【創作大賞2024恋愛小説部門】早春賦 #33「五体投地」
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あの雪の日から二日後のこと。
惣一郎は東京駅で山手線に乗り換え、スーさんが会長を務めるグループ企業の東京本店に向かった。
秘書に案内されて会長室に入ると、スーさんは大きなデスクに座り、壁掛の大型モニターと向き合っていた。
スーさんは、惣一郎の姿を認めると、「会議は十五分後に再開する。それまでに代替案を二つ取りまとめておけ」と流暢な英語で指示を出し、リモート会議のカメラとマイクをオフにした。
「随分と、珍しい格好をして来よったな。」
スーさんはそう言いながらデスクに片肘をつき、ダークスーツにネクタイを締めた惣一郎を眺めた。スーさん自身は、仕立ての良い三つ揃えを、英国風に着こなしている。
会長室に入っても、惣一郎は黙ったままだったが、秘書が下がってドアを閉めた後、少しの間を置いて、スーさんの目を見ながら床に膝をつき、丁寧に両手をついて、床に額を擦りつけた。
「今日は、親父さんに、お願いがあって来ました。」
スーさんは、思いがけない惣一郎の行動に、軽く驚く。
「こないなことで親父さんの手を煩わせるんは、申し訳ないと思うてます。そやけど俺が頼れるんは、親父さんしかいません。」
惣一郎は床に額を擦りつけたまま、丹田に力を込めて言葉を続ける。
「若葉が、見られたない写真を出しにされて、男から脅されてます。弱みを握られた若葉は、一人ではどうすることもできません。
親父さんも知っての通り、俺は逆上したら何をするかわからへん男です。それで昔、親父さんに散々迷惑をかけたこと、ほんまに申し訳なかったと思うてます。それでも親父さんが俺ら親子を見捨てずに支えてくれたこと、ほんまにありがたいと思うてます。
今回のことで俺が何かしでかして警察沙汰になったら、一番傷つくんは若葉です。そやからどうか、穏便に済ませるためにも、親父さんの知恵と力を貸してください。この通りです。」
これまで、まともに口をきこうとしなかった惣一郎が、スーさんの前で声を張り上げ、滔々と口上を述べている。
スーさんはデスクに片肘をついたまま、土下座する惣一郎の大きな背中を見つめている。
(続く)
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