泡沫の…第2章
第1章を書いてから私が彼女らと出会って2週間と半分が経ってしまい記憶が霞み始めている…まずい。記憶が薄れ、苦しかった記憶も美しく脚色されてしまう前に書き上げなくては。
私にとってはありがちなことだが、新しく出会った人と初日こそ話が盛り上がるもののその次の日は彼女らと話をした記憶があまり、ない。
私は人と話をするのが得意ではない。
そのためシャワーの使い方は、とか必要最低限のことしか自分から話しかけられなかった。
もっとも、海外で生活することも寮で他の人と寝食を共にするのもこの留学が初めての経験だったので、ただ慣れるのに必死だった、というのが正直なところである。
それでもこの留学で唯一かつもっとも助けられたのが、同じ大学の同じ学類の友12人と一緒に留学に来た、ということだった。
困った時、気軽に話しかけられる相手がいるというのは非常にありがたいものだ…
話を本筋に戻す。
寮の部屋で、人と関わることが得意そうなかなえが私に話しかけてくれるということが何度かあった。
初め、オーストラリアの地ではオンリーイングリッシュでいなくてはと真面目腐っていた私は日本人であるかなえに対しても当然ながら英語で話しかけていた。
かなえは英語で返してくれるのだが、英語で説明しづらいらしく日本語で喋るということもままあった。
そのうちかなえは私に話しかける時は日本語で、というのが当たり前になりいつしかかなえと話す時はオンリージャパニーズになった。
オーストラリアに来て3日目のことだったか、かなえは言った。
私来週の水曜日にここを出ることになったから。
…え。
私はどう反応したらいいか分からず、たぶん顔は笑い顔だったのに言葉では、え、ほんとに?寂しい。来週の水曜日にはいなくなっちゃうの!?と悲しむという感情と顔が一致しないというおかしな光景だったと思う。
寂しかった。
オーストラリアに来てそんなに日が経っていないのに少し話しただけで、この人と仲良くなりたいと初めて思った相手だったのだ。
もしかしたら彼女と話したという事実よりも彼女の醸し出す飾らない雰囲気や29歳で私より10も離れているお姉さんという関係で甘えたくなったのかもしれないけれど。
そういえばかなえに何歳かと聞かれ私も彼女の歳を聞いて29歳ということが判明した時、
え、29歳!?ずっと大学生だと思ってた!?
とか、
手を胸の前に組み、
え、お姉さまってことですか!?
とか、まあ傍から見ればちょっと気持ちが悪い行動をとっていたかもしれない……
ともあれ、私は年上のお姉さんが好きなのだ。
髪が長くて上品なお姉さまというよりは短髪でボーイッシュなイケメン(女)を好む。(なおこれは伏線である)
オーストラリアに来た初日、シャンプーやボディソープを買わなくてはならなかったのでかなえにおすすめのお店を聞いた。
そこはカレッジからバスに乗って行かなくてはならず、私は友人と5人くらいで行ったのだが帰りに乗るバス停を間違えてしまい夕食にギリギリ間に合ったという、初日からなかなかのハプニングを味わった。
そのハプニングをかなえに伝えると、声をあげて笑ってくれた。
なんだか嬉しくて気分があがり、やっぱり良くないことの後には良いことが待っているんだ!!と能天気なことを考えたりもした。
かなえにはカレッジの近くのおすすめの場所も教えてもらったりもした。
近くのビーチ。(ケワラビーチ、トリニティビーチ)
その後大学の友達と近くのビーチに行こうという話が持ち上がったので、聞いてみた。
今度クワラビーチに行くんですけど、近くにいいカフェとかありますかね?
うん、ケワラね笑
あ、ケワラ笑
ケワラは周り何もないよ。
カフェとか行きたいんだったらトリニティの方がいい。
あと、パームコーブっていう所があって、ビーチに沿ってカフェとかが並んでていいらしい。
私はここにいる間あんまり出かけられなくて行ったことないんだけど友達が言ってた。
そんなこんなで時は過ぎ、月曜日になった。
かなえはキャリーケースを床に広げ、パッキングをしていた。
詰めるべき荷物が多くて入りきりそうになく、考えている様子だった。
聞いてみた。
あ、パッキングしてるんですか?
そうなんだよ〜
荷物多くて入りきらなそうなんだよね
ここにいる間に荷物増えたりしますもんね〜
私も行きの時点で圧縮袋の助けを借りないといけないほどギチギチにしてしまったので帰りが心配です笑
圧縮袋は偉大だよね〜
日中、かなえは303号室の私たちの部屋の扉の近くで友人と話していた。
その日の夜、かなえの机や棚はほぼ空になっていた。
パッキングは大詰めを迎えているようだった。
そこでまた聞いてみた。
パッキング終わりそうです?
ギリギリ入りそう〜
そういえばあやめちゃんってなんで薬学部に入ろうと思ったの?
