近年、東京にいても名古屋企業が進出
してきている印象があります

名古屋の職人的なこだわり文化は
結局人間の必要な部分の本質をついて
いるとも思います

私の地元は特別な進学塾などない
エリアですので、娘の中学受験で
日能研に通わせる際には送り迎えも
かなりの時間を要しました

私の同級生や先輩もですが、長兄も
低コストで高学歴がたくさんいます

娘は自分がこれほどまでにお金を
かけて進学しても上智しか行けない・・・
となげいていましたが、むしろ
実力で戦えないことを知っていた
からこその勝利じゃないか!と
私はたたえているのですけどね〜

ちなみに慶應のチャンスを棒に振ってのは
誰?と聞きたかったんですけど笑

確かに優秀な人がたくさんはいる
けど、自分はそうなれない判断が
できただけでも御の字です

自分を知れば自分が出来ることを
コツコツやればいいとわかるように
なっていきます

ただ、こうして何十年たっても
地元の子供たちが優秀だという
ことはやっぱりなにか理由はある
だろうな・・・とも思います

もしかしたら、給食かも!?
とおもっています

地元を離れてから知りましたが
全国でも給食が美味しいことで
有名という話しを聞きました

確かに地元で仕事をしている際に
その小学校でしか作らないレシピが
あって、それを作れるようになる
ためにわざわざ給食のおばさんの
仕事の空きが出るのをまって応募
したという人を聞いたことがあり
ました

私はこの1年は特にお金にならない
仕事をしつづけてきましたが、
お金に換算すればとんでもない料金
だとも思います

主婦の仕事をお金に換算すると
すごいと言われますが、お金に
換算する以上にできていることが
一つだけわかりました

それは

徳を積むことです

はっきりとはまだ返ってはきて
いませんが徐々に積んだ徳が何倍に
なって返ってきているという感じは
します

お金を追うことをやめて人間として
徳を積むことに注力すると、子育ても
自分自身の人生も大きなステップアップ
になると周囲の環境と自分の経験から
確信している今日このごろ・・・



















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