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地震が起こると対蹠地でも揺れるらしいぜ

 むかし、よく聞かされた話があった。白くてふわふわな長耳の平行人類が暮らす土地があったとか、“聞く”のでも“嗅ぐ”のでもない映画や絵画とか。

 井桁の傍にでかい背嚢を下ろすと、まるで風船にでも吊られたみたいに身体が軽く感じた。背を反らせて首を回す。薄く瞼を透かして、天蓋から下方へ、こちらへ生え落ちてくる摩天楼を見上げる/俯瞰する。ビルばかり建ち連なるそれだけは、地表とよく似た全球掩蔽擁壁の威容。
 純正地表=こちら側と架装都市=あちら側が、互いの空を封鎖してもう数世紀も経った。

 サンタクロースがかつて教えてくれた。
 向こう側の彼らも、おれたちの棲まうここを架装都市と呼ぶそうだ。対蹠点を目指し、しかし度重なる密航を咎められてついに撃墜されたあのオーロラの夜、彼はおれだけに遺産を一つ残していった。純正地表側の〈井戸〉の所在を。

 それは一種のエアロックあるいはゲートだというのがサンタの見解だった。実際のところ〈井戸〉がどこに繋がっているのかは誰も知らない。光学的に遮断されているということは、赤外線も可視光も電波も、向こうからは届かないしこちらからも送れない。ある意味では天を覆う架装都市よりも遠く、ゆいいつ世界の果てへ至る道。

 常に頼りない地上を踏みしめて立っていた。出処不明の物資と酸素と窒素。どちらが本物の土なのか、誰も知らずに生きている。昨日があり明日へ続くという果てしない幻想に生き延ばされて、おれたちは命に奴隷化されている。

 周囲をスキャンする。ごみが散乱した路地裏の無人さを聞き、その光景にはぽっかり無音が空いている。〈井戸〉から反射波は返ってこないが、もはや不安は覚えない。

 あのオーロラの晩にサンタがくれたのは橇ではなく、赤鼻のトナカイでもなく、薄汚れた煙突だった。
 背嚢を背負い直す。中にはプレゼントがぎっしり詰まっている。

 井桁をよじ登り、おれは真っ暗い〈井戸〉に身を投げる。

【続く】

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