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プラチナ万年筆「プロシオン」レビュー

万年筆を職場で使い倒して、最も書き込む機会が多いコピー用紙との相性は...

2018年発売 プラチナの「プロシオン」

プレピー、プレジールと、プラチナから発売されたプチプライス万年筆を使ってきた。数年ぶりに発表されたこの新作万年筆の発売日からわずか1カ月のことだった。市内の、そもそもそこで取り扱いがあるはずもないような文具店を次々訪ねては、この万年筆が入荷する見通しはないと聞きがっかりして店を出ることを繰り返していた。その後は大きな街の文具店へ。しかし期待もむなしく、やはり入荷そのものがなかった。最初からネットを頼ればよかった。新発売の「プロシオン」は、注文からわずか数日であっさり手に入ってしまったのだった。

琺瑯(ほうろう)引き、陶磁器を思わせる軸色は「ポーセリンホワイト」。思いのほか軸は太く、しかし太さと対照的にアルミ製の軸は驚くほど軽い。それまでのプレピーら万年筆のキャップが嵌合(かんごう)式だったのに対し、プロシオンは金属製のネジ式。バカになりやすかった樹脂の嵌合式より期待値は高かったが、数カ月使ううちに、ネジが切れてスカスカになってしまった。金属製のわりに、またしてもヤワなキャップに失望したのだが、最近は軸側に医療用などに使うプラスチックテープを細く切ったものを薄く巻き、ネジが緩まないよう加工することで解決した。

M字(中字)の書き味は、ひとことで言ってインクフローが渋い。染料インク、顔料インクを試した。どのインクも速記ではかすれるか、書き始めにインクのつきが悪い。使い込むうちにどんどんインクフローは良くなってくるが、他のメーカーの万年筆と比べてプラチナのインクフローの渋さはお家芸である。さらに渋いF字と比べると、これでもフローは相当に良い方だと思う。

使い始めはフローの渋さが際立つプロシオンのペン先は、いかにもプラチナらしい。

ペン先は硬いが、しなりが感じられる。万年筆らしい、筆跡に強弱をつけた書き方ができる。Fニブでは文字通り紙を削るガリガリとした鉄ペンらしい書き味が酷いという他のレビューも見る。Mニブではそこまで引っかかることはない。寝かせて書いても、けしてぬらぬらスルスルといった表現は当てはまらないものの。

シンプルに型押しでデザインされたクリップ

約5,000円の万年筆として外観はそれなりに質感が高い。このシリーズの他のオレンジやレモンイエロー、濃紺やターコイズよりも、色は一番嫌味がなく上品な印象で気に入っている。しかし購入から数年が経ち、とくに尻軸側の塗装が削れ、アルミ軸のシルバー素材色がハッキリと見えている。原因は単に地面に落としただけではなく、金属製のキャップを本体にさす時どうしても金属同士が接触するため。塗装面はけして強くないので、ペンケースなどの中で他の筆記具とガチャガチャゆすられるような取り扱いはおすすめできない。

キャップをさす尻軸側
塗装面は意外と傷つきやすい。使っているうちに塗装が削れて素材色が見えてきた。

プラチナ独自のスリップシール機構を搭載するキャップはインクの乾燥に強い。カーボンインクは固まりやすく目詰まりしやすいインクだが、プロシオンでの使用はおすすめできる。さらに廉価なプレピーやプレジールでもこの性能は折り紙付きで、キャップをして一年放置したペン先でも何の問題もなく書き始められる。

使い込むうちに格段にインクフローが良くなってきた。カーボンインクでも目詰まりなし

しばらく書き続け、ペン先の表にインクが浮いてくる頃から、フローは格段に良くなった。紙との相性もある。普段一番よく書き込むコピー用紙との相性はそれでもあまり良くない。長い線を素早く引くような動きでは、線の途切れ、かすれが目立つ。しかし紙によっては書き始めから抜群につきのよい紙もあるから一筋縄ではいかない。この万年筆と相性のよい紙をぜひ見つけたい。

複写の伝票を扱うためボールペンでないと都合が悪かった職場から異動し、現在は万年筆でも支障がない環境にいる。昨年夏頃からだったか、胸ポケットに刺していて毎日使わない日がない万年筆がプラチナのプロシオン。急いで書きつけることが多く、文字通りガシガシと使っている。ポーセリンホワイトの軸色は少し気取ったイメージがなくはないが、普段使いの万年筆として、遠慮なく使い倒しているので小傷も増えてきた。

渋かったインクフローは使い込むうちに随分と滑らかで豊かに変化してきた。インクはプラチナのカーボンインクで、少なくなればカートリッジに注射器で注ぎ足して使ってきた。いったんカートリッジを空にして内部を洗っているわけではないが目詰まりはない。

仕事で使う上で少し困ることになるのは、ネジ式のキャップである。電話を受けて慌ててメモを取らなければならないとき、片手ですぐに外せるキャップではない。多少もたついてしまう。慣れれば片手でキャップをとれないことはないし、肩と耳に受話器をはさみ両手を使うこともできるが、急を要する瞬間の使用にはタイムラグがある。

人から万年筆を使っていることを見られることをとくに気にはしないが、何度か気が付かれ珍しそうにされたことがあって、褒め言葉のように自分では思っているが、変わり者は変わった物を使っているくらいに思われているのかもしれない。かつては当たり前に使われていたが、いつしか日常でほとんど見かけられなくなって、むしろ再注目されつつある万年筆だが、まだまだ日常使いに戻ったわけではない。だからこそ人がめったに使わない筆記具をあえて使うことを楽しんでいるところがあるのは確かである。

万年筆がボールペンに比べて廃れたのは、やはり少しだけ繊細で、また少しだけ高価なもので、手間がかかり作法がある道具だからだろう。万年筆好きはそこに愛着を持つわけなのだが。個体差があり、メーカーによっても書き味が変わり、使い込むうちにペン先の具合が変化して自分専用の筆記具に育つ。仕事の現場で筆記具を気にしている余裕はない。安価なものが多いボールペンは、その点一切の気兼ねなく使える。万年筆が仕事の現場でも日常的に使われていた時代はどんな時代だったのだろう。万年筆のペン先はもちろんのこと、あらゆるところに繊細な意識をむけられた時代だったのだろうか?使い捨てを極力しない、一つのものを何世代にもわたって受け継ぎ大切に使う時代だったのだろう。そんなことを考えている。

奥側がプラチナのコンバーター。手前はパイロットのコンバーター
コンバーターを装着したプロシオン

ここ最近は、既に購入していたプラチナ用のコンバーターをプロシオンに装着して使用中である。黒い樹脂のつまみがネジ式になっていて回転し、ラジコンカーのオイルダンパーのように内部を上下して、インクを押し出したり吸い上げたりできる仕組み。いままで万年筆のコンバーターという器具を知っていながら使ってこなかったが、一度装着してしまうと外す理由がほとんどなく、つけっぱなしになってしまった。いざ使い始めると、実際のところ書き味としては何も変わったことがない。使用にあたり特筆すべき点はないが、空カートリッジに注射器を使って慎重にインクを注入していた頃よりも、インク補充がはるかに簡単になったのは間違いない。

プラチナ・プロシオンは、少なくともマルマン「ニーモシネ」との相性は非常に良い。紙を選ぶ万年筆である。インクフロー自体は格段によくなるので、まだ使い始めたばかりの方はがっかりしないでほしい。今では、使い初めの頃とは比べ物にならないくらい、十分にインクがペン先に流れこんでいるのが分かる。買ったばかりの頃の、あのインクの出の渋さは今では微塵も感じられない。

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