千田七段が歴代最強棋士相手に魅せた衝撃的な未来の将棋/B1順位戦/藤井▲ー千田〇2022/1/13
久しぶりに感動した1局だった。夜中1時まで中継をみたのは何年ぶりだろう。
何気なく将棋中継を開いた。でも同じ形ばかりの退屈な将棋ばっかりなんだろうな・・ ざっと見てすぐ閉じるつもりだった。
みると、久しぶりに感性に響く形があった。
戦いが起こる前、序盤の20手ほどで、面白いことが起こる未来が見えた。
ーこれはすごい事が起こる・・ それだよ千田ンザ!
そしてそれは起こった。
4者が2枠のA級昇級を掛けた1戦、藤井聡太が負けた。
しかも、勝率93.3%を誇る先手番の相かがり戦型で。
藤井聡太四冠の戦型別、勝率
千田七段は、まだAIに対する風当たりが強い頃から、棋界でもダントツでいち早くAIを取り入れて普及させたことで知られる。
数年前に、藤井4冠の自宅のAI研究の設備や使い方を指南したことでも有名だ。
そういった背景がある両者だが、本局のすごい点は、千田七段のAIの使い方だ。
現状、おそらく7割ほどの棋士(内若手9割、ベテラン3割)がAIを中心にした将棋の研究を行っている中、
一般的な棋士のAIの使い方はこのような感じだ。
・1局の棋譜をAIに読み込ませ、大きく悪くなった箇所等を調べる
・実際の対局で分からなかった箇所で、最善手や候補手を調べる
・候補手とそこからの展開で、再現性のありそうな手や棋風に合った指しやすい手、実戦的に勝ちやすい手、好みの手を記憶する
・苦手な戦型や、相手が得意な戦型、強く予測される展開等がある場合は、自分が少しでも指しやすく、終盤までに有利を築きやすい、変化球のような手を、いくつかの局面で用意する。(プロ棋士間で「研究」と呼ばれるもの)
普通に考えれば4つとも研究なのだけど、前半の3つはまともな棋士なら当たり前にやること(アマ強豪でもやっている)なので、特に研究という言葉でいう事はなく、
相手を強く意識した「対策」的な意味合いの強い4つ目の準備のことを、研究という言葉で表現する。
今回の藤井ー千田戦のすごい点は、その4つの全てを超えていて、
過去に前例がなく、AI同士の対局でも現れない局面で、構想自体を自分で練り、
一手でも間違えば敗勢になるような、無理攻めギリギリの桂馬跳ね等を駆使し、
最短手数で攻めの体制を築きつつ、相手に「この一手」「自然な一手」と思われる手を指させることで局面をいつのまにか誘導し、
それでいて評価値的にも互角以上を保ち、人間的にも勝ちやすい展開(広い、攻めてる、切れない)を維持したまま、一方的に勝ち切ったことだ。
それも歴代最強棋士、AIでバリバリ研究もしている藤井聡太を相手にー
通常、こういった攻めは現代将棋では「無理攻め」であることがほとんどだ。100%と言ってもいいかもしれない。
例えば、鬼殺しという有名な形があり、その形を知らないアマ二段くらいまでなら、一方的に攻めつぶされるけども、ちゃんと対応すれば有利になる。
そういった手は、「はめ手」だとか「無理攻め」といわれ、プロ間では見向きもされない。
ところが、千田七段が藤井聡太を相手に、自ら編み出した連続技で圧勝してしまった。
「将棋にまだこんな可能性があったとはー」
感性の優れた、多くのプロやアマ強豪が、そのように感じたはずだ。
実は、千田七段の芸術的な研究は、実戦に現れていない水面下の膨大な攻めの選択肢があった。
それでは、本局の重要な局面を、具体的にみていこう。
今、プロ間で流行している相がかり戦型ではじまった本局。
相がかりとは、「角交換をする前にお互いの飛車先の歩を交換しあったり、またはいつでも交換できる形で進む戦型」のこと。
