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映像化され再び脚光を浴びるフィリップ・K・ディックのSF小説たち
1982年の映画「ブレードランナー」は大好きな作品である。そして35年以上の時を経て作られた続編「ブレードランナー2049」(2017年/監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ)も、とてもよくできた映画だった(異論は認めます)。
これら2つの新旧映画作品が、作家:フィリップ・K・ディックの傑作SF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1968年)を底本としていることを多くの人がご存知のことだろう。映画は小説の世界を新たな視点で解釈し、とくにリドリー・スコット監督の’82年版では、オリエンタルでエキゾチックな日本の雰囲気を近未来世界の街並みへ巧みに取り込んだ、独特で不思議な景色を見せてくれた。
「SF(サイエンス・フィクション)」とは、つまりこれこれこういうものである―という説明は私には少々難しいが、私の大好きなフィリップ・K・ディックの小説群は、サイエンス・フィクションの歴史の中でも、きっと指折りの代表的な著作ばかりだと言えるだろう。
数多くの短編、中・長編作品を残しているディックの作品は、どれも非常におもしろい。アイデアに富み、人間への鋭い洞察、「人間とは何か?」という根源的な問いを根底に置いて、様々な世界をときに皮肉を込めながら小説の中に描いている。
中でも、「電気羊」ではアンドロイド(人造人間。映画では「レプリカント」とよばれる)を執拗に追い詰める、もの憂げな刑事役が登場するなど、映画化になじみやすい作品の一つであった。
「スターウォーズ」ではミレニアム・ファルコン号の、どことなくコミカルだが頼り甲斐あるリーダー、ソロ船長役を務めたハリソン・フォード演じる刑事、デッカード。小説とは設定が少し異なるが、映画の主人公は映画の主人公として、人間らしい生き生きとした姿が描かれている。
「ブレードランナー」以外で、ディックの作品のうち近年にわかに再注目された作品がある。それがAmazonプライムビデオのオリジナル作品として制作された『高い城の男』である。
小説版の同名タイトル(1962年)は、第二次世界大戦でナチスドイツと日本が連合国に勝利した世界を描いたもので、Amazonプライムビデオの同タイトル(2015-2019年)は、小説をもとに肉付けされ、連続ドラマとして味付けしなおされたもの。小説版とは大いに印象は異なるものの、映像としては映画に迫るクオリティで見ごたえがあり、多くの人におすすめしたい。ただし、一話1時間程度の長さでシーズン4まで48話あり、いっきに鑑賞するには、やや長過ぎる作品かもしれない。心してご鑑賞いただきたい。
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そうそう、フィリップ・K・ディックの小説原作で映画化された超有名作品のことに触れずにはいられない。とくに『トータル・リコール』(『追憶売ります』1966年)『マイノリティ・リポート』(『少数報告』(1956年))の2作品については。
アーノルド・シュワルツェネッガー主演で大ヒットした映画「トータルリコール」(1990年)は、近年、コリン・ファレル主演でリメイクされた(2012年)。主人公の偽装妻役は前作がシャロン・ストーン(「氷の微笑」ほか)、後作をケイト・ベッキンセイル(「アンダーワールド」シリーズほか)が務めた。どちらも怒ると恐そうなクールビューティであるところが共通している。前作はまだCG全盛以前の作品で、手作りの特殊効果がたくさん出てくるのも見どころの一つである。
トム・クルーズ主演の「マイノリティ・リポート」(2002年)もおもしろかった。有能な刑事だが不幸にも我が子を失った男、危険な薬に手を染めながらも法の番人を務めるリーダーだが、自分が裁かれる側に立って初めて気付いたシステムの意図的な欠陥とは...。正義感に燃えるが何事にも懐疑的なクリスチャン、若き検事役として、ここにもコリン・ファレルが登場する。つくづくディック作品にゆかりのある俳優さんである。
この映画でひとつ触れておきたいのは、近未来世界を演出する小道具の一つとして登場した、主人公が腕に着けているブルガリの腕時計である。ダイヤルはフルカラー液晶のアナデジ。多層的にデザインされた文字盤は美しく、もちろんCGによるものだが、本当に実在するかのように完成された造形だった。当時、現代のようなスマートウォッチは世界中のどこにも存在しない。映像の中でこの時計を見た時、それは公開まだ間もない時だったが、遠い未来には確実にこんな時計が発明されるだろうと思った。それから約20年、映画でみたようなスマートウォッチが現実のものとなった。20年かかって、やっとのこと現実のごくごく一部が映画に追いついたのである。