【創作大賞2024オールカテゴリ部門】たそがれ #05
《前回のお話はこちら》
しかし、どうやってお墓を探せばよいのだろう。
「瑠奈さんは、生まれも育ちも東京ですか?」
「うん、そう。世田谷よ。」
「お父様の実家はどこですか?先祖代々の、田舎のお墓かもしれない。」
「いや、そんな感じじゃなかったと思う。父の実家は四国だけど、お墓参りのためにそんな遠くに旅行した感じじゃないの。それから、うちにはずっと車がないから、電車とかバスで行ったんじゃないかな。」
「じゃあ、お墓は東京でしょうかね。何か覚えていることはないですか?」
「うーん…」
瑠奈は顔をしかめて腕を組む。
「何しろ、最後にお参りしたのは七回忌…年長さんのときだからなあ。…ああ、桜がきれいだったような気がするな。割と広いところで。」
「桜…広いところ…どこかの霊園かな。」
「どうだろう…ああ、でも…私、お墓で泣いてた記憶があるな。そうそう、とっても悲しくて泣いてた。なんでだっけ。」
瑠奈は記憶を一生懸命に手繰り寄せる。ずっとしまいこんでいた記憶の断片は、なかなかまとまりを見せない。
そうこうしているうちに新幹線は東京駅に着き、長いプラットフォームに滑り込んだ。リオはキャメルコートを羽織ると、瑠奈のキャリーバッグの把手を掴んだ。
「大きな荷物はコインロッカーに預けていきましょう。」
「私の部屋に置いてくる暇はないか。割と近いんだけど。」
「その時間が惜しいですね。お亡くなりになった時間がきたら成仏してしまうかも。急がないと。」
「だったら、もう成仏しちゃってるかもよ。」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。とにかく、できるだけのことはしましょう。後悔しないように。」
「ん、わかった。そうだね、後悔しないようにね。」
リオの大袈裟な言い方に思わず笑ってしまったが、瑠奈は素直に従うことにし、身の回りのものだけをショルダーバッグに収めると、東京駅に降り立った。
改札を抜けてロッカーに荷物を預け、身軽になったところで、リオと顔を見合わせる。これからどこへ向かおう。
「とりあえず、西に向かいますか。世田谷からアクセスしやすいところにお墓があるのだとすれば、皇居より東側っていうのは考えにくい。」
「了解。」
二人は中央線に乗ると西へと向かった。
◆
土曜の午後の車内は混んでいた。
二人が扉付近に立つと、長身のリオの美しい顔が人混みから一つ飛び出たかたちになり、周囲の女性たちの熱いまなざしと吐息が集まる。瑠奈もまた、リオの白く滑らかなうなじを見上げながら「美しい人はどこもかしこも美しいのだな」などと、うっとりする。
そのうなじの向こうに吊り公告があり、瑠奈は何の気はなしにそちらへと焦点を合わせた。
「‥水族館…」
「…水族館?」
リオが少し首をかしげて瑠奈を見る。
「水族館…なんだろう、何か思い出しそう。いや、水族館じゃないかな。…うーん…」
何度目かのお墓参りの日。
瑠奈はお気に入りのポシェットに色んなものを詰めて、わくわくしながら電車に乗った。そして、電車を降りてお墓に到着したとき、わあわあと泣いたのだ。「××に行きたかった、××に乗りたかった」と。一体どこに行きたかったのだろう。
「…バス…ライオン…そうだ。私、あのとき、動物園に行くつもりだったの。動物園に行って、ライオンバスに乗るつもりだったの。それなのに、連れていかれたのがお墓で、それが悲しくて泣いたんだ。」
「ライオンバス?」
「そうだわ、そう。パパはよく、動物園に連れて行ってくれた。あれが本当のクマさんだよって、教えてくれてた。本当のクマさんって、ぬいぐるみみたいにかわいくないって、私、とても残念に思ってたわ。あの時も、パパと動物園に行くんだって思ってた。…でも、なんでそんな風に勘違いしたんだろう。」
「ライオンバス…」
リオがスマホで検索する。多摩動物公園がヒットする。
「多摩動物公園…もしかしたら…小さな瑠奈さんは、多摩動物公園と多磨霊園を勘違いしたんじゃないですか?お父様が多磨霊園に行くと言ったとき、多摩動物公園のことだと勘違いしたのでは…」
「そうか。そうなのかも。」
父が再婚して以来、動物園に連れて行ってくれなくなった。瑠奈もまた、動物園に行きたいとは言わなくなった。父は、私に母のことを思い出させないために、動物園に連れて行かなくなったのだろうか。
「では、多摩霊園に行ってみましょう。もう迷っている余裕がない。ええと…武蔵境駅で多摩川線に乗り換えて、多摩駅から徒歩9分…」
「でも、多磨霊園ってとても広いんでしょ?どこにお墓があるか、わからないんじゃないかな。」
「どうでしょう。管理事務所なら知っていると思いますが、赤の他人には教えてくれないでしょうね。何か、血縁者だとわかるものがあれば良いけれど。」
「…ああ、確か、戸籍証明書には母親の名前も書いてあるよね。私は本籍が世田谷区だから、マイナカードを使えばコンビニで出せるわ。大丈夫、いつも持ち歩いているから。」
「では、それでやってみましょう。」
(続く)
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