【鳥取・余部】わたしらしい「旅の記録」を。
「余部鉄橋に行けますように」。
この夏、長男が書いた七夕の短冊だ。
「余部鉄橋?なんで?」。
短冊を見かけた多くの人に、不思議な顔をされていた。
たしかに、4歳の短冊にしては渋い。
でも、彼は大真面目だ。
たまたまテレビで見た、「余部鉄橋」の特集。
「こんな高いところに駅があるんだあ」と感心していた長男は、いつのまにか「余部鉄橋」への夢をむくむくと膨らませていたらしい。
彼の「行きたいところリスト」には、堂々の一位に「余部鉄橋」が書かれた。
そんなに行きたいなら、連れて行かねば!
そう決意した夏から、じわじわと時間が過ぎた。
余部鉄橋「だけ」に行くというのが、なんだか、もったいないような気がして。
友人からは、「何もないよ?」「そこだけ行くの?」と、散々言われた。
そうなのかあ。
じゃあ、他の場所も一緒に行ってしまおうか。
よし、いっそのこと「旅行」だ!!
そこから、長男の「行きたいところリスト」に目を通し、「鳥取」と「温泉お泊まり」もピックアップする。
こうして、「鳥取砂丘→湯村温泉→余部鉄橋を巡る一泊二日の旅」が始まったのだ。
◇◇◇
まず、鳥取砂丘へ。
実は、砂丘自体はオマケで、目的地は砂丘の隣にある「鳥取砂丘子どもの国」だ。
夫が運転、助手席に長男、後ろにわたしと次男が乗り込み、2時間ほどの道をゆく。
道中、10個以上のトンネルを通った。
通るたびに『のせてのせて』という絵本の「トンネル、トンネル、まっくら、まっくら」のフレーズをみんなで口ずさんだ。
また、香美町を通った際には、道路の雪を溶かす散水テストをやっていて、道の真ん中や左右から、水が噴き出しておもしろかった。
水が窓にブシャーっとかかるたび、長男はゲラゲラとひっくり返った。
さて。
そんな盛り上がりを見せるも、さすがに2時間も経つと、子どもたちの限界が近づく。
「まだ?」「あと何秒?」「づがれだあぁ」をループする長男を宥めつつ、降りたがる次男を歌でごまかす。
車内の盛り上がりは、わたしにかかっている。
歌って踊って、なんとか子どもの正気を保ちつつ、無事に鳥取砂丘にたどり着いた。
◇
長男は、思ったほど喜ばなかった。
移動で疲れていたため、「もう砂場はいいよ、次行こう」としゃがみ込む。
対して次男は、喜んだ。
広い砂地を走りまわり、足跡がつくことを不思議がり、ウキウキと嬉しそうに笑った。
まぁ見たからもういいか、と切り替えて、砂丘観光ははさっさと終え、いよいよ「子どもの国」へ向かう。
この日は企業のイベントをしており、ブースにはそれなりに人がいたのだが、休日のわりには混んでおらず、程よい賑わいがちょうどよかった。
広すぎない敷地に、遊具が点在。
あっちでもこっちでも遊べます、という感じ。
長男は、一つの遊具をじっくり隅々まで遊び尽くすタイプなので、2時間近く同じ遊具で遊んでいた。
次男は、ウロウロと小さい子用の遊具で遊んだり、キッチンカーでおやつを食べたり。
カラッとした気持ちの良い晴天の下、夫と二手に分かれ、合流したり別れたりを繰り返しながら、好きなだけ遊ばせた。
次男とベンチで、昼ごはんを食べているとき。
近くの企業ブースに、サッカーゴール対決ができる場所があり、犬のキャラクターの着ぐるみが、ゴールキーパーをつとめていた。
眺めていると、少年たちがわぁっと駆け寄り、もじもじと声をかけている。
その第一声、「Hello‥!」。
「着ぐるみに絡むのって、外国人に話しかけるような気持ちなのね」と和みつつ、すぐにハイタッチして打ち解け合う少年たちが、なんだか頼もしかった。
