ニーチェへのLINE

拝啓ニーチェくん  拝啓?wwまいいや

こんにちは。

少しお話しませんか?

君の本を読みました。5分くらいでざっと。 翻訳されたやつなので細かいところ違ってたらごめんね

ただ、他の人のもそうだけど無駄な言葉と表現が多くて8割以上飛ばし読みしたのでそれもごめんね 

というか、正直女子高生なみに適当に読んでます・・ほんとごめんなんだけど

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肝心なところ抜けてたら教えて。即時修正するからね。


ニーチェ君も頭はいいし知的な覚悟?もあると思うので肝心なところから直球でいうね。

超人は君の想像していたものにも近いけど、もっと平和で楽で自然体で調和的で素晴らしいもののようだよ

そのズレの原因は、力への意志に書いている内容のそもそもの勘違いかな。

この世のせめぎあいってのは、単一原理でなくてね。見方だね。

自然を例に説明するとね。

パッと見たしかにせめぎあってるようにも見えるよね?

ただ、同時に絶妙に共生したり、

実は喰われているように見える側が「あえて喰わせたり」していることも多々ある。

肉食動物が常に草食動物を襲うわけでもないし、肉食動物同士も食べないのに殺しあうこともよくある。

それから、生物は面白いように適所適存であって、そもそも定着する段階で、どこからかそれにふさわしいものが来るってのがわかる。

そうするとね?せめぎあいの前提から揺れてくるのがわかるかな?


「喰われた」のか「食わせた」のか。

「殺された」のか「殺させた」のか。

「生きたかったけど死んだ」のか「死ぬ必要があったから死んだ」のか。

「勝ちたくて勝ったものが生きているのか」「勝ちたくなくて、勝たされて生きさせられている」のか。

君は全て前者だと決めつける。今でもほとんどの人間はそうだ。

だが、後者が一切あるいはほとんどない証拠はどこにあるのかな?


そのように「共生」とか「不要なものを喰わせているのではないか?」とか「適所適存」とかね、

視点を変えて観察を続けていると、こと大自然の解釈に関しては、

どうやら自分の状態や知識や感情や物の見方を投影しているってのが、実感として分かってくるわけなのね。

今のはあくまで大自然の話ね。

スピリチュアル的に人間のすべてがそうだとまでは言ってないからね。


それでね、話の展開的に、ニーチェ君の「力への意志」って、大自然の競争性を起点に動物とか人間とか話が進んでいくんだけど、

ぶっちゃけ、それ自体がまるで全体性を欠いていて、話にならないので、自然をちゃんと見ることからやり直したほうがいいね。

僕が補足すると、「大自然をせめぎあいの原理の観点からみたときに、人間界にもそのような力が働くことが」 ってだけね。

後はニーチェ君の生きた時代のせいもあるので仕方ないところはあると思うよ。


ところで、ニーチェ君って幸せに生きれた?家族や兄弟と仲良かった?

そちらの世界に行って、生きた瞬間の一つ一つを今でも誇れる?

哲学以外の、個人的な問題をちゃんと哲学とつなげて解決できた?

その結果、あなたとまわりは幸せになれた?

人の内面と、半径1mの世界と、毎日の生活と、世界中のすべてを繋げるビジョンや希望があった?

神々にもいつもと同じように説教できる?

フフフ まあいいや 

俺がとりあえず君の示した問題意識のうち、本当に必要な部分へのアプローチを気が向いたら適当にダラダラやっとくから、

生まれ変わってるかどうか知らんけど、君も会いたくなったらフラッと会いにくるといい。 

俺の言ってることがもし分からんくても、たくさん話は聞いたげるし、とりあえず自分以上の狂人がいるんやってわかれば安心するっしょ?w

条件は、ホ別10万ねw 即金マルク払いでいいよ~ あ、レンテンマルクは持ってくんなよ

そしてまた話をしよう



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