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泳げない私が船舶免許を取ったワケ


#わたしと海

水上バイクとの出会い

海と言えば、海水浴。サーフィン。親子連れでも、友達同志でも、誰と来ても(一人で来ても)楽しめる場所。それが海の一般的なイメージだろう。だが私は小学生の低学年のときに海で溺れて以来、海は遊ぶ場所から見る場所へと変わった。それから10年間私は海に来て、毎年ただ海を見つめていた。

できれば行きたくない。でも親戚との夏のレジャーに海は付き物だった。浜育ちの従弟たちが海で泳ぐ姿は見ていて爽快だ。従弟たちは、潜るのは難しいけど楽しいよと言って、潜り方を教えてくれる。でも、私は海には絶対に入らないと決めていて、荷物番に徹していた。

ある年の夏。またもや従弟から海に誘われた。時間つぶしのためのビールとスナックを買って。例年の夏を予想していた。なのに、まさかの転機が訪れた。バッグの底に忍ばせていた水着が役立つ日が来ようとは。

なんと従弟が水上バイクを買ったのだ。そして水上バイクを砂浜に牽引できるように、車もランドクルーザーに買い替えられていた。颯爽と彼らは現れた。水上バイクの新品の傷一つない光る船体。光を照り返す白い塗装。船ともバイクとも違う近未来的な形。

「かっこいい!」

従弟たちは早速水上バイクで海に入ると、車体の両脇に高々と水しぶきを上げながら、大海原を豪快に走っていった。

「佑月も乗る?」

海への恐怖が克服されたわけではない。だが水上バイクには抗いがたい魅力があった。私も海の上を跳ねるように走る水上バイクに乗ってみたい。ライフジャケットを着るから大丈夫だよと言う従弟の言葉が、私の背中を押してくれた。カバンから水着を引っ張り出して着替えを済ませると、ライフジャケットを着て、従弟の背中につかまった

ビュンビュン加速する。波に当たるたびに軽くジャンプする。ザッ、ザッ、ザッ。泡立つ波しぶき。潮風が強く顔に当たる。遊園地のジェットコースターに乗ったかのようなワクワク感。時間にすると15分ぐらいだったと思う。最後には、従弟につかまっていた手を強く握りしめすぎて、手がジンジンする。でも気持ちがいい。
「私も運転したい」
海嫌いの私の突然かつ大胆発言。従弟たちは唖然としていたが、水上バイクを運転するためには船舶免許が必要だから運転はできないのだと教えてくれた。

船舶免許を取得。渦潮の川崎沖で初操縦

北海道から東京に戻ってきたものの、水上バイクに乗った感覚はいつまでも忘れられなかった。船舶免許がどんなものかイメージもつかぬまま、スクールに飛び込んだ。水上バイクは4級免許(今は2級免許と併合されている)で乗ることができて、1日の座学と、1日の実地訓練の合計2日で免許が取れるということだった。

「座学は問題なさそう。実地訓練も1日の座学ですぐ運転させくれるようなものだから、楽勝で免許をとれそう」と甘く見ていた。

実地訓練の前日はワクワクして眠れなかった。ようやく、運転できる日が来た。試験場は川崎沖。停泊所には小型船舶だった。その船を見たとたん、自分の甘さを呪った。水上バイクとあまりに大きさが違うし操作も複雑そうだ。だが船は無情にも出航した。

試験内容は、一定の距離を走って回旋して桟橋に戻れたら合格というものだ。だが、当日は、川崎沖には大きな潮が渦を巻いている。そして強風。教官たちの緊迫感が伝わり、プレッシャーが大きくなる。「そろそろ戻りましょうか」「あそこは避けた方がいいですね」小声で話しているつもりなのだろうが、その場にいた練習生には筒抜けだった。なんとか渦潮を回避して船着き場に着岸したときには、ようやく生きた心地がした。

座学はまだしも実地訓練は本格的で、意外と大変な試験なのだと気づかされた。だが、悪天候で途中で岸に戻ったため、試験中にあまり操縦していない。こんな人に免許を与えて大丈夫なのだろうか。だが、おそらく合格率100%の試験なのだろう。無事に4級免許を取得することができた。

それからは夏休みが待ち遠しかった。北海道に帰るとすぐさま従弟たちと海に行った。船舶免許をかざして見せると、従弟はにやりと笑った。
いよいよ、はじめての水上バイクの運転。車ほどスピードは出ていないのだが、潮風が体に当たり、体感的にはかなりのスピードを出している感じがする。水しぶきが体に当たり、炎天下なのに体がひんやりする。船舶免許の試験はかなり危なっかしい感じだったが、水上バイクの操作は単純で私でも問題なく操縦できた。

だが、今度は水上バイクが欲しくなってしまった。北海道で水上バイクを買いたいと夫に向かって駄々をこねた。すると、水上バイク用の収納場所を借りる必要があること。普通の車では砂浜に入れないので車を買い替える必要があること。めったに北海道に帰ってこないのに、多額の出費がかかることなど理論的に説明された。法外な金額をかけてまで自分で所有するのは難しいということは明らかで、泣く泣く諦めた。

帰り際、従弟たちに、来年の夏も絶対水上バイクに乗らせてくれることを約束した。

泳げない私だが、再び海を好きになったのは、ひとえに水上バイクのおかげだ。夏が楽しみで仕方ない。

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