ゴールは入ったり止められたりで、犬のキャラクターが俊敏にボールを受け止めるたびに、次男はきゃっきゃと喜んだ。
さて、すっかり夕方。
4時間以上滞在し、まだまだ遊べるところを残しつつ、体力も限界なので、公園をあとにする。
ここから、兵庫県新温泉町にある湯村温泉のお宿に向かう。
ほんとうは、日帰りできる距離なのだが、この旅の目的は「余部鉄橋」。
それは明日に残しつつ、今夜は無理せず近くの宿に泊まって、ゆっくりしようという魂胆だった。
どこに泊まったか、詳しくは書かない。
玄関から、とても立派なお宿だった。
到着すると、羽織のおじさんが駐車場の案内や荷物持ちをしてくださったのだけど、方言が聞き取れなくて、夫は何度も「え?ん?」と聞き返していた。
なんだか、異国の地へ来たかのようだ。
お庭の綺麗なロビーでお抹茶を出してもらって、それを飲みつつ、もうすっかり来たことに満足しているわたしと夫。
旅はいいねえ、と呟き合う。
長男が「早く温泉行こ!」とせがむので、部屋に入ると、早々に夫と連れ立って、温泉に出かけていった。
余部鉄橋といい、温泉といい、チョイスがいちいち渋い長男(5歳)である。
わたしも、子どもたちを寝かしつけたあと、少しだけひとり温泉を堪能した。
肩まであったかい湯に浸かるのは久しぶりで、もうそれだけで大満足。
そういえばわたし、「温泉」が好きだったなあ。
子育てですっかり忘れていた、「温泉やお風呂が好き」という気持ちを、ここに来てようやく思い出した。
そうだよ、もっと温泉行こう。
温泉宿に泊まるの、好きだったんだから。
あわ風呂にぶくぶく浮かびながら、次の旅行に思いを馳せた。
こうして、1日目はあっという間に終わりへ。
寝る前、今日はSNSをまったく見ていないことに気がついて、むふふと笑う。
日常から離れるという価値。
旅先でしか味わえない、現地の空気。
「ああ、今旅してるなあ」とほくほくしながら、眠りについた。
◇
翌朝5時。
いつものように、次男に叩き起こされる。
館内が広いと、こういう時にありがたい。
長男を起こさないよう、次男を連れて、そっと部屋を出る。
外はまだ暗い。
誰もいないロビーをうろうろ散策しながら、長男が起きるまでの時間を潰した。
パジャマのままの次男は、人気のない廊下をとことこ歩けて、楽しそうだった。
なんとか時間を潰し、長男も起きて、しばらく部屋でのんびり過ごす。
この時期ならではなのか、こたつが用意してあって、そこに全員で足を突っ込み、熱いお茶を飲んだ。
実家か、おばあちゃん家のような居心地。
「旅に来て良かった」と思うときは、こういうときだよなあと、こたつを囲みながら、しみじみ。
朝ごはんを済ませたら、いよいよこの旅の目的、「余部鉄橋」である。
湯村温泉からは、20〜30分ほどで着いた。
この日もいい天気で、それなりに人もいた。
たしかに、何もないといえば、ない。
でも、高い頭上の鉄橋までは、スケルトンなエレベーター「クリスタルタワー」がつながっていたし、そのふもとには小さな公園もあって、子どもたちは十分喜んだ。
地上から約40m上の「空の駅」に向かう。
透明なエレベーターに乗り込み、高く高くのぼって、到着。
着いた途端、夫が言う。
「あ、おれ、降りるわ」。
そのまま静かにエレベーターに乗り込み、ひとりきりで降りていった。
滞在時間、わずか5秒。
高所恐怖症の夫には、「余部鉄橋」は無理だったようだ。
そんなことは予想どおりなので、特に驚くこともなく、わたし一人で、長男と次男を連れて歩く。
柵がしっかりとあるし、広くもないので、子ども二人を見るくらいなら余裕である。