私はお父さんが病院で働いていて、小さい時から医療系に進みたくて。
高校に入ってから化学が得意というか好きになったので薬学部に入ろうと思ったんですよね。薬局の雰囲気も好きだし。
あと、薬学部って薬剤師になれない方の薬科学科と薬剤師になれる方の薬学科があるんですけど、私は大きな病院の薬剤師になりたかったので薬学科にしました。
へーすごいよく考えてるね。
私今日、ワーキングホリデーの子と話してて、その子もよく考えてる子でモチベーションが上がったんだよね。
他の人と話すとモチベーション上がりますよね!
分かります!
葵ちゃんも色んな人と話してみるといいよ。
なんか、葵ちゃん昔のルームメイトに似てる。
ゆりちゃんっていうんだけどね、日本で小学校の先生をやってた。
え!?似てる!?どこがですか!?笑
ん〜どこっていうか全部。顔も話し方も。
分かります!
私も大学の友達で小中学校の時の友達とめちゃくちゃ似てる人がいて、デジャブですよね〜
ね〜
そういえば葵ちゃんサークルとか入ったりしてるの?
入ってます。
川沿いを散歩したり、焚き火したり、豆から挽いたコーヒーを飲んだり、夜しか空いてない図書館に行ったりしてます。
え、めちゃくちゃいいじゃん。
別名老後の会って言うんですけど。
笑笑
私もコーヒー好きなんだよね。
コーヒーいいですよね!!
金沢にペソアコーヒーっていうところがあって、私そこが1番好きです。
ペソアコーヒーって聞いたことある!
インスタで見た!
へ〜あそこいいんだ!
私ペソアさんと会ったことあるんだよね。
え!?
すごい!
こんなことあります!?
私人生で初めてのコーヒーがペソアさんのコーヒーで、めちゃくちゃ美味しくてもうペソアさんのコーヒーが全ての基準になってるんですよ笑
え!?そうなんだ!
そういえばかなえさんって富山出身ですよね、私金沢にいる間に北陸三県を旅しときたいんですけど、富山ってどこ行ったらいいですかね?
んー
私観光地とかはよく分かんない。居酒屋とかは知ってるけど。
食べ物系お願いします!
ジャンルは?
んー
それぞれのジャンルから1個ずつで…
かなえは富山の美味しいお店をたくさん教えてくれた。
酒菜工房
青空 (イタリアン)
エンジェロー
ぎんぎょ 安くて美味しい
飛弾 おでん屋さん
(カフェ)
ジャックラビット
青い鳥
このおでん屋さんでペソアさんと会ったんだよね
おーありがとうございます!
いい情報もらっちゃった!
葵ちゃんは金沢だよね、どこかいいとこある?
兼六園とか金沢城、長町武家屋敷跡、近江町市場、ひがし茶屋街とか歩いて1日でまわれるんですよ〜
ちなみに読書が好きでコーヒーも好きなら、おすすめのところがあるんですけど、
え、なになにちょっとメモる!!(パッキングしていた手を止めスマホを取り出す)
夜の図書館べーるっていうところなんですけど、
あ!
それインスタでみたことある!
やっぱりそこいいんだ〜
そこは昭和の古民家を改築したところで、入って右側が団欒できるスペースになってて、左側は個室になってるんです。
他の人の視線を感じることなく本に集中できるんです。
その個室の机に置いてある照明がオレンジ色で、これがめちゃくちゃいい感じで落ち着くんです。
さらにここの1番いいところは、ペソアさんのコーヒーを飲めるんですよ!!
え!
めちゃくちゃいいじゃん…
私も本読むの好きなんだけどさ、……
あ、LINE交換しとく?
え、いいんですか⁉︎
嬉しい‼︎
かなえのLINEのプロフィールの背景画像は、砂浜に日本語の本のどこかのページが開かれた状態で置かれていて、私は素敵な人に出会えたなと思った。
次の日。
火曜日で平日なので、いつものようにカフェテリアで朝食をとり、授業に臨んだ。
ブレークタイムには他の学生と談笑するかなえの姿を見かけた。
それが、私がかなえをみた最後の瞬間だった。
午前の授業が終わり、カフェテリアで昼食を食べた。
午後は授業がなく予定もなかったので自分の部屋に戻った。
かなえが使っていた机の周りは真っ白で、荷物も何もなくなっていた。
一瞬思考が停止した。
かなえがここを出るのは水曜日だって言ってなかったっけ??
あとで他のルームメイトに聞いたところ、かなえはお昼にここを出たようだった。
部屋に戻ってくるのがもっと早かったら。
最後の挨拶もできないまま、おそらくは永遠にかなえと別れることになってしまった。
しかし、私はかなえとLINEを交換していたので、かなえにLINEでメッセージを送ることにした。
かなえさんってここを出るの今日でした?
数時間後、返信が来た。
そうなのです!
お別れ言えなかった…
てっきり明日だと思ってて…
昨日いろいろお話しできて嬉しかったです!
どうぞお元気で!
ちなみに今朝ケワラビーチで「夜明けを歩く会」として日の出をみたらいい感じでした。
かなえから返信が来ることはもう、なかった。
私はその晩もその次の日も、ずっとかなえと一緒にいた頃のことを思い出しては懐かしんだ。