居飛車vs居飛車には、他にも角換わりと空中戦という2種類があり、はっきりどの戦型になる序盤もあれば、それぞれが入り混じり、どの可能性もある序盤というのもある。
それらは両者の序盤の最初の数手、一手一手によって、決まる。
まず、相がかりが指されるようになった経緯を簡単に説明する。
2年ほど前までは角換わりばかりが指されていたが、煮詰まってほぼ終盤力勝負になってしまったこと等から、(藤井聡太四冠のような強い側にとっても一定以上勝率が上げにくい、弱い側にとっても安定して負けやすい)一種の膠着状態となってしまい、
それらに飽きた棋士たちが、より手が広くスリリングな相がかりに主戦場が移っていった。
本局は、お互いがまっすぐ飛車先を付き合い、角頭を金上がりで守りあった、典型的な相がかり序盤で始まった。
本局で千田七段が魅せたの第一の趣向は、この局面で指した「5二玉」だ。
先程の1手前のAI候補手に、「5二玉」がないことを確認してほしい。
AIが考えた手ではなくて、千田七段がすでにこの段階から、その後の展開に対して狙いを秘めた一手であることが分かる。
通常、この戦型では、相手の右銀の動向を見て、玉の位置を決める。
そして、玉の位置は後手の場合4一、4二が多く、6二や5二もたまに現れるといったところ。
ただし、この戦型ではいずれも悪手にはなりにくく、AIの評価値で優劣がついたとしても+-100以内の誤差程度の差しか出ないことが多い。
千田七段もそれを当然分かっていて、このタイミングで5八玉を指した。
この局面の争点は2点。
・互いにいつ飛車先の歩を交換し、その後に飛車をどこに引くか?
・互いにどの歩をついて右銀をどの位置に繰り出すか?
ーあるいは、端歩を付いて様子を見るのか?先手も玉を動かすのか?
千田七段は玉を先に上がることで、藤井四冠の判断を伺った。
対して、藤井四冠は、1六歩と端歩を突いて様子をみたのだが、実はこれが誰も指摘しない隠れた緩手の一つ目だったといえる。
実際に、藤井四冠は、ほぼ消費時間なしにこの手を指した。
ノータイム端歩の意味は、「5二玉?まあでも、この局面、どうこようと大したことはないですよ~ん。 と り あ え ず 端ついて様子みるよ。この人AI研究マニアだし、また変わったことしてくるんかな?」 という感じ。
もちろん、藤井くんはそんな意地悪いことは考えてはいないだろうけど、無意識レベルではそんなことを思っているだろう。
そして千田七段は、1四歩と端歩を突き返し、再び相手に委ねた。
先手の主な選択肢は、飛車先交換か、4六歩と突いて銀を繰り出すかの2つ。AIの候補手でもその2つが出てくる。
何の変哲もないような序盤だが、後から振り返ると、先手の1六歩が何の役にも立たない無駄な一手となり、後手の1四歩がこの作戦を成立させる角の覗きという選択肢を与えた
やりとりとなっており、AIの評価値だけでは分からない、伏線となっていたのだ。
そのほか、端歩の突き合いの影響で、本局以外でも次のような進行で▽7五歩~▽1五歩の仕掛けが発生している。
どの変化もただちに先手が悪くなるわけではないものの、ほぼ全部が後手番からの仕掛けや変化の権利であり、先手から仕掛けたり特になる変化は皆無といってよい。
結論からいえば、
このタイミングで突く1六歩は先手にとって損でしかない。少しだけこの形にうるさい、ただの1アマチュアから、棋界の神である藤井四冠に一言だけもの申すことができるとすれば、
「この局面で1六歩を指すとは、さすが余裕がございますねぇ」
ということ。