遠くには、濃い青色の海。
水平線に、白い船。
しつこすぎない海風が気持ちいい。
山と海に囲まれた、清々しい眺めだった。
歩ける線路があるので、その上をぴょんぴょん歩いて、そのまま余部駅へ。
当然、無人駅。
時刻表を見ると、「ちょうど電車が来る頃だよ」と、親切なおじさんが教えてくれた。
みんな、観光客だろう。
同じ方向にカメラを構えて、普通電車の到着を待っている。
「この駅にはたくさん人がいるけど、電車が来ても誰も乗らないんだから、不思議な駅だよね」と、誰かが話していた。
たしかに、と頷く。
しかし、オレンジ色の電車がやってきたとき、隣に立っていたおばあさんが淡々と電車に乗り込んでいったので、おもわず目で追った。
このおばあさんにとって、地上40mの駅から電車に乗ることは、「日常」なのだ。
こんなに高い場所から、一日が始まるなんて。
おばあさんの日常と、わたしたち観光客の世界とが混じり合うこの場所。
二つの世界が重なったようで、歪な感じがした。
オレンジの電車が行ってしまうと、みんなあっという間に、地上に戻り始めた。
徒歩で下る道もあったが、長男はエレベーターが気に入ったようだったので、ふたたび「クリスタルタワー」のエレベーターで地上へもどる。
ベンチで背を丸める夫と合流し、そのまま小さな公園でしばらく遊んだ。
帰る前に、海につながる川辺に降りて、ツルツルと丸くなった石を探した。
ふと、背後でぼしゃんと水音がして振り返ると、おじいさんが巨大や魚を釣り上げたところだった。
「鮭だよ!」とおじいさんが叫ぶ。
立派な鮭をこちらに見せつけてくるので、讃えるように、次男と拍手した。
川の向こうには、おばあさんもいて、「もう一匹いるよ!」と、おじいさんに指示を出していた。
釣った鮭、自分で捌いて食べるのかな。
お二人の今夜の晩御飯を想像しながら、ふたたび車に乗り込む。
さあ、帰る時間だ。
目的はすべて、やりとげた。
「余部鉄橋」だけだと、少し物足りなかったかもしれない。
でも、私たちは昨日鳥取でよく遊び、温泉にも泊まった。
その帰りに寄ったので、ついで感がちょうど良かった。
こうして、「鳥取砂丘→湯村温泉→余部鉄橋をめぐる一泊二日の旅」は終わった。
家族全員、とても満足のいく旅となった。
◇◇◇
この旅では、意識して「旅のメモ」をとった。
携帯のメモを見返すと、
など、旅の大きな出来事とは、まったく関係ないことが、たくさん書かれていた。
書いていなかったら、100%忘れてしまうような、すごく「どうでもいいこと」ばかりだ。
でもそれが、よかった。
そういう「どうでもいい」のカケラを見ながら、わたしは旅を振り返った。
写真では思い出せない旅の景色や、味や、空気を、メモが思い出させてくれた。
このメモが、「わたしらしい旅」なのだ。
鳥取も、余部鉄橋も、わたしより何度も行ったことのある人は大勢いる。
もっと素敵な旅の記録をまとめている人だってたくさんいる。
でも、このメモに書いたことは、「わたしだけ」の体験だ。
どこへ行ったか、じゃない。
わたしが旅先で「どう過ごしたのか」。
その「わたしらしさ」を記録に残したい。
そう思って、今これを書いている。
まだまだ、「どうでもいいこと」はたくさんメモしてきたのだけど、このへんにして。
メモは消さずに、大切にしまっておく。
このメモが、わたしの旅の思い出だ。
読み返せば、きっとまた、この旅のことを思い出すだろう。
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