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超お買い得?在庫3本まとめ買いのプラチナ・ベラージュ

市内にある昔ながらの文具店で15年ほど前に見つけ、在庫の3本をまとめ買い。このプラチナ・ベラージュは同じ3本のうち最後に残った1本である。

仕事で使う事務用品か何かを発注するため立ち寄った文具店だった。待っている間、店内を見回しているとガラスケースに並んだ万年筆に目が釘づけになった。私にとって万年筆は、あくまで酷使されるのが前提、日常使いの筆記具であるため、軸に華美な装飾が入ったものや、見かけがあまりにも立派過ぎるものは自然と避けてきた。そこにあったのは、まさに私好みのシンプルなデザインだった。

天冠には真鍮製のパーツが重りとなっているため、キャップポストすると高重心となる。キャップを尻軸側にささなくても十分に軸は長い。
キャップポストするとキャップと軸の関係はフラットである。ソリッドでシンプル。完成された工業デザインは、当時のグッドデザイン賞に輝いている。

愛想のいい中年女性の店の人に見せてほしいと頼むと、「書けるかどうか分からないから」と言いながらインク瓶を出してきて試し書きさせてくれた。ステンレス製の冷たくやや重みのある軸はガタつきがなく質感が高い。キャップポストでまっすぐのびる全体のライン。いかにも「道具」である。ペン先は細身の14金仕様、プラチナのイニシャル、Pマークの下には中字を意味する「中」の文字が刻まれている。金ペンらしい柔らかなしなりが感じられる書き味でかすれはない。実はこの万年筆には、プラチナお家芸かと思っていたインクフローの渋さがない。中字といいつつ極めて線の細い筆記ながら、豊かなインクフローはあらためてプラチナを好きになる理由として十分である。

14金ホワイトゴールドのペン先は万年筆らしい柔らかなしなりを感じられる。

5000円の値札が付いている。仕事ついでに来た文具店でいきなり5000円の出費か〜とは思ったが、あまりにもこの万年筆が気に入ってしまい、思い切って買うことにした。すると次の瞬間、店の人は「1500円でいいよ。古いものだし」と言う。え?耳を疑う。5000円が1500円!?「じゃあこれ全部下さい」 全く同じ万年筆、プラチナ・ベラージュのデッドストック3本は総額わずか4500円で私のものになったのだ。

ほくほくで帰宅して、さっそくインクを入れて数日使っていると、首軸からのインク漏れがひどく、ただキャップを外すだけで必ず手が汚れた。何度か試したが3本中2本はこの症状で使い物にならなかった。その中で唯一故障がなく現在も現役使用しているのが最後に残ったこの1本である。

店頭で初めてこの万年筆を見かけた時は、実際のところプラチナ製ということ以外は名前も素性も分からなかった。シルバーの本体に、飾り気のないマットな質感の、黒い直線的なクリップがついただけの万年筆には、メーカー表記しかなかったのだ。

プラチナのベラージュ万年筆が発売されたのは1979(昭和54)年、シンプルな造形は当時の通産省グッドデザイン賞を受賞している。なるほど、ただならぬデザインの完成度であるのも頷ける。14金のペン先は、現代のプラチナ製ペン先に通じる絞り製法で作られている。裏返すとペン先裏は透明樹脂になっているのが分かる。

ペン先裏を見ると、プラチナの伝統的な絞り製法によって作られていることが分かる。透明樹脂パーツに金のペン先が透けて見える。
黒くマット塗装された金属製クリップ。シンプルな直線形状で飾り気がないところがよい。

当然ながら今も昔もプラチナの万年筆にはプラチナのインクカートリッジが普通に使える。おなじみ撹拌用の金属ボールが内蔵されたカートリッジである。長年規格が変更されていないということは、万年筆業界では当然のように思うが、他の業界ではしょっちゅう規格変更される分野もあって、いかに万年筆が息の長い世界であるか分かる。

万年筆が日常使いの筆記具だった時代が終わりを迎えつつある頃に生まれたベラージュは、一般筆記具としてのボールペンが世界中を席巻していく中、消費者の目にどう映ったのだろう。やがてはボールペンですらも嗜好品、趣味の文具となるに違いない。一見すると、あまりに日常的で素朴な道具のようにも思える筆記具たちだが、その歴史は古く、振り返ると世界中の名だたるメーカーが開発にしのぎを削り、世界初の技術を投入し生まれた製品が数多く存在する。PC作成の資料が当たり前の時代、ペーパーレス、押印レス、稟議書の電子決裁システムなどの導入で、紙やペンすら不要になりつつある。高品質な筆記具作りのノウハウを有する日本をはじめとした世界中の筆記具メーカーの将来は、この先どうなってゆくのか分からないが、蓄積された高度な技術をけして失わず未来に手渡していってほしい。

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