選択的夫婦別姓は”女のわがまま”?
ー苗字を変えないのは私のわがまま?
突然ですが、私はトミタアイという自分の名前を気に入っています。
語感も好きだし、漢字も好き。私が生まれた日から自分の存在を証明し続けてきたものであり、大切なアイデンティティの一部である名字を失いたくないと思うのです。
一人っ子でいとこもいない私にとって、姓を変えるということは「トミタ」という姓が途切れることを意味します。母方の姓は母と叔母が結婚した時に途絶えているため、同じことを繰り返したくないという気持ちもあります。
そんな私も、もう今年で24歳。
祖母は「そろそろ落ち着いたら?」「ひ孫の顔が見たい」の繰り返し。
結婚だけが女のしあわせではないこと。結婚するとしても事実婚を選択するということ。何よりも姓を変えたくないことをめげずに伝えてはいるのですが、やはり祖母は「あんたは気が強いねぇ」とただ苦笑いするのです。
選択的夫婦別姓に反対する人の中にも、別姓を望むことを「わがまま」だとして「そんな一部の人間のわがままに税金を使うな」といった意見も散見されます。
名前を変えたくないのは、私の、女のわがままなのでしょうか。
ーそもそも選択的夫婦別姓って?
簡単に言えば、結婚をした後も妻と夫が姓を変えずに結婚前の苗字を名乗る選択肢があるということ。
現行制度において、法的に結婚するためには婚姻届を出す際に妻と夫どちらかの姓を選択する必要があります。「妻と夫どちらかの姓選べるんだから、男女平等じゃん」と思うかもしれませんが、実際は96%の夫婦が夫の姓を選択しているのが現状です。
ーなぜ選択的夫婦別姓は実現しないの?
早稲田大学の調査によると、選択的夫婦別姓への賛成は7割にも及びました。また「男女共同参画白書 令和4年版」では、結婚に積極的になれない理由として、20-30代女性の25%が「名字・姓が変わるのが嫌・面倒だから」と回答しました。
1990年代から国会で議論がされ、実現を望む声が上がっているにも関わらず、未だに実現されていないのは、なぜなのでしょうか?
選択的夫婦別姓に反対する一部の国会議員は、夫婦別姓を「伝統的家族観を崩壊させるもの」と主張しています。
「伝統的家族観」とは一体なんなのでしょうか?
明治時代より以前、そもそも庶民には氏を名乗ることは許されていませんでした。それが、明治31年(1898年)に制定された民法のなかで初めて「夫婦は,家を同じくすることにより,同じ氏を称することとされる」とされます。その後、昭和22年(1947年)に「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」となり、現在まで続いているのです。
明治から124年しか続いていない制度を、「伝統的」と言えるのでしょうか?そして明治以前の日本の家族は「崩壊」していたのでしょうか?
ー家族の絆はこわれていない
私の母と、叔母と、祖母は全員姓が違います。
それでも私たちの家族としての絆に変わりはありませんし、母と祖母は同居していますが、郵便物が届かないだとか、配達員さんが困るようなこともありません。
同姓か別姓か、どちらかに優劣をつけたいのではありません。
家族のあり方というのは、国や他人がジャッジできるものではないはず。
同姓でも別姓でも、どちらもそれぞれの家庭の選択であり、どちらの選択をしたとしても同じように尊重されるべきではないでしょうか?
ー海外からはどう見えている?
海外ではほとんどの国が夫婦別姓を認めており、世界で日本だけが夫婦同姓しか選べない状況になっています。
また、国連は2003年と2009年の2度にわたる勧告のなかで、強制的夫婦同姓について「女性差別である」と批判し、選択的夫婦別姓制度の導入を求めています。
自らのアイデンティティである姓を名乗り続けることは、日本国憲法でも保証されている、私たちが生まれながらに持つ人権の一つです。たとえ姓を変えたくない」という人が少数派だとしても、人権侵害であるのだからその権利を国は守らなければいけないと国連からは勧告されているのです。
ー黄金の3割
結婚で改姓する当事者の多数が女性です。もちろん男性議員の中にも女性の声に寄り添ってくれる方はいらっしゃいますし、女性議員なら誰でもいいわけではありません。
でも、女性議員が増え、国会の中でその割合が3割を超えた時、確実に市民の中の女性の声は届きやすくなります。
これまで聞かれてこなかった女性の声が、もっと届く国会にしたい。
そのためにまずは、女性議員を国会へ送りませんか?
「女性に投票チャレンジ」では、比例代表の女性候補に、選択的夫婦別姓に関するアンケートを行いました。私たちが紹介する候補の中から、ぜひあなたの「推し候補」を見つけてください!
writer: Ai Tomita
editor: Fuemi