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昆虫女子による昆虫女子会ができるなんて想像もしなかった
人生で何かと、「何この幸運!」「何このシンクロ!」が起こる私。
どうせなら朝から晩まで、大小問わず毎日そんな幸せにあふれて生きたいものですし、皆様にもそんな幸福の中で暮らしていただきたいと思っているのですが。どうすれば確実にその現象が起こるのか、私にはまだ、法則や一般化できる方法論は見つけられていません。
それでも、お読み下さった方が、少しでも何か、ご自分の幸福に繋げて下さったら良いなと思って、今日は体験をお話しさせていただきます。
今回は、バッタの話。
事の起こりは、この記事の発見です。
何ですって。『絶滅危惧』!?
私が、昆虫と爬虫類好きを封印したのは1990年代。
まるきり畑違いの物理か情報数学のリケジョになろうと(血迷って)思ってしまったためです。
その頃は、バッタが絶滅危惧だなんて話は、ひとつも見かけませんでした。その頃はまだそれなりの数が生息していたのかもしれませんし、
昆虫学会の話題など簡単に聞こえてくる時代ではなかっただけかもしれませんし、
私が彼らがいなくなるなんて信じられないようなド田舎で暮らしていたせいかもしれませんが。
※調べてみた所、アカハネバッタが種の保存法の指定になったのは2016年の事のようです
ともかく、現在の自然界がそんな危機的な状況になっているとは思いもしていなかった私は、いてもたってもいられず、すぐさま、家の近くの草むらに飛び出しました。
そこは、もう十年以上放置されつづけている休耕田または畑の跡地で、将来、大きな道路が建設される計画地です。幹線道路とその足場の予定地のため、河原から続いてかなりの広さがある空き地なのです。
建設中の道路の伸長が、毎年ほんの少しずつ進んでいる以外、年に数回草刈りが行われるだけのそこは、春から秋まで虫だらけ。雑草の宝庫。まさに“草原”。
そのド真ん中を突っ切る幅1メートル程度の歩行者(しか通れない)道は、歩くだけで、足元からバッタが飛び立つ飛び立つ。
――あの中には、茶っぽいやつもいたはずだ。トノサマ(バッタ)かもしれないけど。クルマバッタかも、(クルマバッタ)モドキかもしれないけど。
そんな事を思いながら、今でも思い出せる数十年前の図鑑でときめいていた彼らの姿を、頭に浮かべて突撃したわけです。
が。
季節はもう秋。
万全を期し長袖長ズボンで出てきたというのに、風は冷たく、バッタ達の姿はもうありませんでした。彼らの好むイネ科植物は一部白茶け始めていて、緑色が元気なのはクズばかり。地面に目を凝らしても、見つけられるのは、冬越し場所を探しているように枯草の下に潜り込もうとするクモ達だけ。
夕方、小学校から帰ってきた娘に事の顛末を話して聞かせました。生き物は何でも好きなタイプの娘は、ノスタルジー全開の私の話を、興味深そうに聞いてくれました。そしてなんと、一緒にバッタ探しをすると言うのです。
「もう寒くなったからね。バッタが出てくるのは、また来年だわね」
私は言って、母娘でしょんぼりしました。
そして翌日。
全くの無関係にしか思えない、意外な事柄への献身がつながって、出来事が起こったのです。
それはちょうど週末で、地域の芋煮会の前日でした。
母娘で準備の手伝い(もちろんボランティアです)に出かけ、数百食分の芋煮の具を剥いたり切ったりした、帰り道。
娘「もうお昼だね、おなかすいたね」
私「朝からずっとお手伝いありがとね。疲れたし、近道して帰っちゃおうか。あの草むら突っ切っても、もう虫もいないから蚊もいないよ、きっと」
娘「そっか、ラッキーだ!」