千田七段は、先程の変化も含め、類似で仕掛けられるいくつもの選択肢をほぼすべて網羅しているであろうことが、丁寧な手順の一つ一つから透けて見えるのだ。
千田七段は、藤井四冠の▲4六歩を見てから、▽7四歩と指した。
これも、繊細な駆け引きを含む一手である。
この戦型で飛車先の歩を交換しないで保留する意味の一つに、
相手が歩をついた瞬間に、飛車先を交換した後、飛車を横に動かして、相手のついた歩を絡め取る選択が生まれる。
お互いがいつ、歩を突くかによって展開の選択肢が生じるのだ。
千田七段がこのタイミングで▽7四歩と指したのは、銀・桂馬の進出場所をつくり、自分の選択肢を増やしつつ、先手からこのタイミングで横歩を取りずらい意味あいもあり、相手の手を限定して局面を誘導している意味がある。
▲4七銀というこの一手をみてから、千田七段は飛車先を交換した。
同歩、同飛と進むが、その後の手として、
例えば▲7六歩と角道を開ける手は、互角でもわずかながら後手に評価値が動くので、指しにくい手となっている。
そこで、藤井四冠はおとなしく▲8七歩と飛車を追い返すが、そこで本局、千田七段第二の矢が放たれる。
それが▽8五飛だ。
▽8五飛は、角を交換しあう空中戦でよく現れる手だが、相がかりでは主流ではない一手。
藤井四冠は、この手に対してようやく何かを感じ取ったのか、24分の時間を使い、▲7六歩と角道を空ける手を指した。
このタイミングで▲7六歩をつくことも駆け引きの要素が含まれる。
例えば、▲7六歩でなく▲3六歩などと指した場合
後手から▽7五歩と伸ばされ、角道が開けにくく圧迫された展開となる可能性があり、これも互角ではあるがいかにも先手がやりにくい、千田七段の得意とする研究が強烈に臭う展開に進む。
参考:2021/11/24 千田ー弥代戦 の展開(先手:千田)
参考:2021/11/24 千田ー稲葉戦 の展開(先手:千田)
よって、このタイミングで角道を開けておくことで、こういった展開になることを避ける意味がある。
藤井四冠に合わせ、千田七段はすぐ角道を開ける▽3四歩。
恐ろしいのは、ここまで自然な進行に見えて、先手と後手の差がいつの間にか縮まっているという点。
一般的に先手が80点ほどAIの評価値が有利な状態で将棋は始まる。
戦型によるが、おおよそ30~150点先手が有利なまま、中終盤に進むことが多い。それがそのまま先手の高勝率につながっている。
ところが本局では、既に先後の差はないか、後手の指しやすい局面になってしまっているのだ。
なぜこのようなことが起きたのか?といえば、先ほど説明した、飛車先の歩を突くタイミングの間合いの刺し合いによってだ。
一手遅れる後手が、間合いの刺し合いによって、逆に後から指せる利を生かしたのである。
藤井4冠は最善手の▲6六歩と、局面をおだやかにする最善手を指したが、
既に先手の有利はわずか+23にまで下がっている。
勘の良い方は気づいたと思うが、先程AIが示した+116という値は、実際に手を進めてみると、+23にまで下がっている。
他の2つの手も、指してみると後手の有利に変化する手だ。
実は、もっと前の段階で互角とはいえ、既に後手が有望な局面だったのだ。
このようにAIが示す手は、実際に指し進めてみると逆転することがたまにある。 ここが現代将棋の研究をする上で肝の一つだ。
千田七段は、そういったAIの癖というか仕様もしっかりと理解し、研究を進めていることが推し量れるのだ。
現代プロ将棋において、先手後手の差は非常に大きなハンデである。
先手番の時にいかに有利を維持し拡大できるか?
後手番のときにいかに相手に誘導されず先後の差を消すか?
