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私たちにとってのセブンといえば
ブラッド・ピット、モーガン・フリーマン出演の映画「セブン」に触れて、「ウルトラセブン」に触れないのはあまりにも不公平だ。
同セブンを初めて見たのは1970年代の終わり頃か80年代初めにかけての再放送だった。それが再放送だったと知ったのは随分大人になってからのことである。再放送とはいえ、むしろ当時、ウルトラマンシリーズは最も熱いタイトルだった。初代や帰ってきたウルトラマンよりも、エース、タロウ、レオ、エイティ、中でもセブンの人気が半端なかった。これらが既に再放送だったなんて、同級生の誰も思っていなかったし、言っても信じなかっただろうと思う。一部の賢い子と大人たちは当然知っていたはずだが、私たちにとってそんな事情はどうでもよかったのだ。
街の本屋さんには、新刊としてウルトラマンシリーズの怪獣大百科が販売されていたし、夏休み頃になれば毎日夕方、再放送の再放送がテレビ放映されていた。再放送のウルトラマンシリーズは、その当時の新作仮面ライダーや戦隊ヒーローものと肩を並べる人気ぶりだったのである。
セブンの良さは、森次晃嗣演じる主人公、モロボシ・ダンが変身する際に用いるメガネ型モジュールにあるといっても過言ではない。いや無論、頭頂部の鋭利な飛び道具・アイスラッガー、ひし美ゆり子演じるアンヌ隊員、セブンセブンセブンと連呼する主題歌、カプセル怪獣、ポインター号などなど、その良さをあげればキリがない。たくさんの良いところがあって絞りきれないが、それまで変身アイテムといえば手に持って空高く掲げるものと思っていたものが、メガネ型である。変身途中の顔半分が人間というイメージにも驚いた。
ウルトラマンシリーズでは、この変身シーンを見なければ気がすまない。「水戸黄門」の印籠登場、一同はは〜〜のシーンを見ないと誰の気もすまないのと同じ原理である。分かってはいるが、けして”はしょる”ことのできない定番シーン。同じ曲の同じサビのリフレイン、お気に入りの曲を何度も巻き戻しては聴いている、そんなイメージだ。「そんなのワンパターンだ」といって変えてはいけない。そのままでいい、そのままがいいのだ。
ウルトラマンシリーズや昔の時代劇などには、お決まりのシーンがあった。それが好きな人も嫌いな人もいるだろう。先が読めないドラマのおもしろさがあれば、先が読めるからこそのおもしろさもあるのだと思う。
アンヌ隊員の魅力については各方面で取り上げられ、いまだ語り尽くされていないのか、最近になっても写真集などが発売されている。私も当然のことながら、「アンヌへの手紙。ひし美ゆり子写真集』(1997年初版発行)を発売時に購入している。夜な夜な見ていた「トゥナイトⅡ」で紹介されていて、すぐに書店へ走ったのだ。
本棚の写真集を確認すると、これがまた初版ではなかった。なんということだ。第3刷だと?まぁ、よろしい。速攻買いに走ったつもりが既に版を重ねていたわけだが、それだけこの写真集が当時売れていたわけである。写真集の中身が劣るわけでなし、この先も大切にするつもりである。
映画「セブン」の公開時、日本では誰もがウルトラマンの方のセブンを一度は想像したことだろう。イレブンだとか、セブンスターだとか、ラッキーセブンだとかと聞くたびに、私は「ウルトラセブン」を思い出す。
夢を見てその内容をはっきりとおぼえていることはあまりない方だが、小学生の頃に見た夢の中でも、自分がウルトラマンになった夢のことはよくおぼえている。中でもセブンに、である。巨大化し、ビルを眼下に飛んでいる時の風圧の強さまで。
家族が起きてきたので、今日はここまで。