私「今年はお手伝いさんにお弁当配られるなんて思わなかったね。帰ったらお料理しないですぐ食べられて助かるう。ラッキーだった! それにしても、今日は夏みたいに暑いね」
娘「あっバッタ。あっまた」
私はドキリとし、それからぞくりとしました。
私「……ホントだ。まだいなくなった(低気温で死滅した)わけじゃなかったんだ。今日は暑いから出てきたんだ……」
娘「おかーさん、きのう言ってたバッタ、いるかなあ? あっ、今とんだやつ、茶色かったよ!!」
私「でも、身体の模様と……」
娘「あっ、足のあたり、赤かった気がする!!」
私「うそぉ!」
思わず、もらったお弁当を地面に置いて、猛然とバッタ捕りに挑み始めた私と娘。
ですが、暑さで元気を取り戻した上に成虫の立派な翅で飛行距離をどこまでも伸ばすバッタを、素手で捕まえられる訳がないのです。
私「昔は、バッタ捕り、こんなに大変じゃなかった気がするんだけどなあ……」
体重と引き換えに俊敏性を失くした人間は、大敗北を喫して帰宅しました。が、娘は、収穫は無かったのによほど楽しかったらしく、
娘「おかーさん、ごはん食べたら、もっかい、行こうよう」
私「行くの!? 行くなら、今度は長袖長ズボン必須よ?」
娘「うん!」
私「今、一番暑い時刻よ?」
娘「うん!」
既に蚊に刺された場所に自分で薬を塗りながら、暑がりのはずの娘が頷きます。甘えん坊とワガママ全開だった娘の成長ぶりに、思わず出るため息。
私「まじですか……」
急いでお昼ご飯を食べながら、母娘で真剣になって作戦を立てました。
どう考えても、虫取り網が無い事には話にならないでしょう。ですが、我が家には古い虫カゴしかありません。買うしかありません。
ですが、こんな季節にもなって、虫取り網が売っているのかどうか。
私は諦めつつ、近くのホームセンターに電話をかけました。
私「お忙しい所申し訳ありません。夏休み頃の季節商品だろうとは思いますが、虫取り網は今、置いていますでしょうか」
お店の方は、快く確認して下さいました。
店員「はい、何本かございます」
おお、なんてラッキーな!
そこで電話は終わりかけましたが、私はふっと思い、
私「ありがとうございます。どのコーナーでしょうか? アウトドア用品の辺りでしょうか?」
店員「いえ、ペット用品コーナーです」
聞いて良かった! 聞かないで行っていたら、きっと分からずに店内をさまよい、尋ねるのもおっくうになって諦めて買わずに帰ってきたかもしれません。
店員「ちなみに、クリアランスコーナーになります」
ク、クリアランス? 値引きされてるって事? なんてラッキー続き!
私「今すぐうかがいますっ」
店員「〇〇番の△△番通路ですので」
娘と二人、お店に行ってみて感動しました。尋ねもしないのに電話終わりにさらりと言ってもらえた、その通路番号の情報が無かったら、絶対に見つけられなかったであろう分かりにくい場所に、そのコーナーはあったのです。先ほどの電話は、素晴らしく気の利く店員さんに当たっていたのです。ラッキーすぎる。
私「さて、値段は……。980円くらいだと良いなー……。千円超えてたら悩むな―……」
値下げシールが何枚も重ねて貼られているそこを、娘が読みました。
娘「598円」
私「買います」
ラッキー続きすぎ。
ですが、そこで、気づいてしまったのです。
私「ねえ、これ“一本”買ったらどうなる? 『あっバッタいた、早く網持って来てよ、逃げちゃうよ、あっそんなにドタバタ走ったら……ほらぁ逃げちゃったじゃなぁい』ってな事にならない?」
娘「なる……。持ってるのがどっちでも、たぶん、なる……」
私「だよね……」
しばし悩んだ結果、“二本”買う事にしました。当初の予算ははっきり超えるけれど、イライラせず楽しい方が良いに決まっています。