プロ棋士は毎回一手一手に苦心している。
千田七段は、後手の不利を消すどころか、後手の一手遅れを逆に生かして、藤井四冠相手に、後手の指しやすい局面に誘導したのである。
これがいかに凄いことかを知っていただきたい。
そして、50分の長考で本局第三の矢が放たれた。それが▽7三桂
この戦型で▽7三桂という手は、多くの場合失敗に終わる危険な手となる。
自分の角道を塞いでしまう上、▲4六歩などで桂馬の進出を止められると、すぐに攻め筋がなく、桂馬の頭を攻められたり、自陣をこれ以上進展させることが難しく、じり貧で負けてしまうことが多い。
特に、本局では既に▲4六歩の形になっているため、▽7三桂が成立するとはどのプロ棋士も読みにすら入れていなかったはずだ。ー千田七段を除いては。
しかしながら本局の形、特に▽5八玉+▽8五飛が合わさると、これが華麗に成立する。
ここまで来ると、藤井四冠を含め、プロ棋士間でも、先程の▽5八玉+▽8五飛がすべて伏線であったことが分かる。
藤井4冠は1分ほどで、▲3六銀と指し、2五の歩を守った。
続いて、千田七段は▽1三角と覗き、浮いた4六歩に当てる。
このあたりで序盤の1筋の歩の突き合いが、一方的に後手に有利に働くことが明らかになってくる。
1筋の突き合いがなければ、ここから一連の手はすべて成立していない。
藤井4冠は、ここで50分もの時間を使い、▲4八飛と歩を守った。
この時点で、持ち時間の差は1分とほぼ同じ。
50分という考慮時間は、納得した上で指したというよりは、千田七段の持ち時間に合わせて、時間で不利にならないところまで考えようという意図に思える。
つまり、この▲4八飛は藤井四冠もその後の展開を読み切れないまま指した手で、不安の残る展開に踏み込まざるを得なかったといえよう。
ーここから持ち時間が大きく逆転していく。
後手が一方的に展開を選べる局面が続く。
▽7三桂、▽3五歩などの選択もあった中、千田七段はたったの2分で5五飛という決断の一手を指す。
▽7三桂→▽1三角→▽5五飛という、前のめりでリスクの大きい3手を指した以上は、なんらかの戦果が見込まれなければいけないことはみんな分っている。
たったの2分で指した▽5五飛で、本局は何かが起きるのではないかという空気感が漂い始める。
これに対し、藤井四冠は25分を使って▲6八銀と飛成りを防いだ。
この一手に思える▲6八銀に25分を使ったことに、藤井四冠の読みや研究にこの一局が全く含まれていなかったことが見て取れる。
千田七段は、▽5四飛と指し、藤井四冠は再び24分使って▲6五歩と指した。
結果的には、この▲6五歩が、本譜の5筋への殺到を引き起こしたのだが、
この手に代えて▲5八金と5筋を守っていたらどうなっていたか?
その場合、2~3筋を絡めた次のような仕掛けが成立する。
他にも、後手からの選択肢・攻め筋がたくさんあり、どれも互角ではあるものの、先手はその全てに正確に対応を求められる。
細かい差はあれど、いずれにしても、金が5筋に移動したことで、2~3筋に飛車を転回して、成りを狙われることになる。
これはいかにも後手の用意した研究勝負といった展開だ。
先手としては、後手の選択肢の少ない、仕掛けの権利が残る力勝負に持ち込みたいところ。
藤井4冠の▲6五歩にはそういった意味合いもあったと思われる。
そして千田七段は19分考慮して、▽3五歩から▽7三桂。
そこから最善手の▲6九玉 ▽2二角
右辺の仕掛けを防ぐ▲2八飛と進み、
千田七段が長考から▽7五歩と決断の仕掛けを決行した。
同歩に▽6五桂。攻め駒が少ないいきなりの仕掛けだが、
五筋に殺到を見せると同時に、いつでも7筋への歩の叩きがあり、持ち駒に歩が2枚あることから、攻めが成立している。
某将棋Youtuber等がソフトの浅い評価値のみをみて、「ここでは強く▲5六銀とあがっていれば先手が有望だった」等と言っていたりするが、
▲5六銀も深く読ませると、次のように互角のまま推移し、決して先手有望ではないことがわかる。
(本記事は、随時更新しながらお届けします。)