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使い込むほど増す傷は美しい。人も同じ、と彼は言った。
2005年頃のこと、新品のiPod miniを買った当時、入っていたそのカラフルな箱の側面だったか取扱説明書だったと思う、日本語で次のような意味の言葉が書かれていた。
アルミ製の本体は色落ちすることがあります。まるで履き込んだジーンズのように。
箱も説明書も捨ててしまい、書かれていた正確な表現は思い出せない。しかしそういう意味の言葉がはっきりと記載されていて、私は当時最新のデジタルガジェットの説明書きに書かれた、経年劣化を「味」として、むしろ美点であるかのごとく自信をもって謳ったそのコピーにすっかり魅せられてしまった。
次々と最新モデルが登場し常に買い替えられる運命のデジタルガジェットたちにとって、経年劣化は死を宣告されているかのように不吉な言葉の響きがある。スティーブ・ジョブズが、擦り傷のついたステンレスを美しいと言い、人も同じようなものーと表現したのはよく知られるところだが、デジタルオーディオ機器の金属製ボディにつく傷をダメージジーンズに例えるセンスは、それまでのPC、音楽機器や家電市場のどこを見まわしても存在しなかった。
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初期iPodのステンレス筐体には、日本の町工場の伝統的な研磨技術が用いられた。ピカピカに磨き上げられ鏡面仕上げされた本体は、明らかに傷つきやすい仕上げだったと思う。しかしそこに小傷が増えれば増えるほど愛着が増したはずだ。
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初代Apple Watchのステンレスケースは、iPhone 3Gを彷彿とさせるのと同時に、iPodの背面仕上げにも似ている。新品の頃はこの上なく美しく、そして使い込んだ時には小傷が目立ちながらも味わいを増す。そこには、いかにもジョブズらしいセンスがあった。Appleデザインの要を担っていたジョナサン・アイブは、ジョブズの追悼スピーチも務めた人物だが、アイブ自身によって発表された初代Apple Watcのデザインには、あまりにも個性的で伝説的なCEOへの哀悼の意が込められていたのかもしれない。そして、当然のことながら伝説的CEOの存在をも踏み越えて、現在のApple製品に商業的な意味をもたらす必要性があったはずである。
はたして、まもなく迎える2025年のApple製品が、使えば使うほど美しく愛着が増すものかどうかは分からない。ジョナサン・アイブが退社した後も何らかの形でAppleのデザインに関与している今のところ、ジョブズイズムはまだApple製品の中に静かに息づいているようにも見える。