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邦ロックと読書好き近大生、尾崎世界観の『転の声』を読む

邦ロックと読書好き近大生、尾崎世界観の『転の声』を読む


こんにちは。近畿大学図書館サポーターApricot ConciergeのサポーターKです。

夏休みも残すところあと一か月。みなさんいかがお過ごしでしょうか?

私は3泊4日のゼミ合宿が終わってほっとしています。


今回は本紹介+読書感想文なるものを書いてみます。読書感想文。小学生以来の響きです。


さて、2024年7月17日、今年上半期の芥川賞が発表されました。

結果は『サンショウウオの四十九日』(著・朝比奈秋)と「バリ山行」(著・松永K山蔵)のW受賞となりました。

今回取り上げる『転の声』は本年度上半期の芥川賞の候補作です。作者の尾崎世界観はバンド・クリープハイプのギターボーカルを務めるミュージシャンで、今回は2020年(下期)の『母影』に続く二度目のノミネートとなります。

実は私、ライブやフェスに行くのが好きなのですが、この発表があった7月20日にクリープハイプも出演した『OSAKA GIGANTIC MUSIC FESTIVAL 2024』に行ってきました。MCで「落ち込んでいる」と仰っていた金髪の尾崎さんが非常に印象に残っています。何に落ち込んでいるか、までは言及されませんでしたが、やはり芥川賞関係だったのかな……と後日彼がパーソナリティを務めるラジオを聞いて思いました。


じゃあここから本題へ!

※注意※

ここから先、転の声のネタバレが含まれます。

未読の方はご注意ください。


転の声あらすじ

「俺を転売して下さい」喉の不調に悩む以内右手はカリスマ”転売ヤー”に魂を売った⁉ ミュージシャンの心裏を赤裸々に描き出す。 主人公の以内右手は、ロックバンド「GiCCHO」のボーカリストだ。着実に実績をつくり、ようやくテレビの人気生放送音楽番組に初出演を果たしたばかり。しかし、以内は焦っていた。あるときから思うように声が出なくなり、自分の書いた曲をうまく歌いこなせない。この状態で、今後、バンドをどうやってプレミアムな存在に押し上げていったらいいのだろうか……。 そんなとき、カリスマ転売ヤー・エセケンの甘い言葉が以内の耳をくすぐる。「地力のあるアーティストこそ、転売を通してしっかりとプレミアを感じるべきです。定価にプレミアが付く。これはただの変化じゃない。進化だ。【展売】だ」 自分のチケットにプレミアが付くたび、密かに湧き上がる喜び。やがて、以内の後ろ暗い欲望は溢れ出し、どこまでも暴走していく…… 果たして、以内とバンドの行きつく先は? 著者にしか書けない、虚実皮膜のバンド小説にしてエゴサ文学の到達点。
(引用元/https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163918822)

(引用元/https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163918822)

あらすじでもわかるように、本作は転売が合法化された設定です。

転売の専門業者が現れ、転売専門雑誌もあります。転売ヤーはYoutuberのようなインフルエンサーとしての立ち位置を手に入れました。

転売はミュージシャンに付加価値を付ける行為で、転売ヤーはミュージシャンよりも優位な位置にある……という舞台設定になっています。

現在の日本では、ライブ含め転売は限りなく黒に近いグレーな行為ですが、このような世界になったら転売の位置付けはどのように変わるのでしょうか?


圧倒的ライブ描写

現役のアーティストの方が描かれているので、この描写のリアリティが凄まじいです。

夏フェスで他のバンドのタオルを握りしめた地蔵、「ディッキーズ」を履いてモッシュ・ダイブを繰り返すライブキッズ。


フェスはぷよぷよだ。いかに自分たちに好意を持つ客たちを連鎖させるか』(転の声P57,2行目より)

(転の声,P57,2行目より)

この喩えを見たとき、「なるほどぉ~」と心の中で勝手に盛り上がっていました。

ワンマンライブの描写も面白かったです。最前列を陣取るワーキャーの客たち。演奏の合間に演者が水を飲むだけで叫ぶ人、いますよね。こういった細かい描写は、普段フェスやライブハウスのステージに立っているからこそ描けるのだと思います。


転売とプレミア

転売が合法化され、アーティストがのし上がるには転売が必要な世界。もっというと、転売によって得られる「プレミア」が彼らには必要です。

転売によって人気バンドとなった「LIVE IS MONEY」の影響もあり、主人公の以内も自身のチケットに、ライブに、そしてバンドに「プレミア」を求めています。手に汗握りながらSNSでバンドのエゴサをする日々を送っていました。