親子で一本ずつ虫取り網を手に、レジに向かって店内を闊歩する自分達が、自分で可笑しいのなんのって。
私「ねえ、私達ってめっちゃやる気満々な人じゃない? 見てる人達、きっと面白いよ! しかも、“父と息子”なら視線も素通りしても、“母と娘”って!」
娘「いいんだよ! ジェンダー平等!」
私「そうだよねえ! お母さんも、今の私達みたいな母娘を見かけたら、『そうだよ、女の子だって虫取りしたいよ!』って強く思うわ! そして応援する!!」
そう。
子供の頃から、女の子で虫好きなんていう友達はいませんでした。
私は、話が合うなら男の子でも良かったのに、向こうの方から「女とは遊ばない」と距離を置かれたものでした。昆虫ネタで盛り上がるクラスの男の子達のお喋りの輪に、私も混ざりたかった。
そんな気持ちを、自分の子供に肯定してもらえる日が来るなんて。想像だにしなかった人生の幸せに、目がじんとしました。
虫取り網は結局、レジでさらに値引きになり、なんと一本200円(税込)でした。予算の半分以下で二本も手に入ってしまいました。
続きすぎる幸運に、娘と二人で大興奮です。
草原のような空き地に戻り、二人で虫取り網を手に駆け回って、
トノサマバッタ♀1匹、
ショウリョウバッタ♂1匹、
クルマバッタモドキ♂は数えきれないくらい捕れたので、一匹だけ虫カゴに入れてあとは逃がしました。
一時間ですごい収穫でした。
イボバッタもいたけど、トノサマとショウリョウに比べたらちっさくて(失礼!)興味が失せて捕りませんでした。
くだんのアカハネバッタはいませんでした。そりゃそうですよね。そんなに簡単に絶滅危惧種がいてたまるか(笑)、です。
トノサマの茶色またはクルマバッタモドキのメスらしきでっかいのもいたけど、これは逃げられました。けれど、それも含めて、本当に楽しかった。
娘はトンボも虫カゴに入れたけれど、巨大なバッタ達にトンボの羽が破かれそうだったので、逃がしてあげるよう言いました。娘は代わりにアマガエルを入れました。カエルはきっと、自分が普段口にしている数十倍の大きさの虫に囲まれて、生きた心地がしなかったに違いありません。
帰宅し、テーブルの上に虫カゴを置いて、二人でならんで眺めました。
娘「でっかいねぇ……」
私「お母さんも初めてショウリョウバッタの実物をつかまえた時は、そう思ったよ……メスはもっとでかいのよ……」
娘「見たいなあ……でも怖くてさわれない大きさだろうなあ……」
※後日、そのショウリョウバッタ♀が「私ですが何か?」という顔で登校途中の娘の目の前に現れ(現在の居住区に引っ越してから過去●年、一度もそんな事なかったのに!)、娘は捕まえて、車に曳かれない場所に移動させたそうです。寒さで弱っていたんでしょうけれど、手からはみ出すサイズを網も無しに素手で捕まえ、娘は大感激だったそうです。
娘「いつまでも眺めていられる……」
私「カッコ良いよねえ……」
虫カゴの網になっている部分からバッタが細い手を出すので、私は指を伸ばしました。バッタの小さな丸い手先が、ぎこちなく掴まる先を探して、私の指先にしがみつきます。
娘「かっかかかかわいいぃぃぃ」
私「ってかもう神々しいぃぃぃ」
夕食の準備もせず、もう、ありあわせのものを出す事にして、そのままバッタを眺め続ける女子会に突入です。
昆虫好き女子による昆虫女子会ができる日が来るなんて。
それが我が子とだなんて。
本当に、欠片も思わない人生でした。
後日談があります。
翌日、芋煮会当日の事。
芋煮が美味しく煮える頃、地域のご年配のお一人が、鍋の番をしていた私の所にやってきました。話す機会はこれまでなく、近所以外で会ったら分からないようなくらいの関係の人です。
