【創作大賞2024恋愛小説部門】早春賦 #05「雨の夜のタロット占い」
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「…あたし、男運がないんかなあ。」
三月の、冷たい雨が降る夜。年度末の壮行会シーズンにしては珍しく、早めにお客がはけた店内で、カウンター席のスツールに座る若葉は、酒を飲みながらママに言った。
モクさんは相変わらず無関心な表情で、チェックリストにペンを走らせながら、酒の備蓄を確認している。
「あら、そんなことないと思うけど?」
ママは新聞から顔を上げて眼鏡を外した。若葉はだいぶん飲み過ぎているようだ。氷が入ったグラスをカラカラと手の中で回しながら、虚ろな眼をしている。
「別に贅沢なことを言うてるつもりはないんやで。あたしのことを好きになってくれて、一緒にいてくれたら、それだけでええ。そやのになんで、うまくいかへんのやろ。最初は、結構盛り上がるねん。そやけどだんだん、彼氏の方が離れてく。それで大抵、三か月とかでフラれるねん。
やっぱりあたし、遊ばれてんのやろか。みんな、ただのカラダ目当てで寄ってきてんのやろか。あたしの胸が大きいから、誰とでも寝そうな女やってナメられてんのやろか。あたしはカラダしか取り柄がないから…。」
その独白を聞きながらモクさんは、
(お前の場合は、男運がないというよりも、男を見る目がない、さらに言うと、前提の認識がいろいろ間違っている…)
と心の中で呟く。
「…どれどれ。今夜はもうお客さんも来はらへんみたいやし、若葉ちゃんを占ってあげましょうかね。」
ママは小箱を取り出し、中からカードを引き出した。たまにお客が少ない日、ママはお客に頼まれて、タロット占いをする。だが、若葉のことを占うのは初めてだ。
厳粛な面持ちでママがカードを切り、若葉もまた、念じながらカードを切る。そしてママが再びカードを切り、カウンターの上に、ケルト十字を作っていく。
ママはカード全体を見渡しながら、うんうんと頷いていたが、やがてポンと手を打って高い声を上げた。
「まああ、若葉ちゃん、良かったやないの。もう運命の人と出会うてるって。相手が誰かをまだ気づいてへんけど、ちゃあんと神さんがお取り置きしてくれてんねんて。近いうちに神さんがお膳立てしてくれるから、そん時は、多少気に入らへん相手でも、目をつぶって飛び込むとええ。
その人は、若葉ちゃんの理想どおりの男で、若葉ちゃんのことを誰よりも理解してくれて、深く深ぁく愛してくれる人やからね。」
「え、ほんまに?それって、次に付き合う男が運命の人ってこと?信じてええの?」
ママと若葉はキャッキャと盛り上がっているが、隣で聞いているモクさんは、
(それでは結局、これまでと何も変わらないし、何の問題解決にもならないのでは…)
と呆れている。
…そりゃあ、若葉が既にそういう男と出会えていればいいが、若葉が既に出会っている男=ほぼうちの客、だ。うちの客に、若葉を幸せにできるような殊勝な男前がいただろうか。また若葉がしょうもない男の誘いにホイホイと乗って、深く傷つけられなければいいが。
今度、若葉が泥酔したら、どうやってあやそうか。もしもお姫様抱っこに味を占めていたら、なかなか厄介だ。
(続く)
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