この世界で面白い点はバンドの価値に音楽が貢献しなくなることです。

中盤、以内が所属するバンドGiCCHOはワンマンツアーを行うのですが、地方の会場では空席が生じライブチケットは定価として流通します。

しかし以内がライブで偶然水を吐き出した後、ファンがSNSで騒ぎだし次の公演のチケットが転売され「プレミア」が付くようになります。

たまたま水を吐き出した以内が今度はわざと水を吐きます。だってプレミアが欲しいから。

『そうだ、自分の口の中には今まさにプレミアが詰まっているんだ』
(転の声,P98,7行目より)

(転の声,P98,7行目より)

以内が吐き出した水はファンにとっては「聖水」となり、プレミアを付けるわけです。
遠方からやってきたファンが、チケットを手に入れることができず、音漏れを聞いて一人盛り上がる。SNSで書き込まれたらバズりそうなドラマチックなエピソードがよりライブのプレミアを付けたかと思えば、以内のMCの一言でプレミアが急降下する。


そこに、彼が生み出した音は、彼が不調の喉を振り絞って出した声は、一切介入しません。


正直、読んでいて良い意味で不快感を覚えました。私は好きなバンドがこんな風になったら耐えられないです。静かにファンをやめると思います。

やがてこの「プレミア」と「転売」は「無観客ライブ」にまで影響を及ぼすようになります。無観客ライブといえば、数年前のコロナ禍の際に普及した文化ですが、最近は少なくなりましたね。

この「無観客ライブ」が転の声では「転売」と同じくらい重要なキーワードです。

「プレミアが付いて価値の高まったチケットを買ったうえで、敢えて公演に行かない」『転の声』の世界ではこの形態が理想とされている空席の形らしく、この空席を狙った無観客ライブが海外では主流になってきています。

終盤、日本でも大型の無観客ライブが開催されますが、この無観客ライブが物語のクライマックスを大きく歪ませていきます。ひずませます。バンドだけに。なんちゃって。

どのようなライブが行われたかは実際に本編を読んで頂くとして……。

『ライブにさえ行かなければ、観客はアーティストと対等でいられるというのを浮き彫りにした。ちゃんとチケットを買って自分の席があるのに、あえてライブに行かないというその意思は、これまでライブに行ってアーティストから感動を与えられる一方だった彼らが、ようやく手に入れた表現の一つなんです』
(転の声,p41,10行目~13行目より)

(転の声,p41,10行目~13行目より)

作中ではこんな言い分が出てきます。中々尖ったロジックですよね。

私はこの言い分があまり納得いかなかったのです。だって、ライブチケットを買うのってアーティストが紡ぐ音楽で感動したいから払う人が大半だと思うんです。「与えらる」というより「貰う」という方がしっくりくるんですよね。

これは転売業者側の人間の言い分なのですが、皆さんはどう思われますか?

ここまで書いて改めて思ったのは『転の声』の世界においては転売によりバンドの価値が高まると、反比例するように音楽の価値が薄まるということ。

現実でも売り出し中の若手バンドなどには所謂「顔ファン」という音楽ではなく彼らのパフォーマンスやバンドマンとしての側面が好きなファンは一定数います。

「顔ファン」は少数のため、XなどのSNSでは批判の対象となってしまうこともあるのですが、『転の声』では言及こそされていないもののこの「顔ファン」が転売によりある程度の地位を得た世界なのではないかと思いました。

作中ではGiCCHOのファンによるSNSの投稿も描写されているのですが、音楽に言及したものがほとんど無いんですよね。

皮肉めいた一面が強いと思いました。


「プレミア」とはなんなのか


これを言ってしまったら身も蓋もないと思うのですが、言います。


『転の声』におけるプレミアって、正直プレミアではないと思うんですよ。


バンドマンのちょっとした行動や、些細な一言で上下するようなものが「プレミア」とは到底思えないわけです。

じゃあお前は何が「プレミア」なんだよ、言ってみろよ、と思う方もいるかもしれません。

「プレミア」って、そう簡単に変わらないものだと思うんです。

先ほど言及したSNSの描写に戻ります。GiCCHOのツアー中、各公演後に以内の水のパフォーマンスや、MCの一言に関する投稿が多い中、全く内容の違う「とある投稿」だけが依然として内容が変わらず各公演後に投稿されます。(めっちゃ伏線です)

この投稿こそが、この投稿をしたファンこそが、GiCCHOの本当のプレミアだと思いました。


そして、私自身も好きなアーティストを応援する際は、このようなファンでありたいと強く思ったのです。

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