「あのね、昨日、空き地で、お子さんと虫取りしてたでしょ」
びっくりした後、観念して、私は答えました。
「そ、そうなんです……私も娘も、じつは虫、好きで……」
笑われるかと思ったのに、その人は急に、俄然元気に、
「私もなの! それでね、これ、あげようと思って持って来たの!」
差し出されたのは、美しい蝶とクワガタムシの写真が載ったポストカード。小さな文字で、遠い遠い場所の名前が。
「えっ、こ、れ……」
「昔ね、行ってきたのよ。好きでね」
「そんな! そんな、思い出の……記念のお品じゃありませんか。そんなのいただけませ……」
「貰ってちょうだい。ね?」
結局、お礼を言ってありがたくいただき、その方が、集まってきた皆の中に紛れていくのを見送ってから、隣にいた娘が小さな声で言いました。
「……じつは私、チョウはあんまり興味ない。クワガタも」
それをその場では口に出さなかった、思いやりがちゃんと娘の中に育っていた事を感慨深く思いながら、私もコソっと言いました。
「……じつはお母さんも」
顔を見合わせて、んふふ、と笑い合い、昆虫トークが始まります。
私「お母さんが好きなのはねえ、カマキリとバッタと、ナナフシなの。見た目は全然見てないけど、大人になってから、ある時、気が付いたのよ、この三つに共通点があるって。何だと思う? 難しい言葉なんだけどね、ふか……」
娘「不完全変態でしょ。知ってるよ」
私「なんで知ってるの! 理科の授業ででもやるの?」
娘「やるけど、私は学校の図書館の図鑑で覚えた。おかーさんの時はやらなかったの?」
私「やらなかったよう……。でね、不思議な事にね、生態を知って好きになったわけじゃなくて、見た目が好きなものが、どういうわけか不完全変態のものばっかりだったのよね。でもねえ、お母さんはトンボも好きなんだ」
娘「トンボも不完全変態だよ」
私「えっ、あっ、確かに! ヤゴからさなぎにならないもんね! じゃあ他にも……」
娘「セミ」
私「あああ、セミも好きだわー。カマキリ達には劣るけど」
※後に、ハサミムシも不完全変態であると分かりました。やはり好きです。
悪名高い“G”も不完全変態ですが、衛生的な点で目の敵にせざるをえないだけで、姿形は嫌いではないと思います。一度も実物を見た事ないから断定できませんが(←爆弾発言。潔癖の実母に育てられたおかげでしょう)。
ヘビとか爬虫類でも何でも、嫌いな人の所にばかり出てきて、好きな人の前には姿を見せないって言いますしね(笑)
私「ところで、バッタ達……」
一晩だけ一緒に過ごして、後は放してやる。それが、捕まえる時に娘にさせた約束でした。
どんなに心を寄せても、知恵を絞って環境を整えてやろうとしても、飼育はとても難しい事を、私は娘の年齢の頃に知っています。
元居た場所に返してやるのが一番良い。
それが、本当に一番『良い』事なのか、答えの出ないまま、彼らを野に放す時の気持ちは、今でもはっきりと覚えています。
室内より明らかに寒い場所。捕食者から守ってなどもらえない場所。食べるものも姿を消す季節はもうすぐそこに迫り、それをどんなに必死に生き延びても、やがて全てが雪に覆われるのです。
春になれば周囲の田畑には農薬が蒔かれ、突然地中がコンクリートで埋め立てられて建物が建つかもしれない場所。
この日、私は、朝から火をおこし、芋煮を煮る係でした。娘は、前日に私と
一緒にきゃあきゃあ走り回ったあの場所に、今日は一人で、どんな思いで、あのバッタ達を放してきたのでしょうか。
私「……放してきた?」
娘「……うん」
私「……そう」
ポストカードの、それはそれは美しい紋様の翅をした蝶と、クワガタの甲のしっとりとした艶色に、私と娘は、しばし、見入ったのでした。